シェアン大司教の

護教

第Ⅲ篇 カトリック護教


シドニー補佐大司教シェアン著

木内藤三郎譯


札幌教区長 長瀬野勇認可(札幌において 昭和21年9月15日)


光明社

[三上記:以下の文章は読みやすくするため漢字、仮名遣いを改めました]


教皇レオ13世以来、代々の教皇は機会あるごとに根本的な宗教教育の必要を繰り返し強調し勧告している。実によき宗教教育はいつの時代にも必要ではあったが、現代のように言論著作による反対者の種々の攻撃に答えねばならない時にあってはわけても必要なのである。それがためには、われわれが信ずべきこと、守るべきことの一般的な知識だけではなく、われわれの宗教の教える真理の証明をも確実に把握している必要がある。なかんずく、高等教育を受けた人々、現にうけつつある人々にとってこの種の教育は特に重要である。本書は、シドニー大司教、シェアン司教の著であるが同司教の好意ある許可のもとに木内神父の訳出したものである。教科のためにも個人研究のためにもよき参考書となると思う。言うまでもなく本書は個人研究の場合にも教科書として用いられる場合にも単に読み流すだけでなく、よく説明され、深く考察されてこそ始めてその真価が発揮され、信仰を堅固にし、愛徳を増し反対者の攻撃を却けるに大いに役立つものとなる。英語国民の間では非常に普及され愛用されている本書が幸いにもわが国において好意をもって迎えられ、天主の祝福を得て多くのよき果を結ぶよう私はひたすら願うものである。

昭和22年8月4日

札幌にて ヴェンセスラウス・キノルド


目次

緒言 護教学の目的、その証明法(p.1)
護教学の定義、教義の関係(p.1)
教会の神的権威の樹立(p.4)
第1項 神は不可思議な一致をもってカトリック教会が神の教会なることを証明する(p.7)
第2項 神はおのが教会に神的刻印をほどこす(p.10)
第3項 神は教会に強固なる永続性を賦与しておのが教会の神性を証し給う(p.15)
論旨の総合(p.20)

第I篇 自然護教学(p.25)
第I章 純理性によって知られる神の存在証明(p.25)
第1項 神の存在(p.25)
神の存在に関する詳論(p.36)
第2項 理性によって知られ得る神の性質について(p.74)
第3項 無神論(p.82)
第II章 純粋理性に認識せられる人間の霊魂(p.88)
A 霊魂の霊性について(p.88)
B 霊魂の不滅(p.100)
第III章 自然宗教と天啓の可能性について(p.103)
I 自然宗教とは何か、個人的並びに社会的義務について(p.103)
II 自然宗教の完全明瞭なる知識は事実上純理性によっては到達し得ない(p.107)
III 天啓の可能性(p.109)

第II篇 キリスト教護教(p.111)
キリスト教における天啓は神よりの啓示である(p.111)
第IV章 天啓の印しなる奇蹟と預言(p.114)
第V章 福音書、使徒行録、パウロの書簡に関する歴史的価値(p.126)
A 福音書の歴史的価値(p.129)
B 使徒行録とパウロの書簡の歴史的価値(p.138)
第VI章 イエズス・キリストは自ら神なりと主張している(p.142)
I 1 3福音はキリストが自ら神なりと主張している事実を確証している(p.142)
2 ヨハネ福音書に見られるキリスト自身の言葉(p.145)
II キリストの業績(p.147)
III 使徒並びに弟子たちの確信(p.149)
第VII章 真の神なるイエズス(p.149)
I イエズスの「われは神なり」との主張がまさに事実であることは奇蹟並びに預言によって確証される(p.150)
II キリストの復活は彼の神性の確証である(p.159)
III キリストは自身を神なりと主張しているが、キリストの人格、自然宗教の教師としての風格を省察すれば、その主張の真実であることが立証される(p.170)
附記I キリスト教の敏速な普及と殉教者たちの堅忍不抜な勇気から見たキリストの神性の証明(p.189)
附記II 生きた力としてのキリストとキリストの神性(p.195)

第III篇 カトリック護教(p.197)
序 キリスト教天啓に関する不謬の教師なるカトリック教会(p.197)
第VIII章 教会の創設(p.197)
A キリストの使命(p.199)
B 使徒の使命(p.201)
C 教会の創設(p.205)
第IX章 キリストの創設になる教会の特徴(p.208)
I 不易と使徒伝承(p.209)
II 唯一と普遍性、可視性と聖性(p.212)
III 不謬性(p.221)
第X章 キリストの教会の鑑定(p.223)
I 真の教会の具有すべき特徴(p.223)
II 偽キリスト教会(p.224)
III 真の教会の全特徴を有するカトリック教会(p.241)
IV 質疑応答(p.250)
第XI章 キリスト教会の統治と首位権について(p.254)
I 法王の首位権(p.257)
II 法王の不謬権(p.265)
III 質疑応答(p.271)
IV 教会と社会組織との関係(p.280)
結語(p.289)


p.197

第III編 カトリック護教

キリスト教天啓に関する不謬の教師なるカトリック教会

天主の計画における教会の役割について。キリスト教の天啓は、ある一民族、一時代に限定されてはいない。それは実に万国万代の人々に啓示されたものであり、また一切の人が容易にその天啓に接触し得るために、キリストは天与の権をもって一つの団体を組織した。この団体こそは神権を賦与された唯一、不謬、普遍にしてかつ不易なる教会なのである。

教会の使命は一切の人々に超自然的真理の光を送り、人類の帰着すべきまことの故郷を示し、その途を誤らざるよう助力を与えるにある。天主の聖寵は、教会を通じて人類に分け与えられ、人々には教会の子らとなることによって、永世におけるキリストの共同の世継となり、世が与え得ざる平安と生命の支柱を得るのである。天主の聖寵と善に富まされたる者は、そこに豊かなる祝福を見出すにいたる。すなわち、

p.198

ふさわしいキリスト者に予定された至福、天主をあるがままの相に見奉る栄冠を得、永遠に天主を愛する至福を味わうにいたるのである。

カトリック護教論の概観

キリストは神権をもっておのが天啓の不謬教師たるべき教会を創設した。彼はおのが創設になる教会を容易に認め得る特徴を教会に賦与したのであるが、かかる特徴は主に四つある。すなわち、信仰、統治、典礼における唯一性、普遍性、聖性、と最後に使徒伝承性がそれである。(第VIII章、第IX章)

[註] 以上四つの特徴、あるいは記号は容易に認め得られ、キリスト自身特色づけたものであり、真の教会になくてはならぬ刻印である。この刻印は他の分派には決して認められない。これらの特徴の外にも特異性がある。例えば、可視、不朽、不謬等がそれである。教会は絶えずこれらの特異性を強調して来た。正確に言えば、この種の特徴が一つでも欠けていることは、キリストの真の教会ではないという意味で、消極的特徴とも言われる。かかる特徴を有する教会は公教会のみである。(第X章)ゆえに公教会のみが真の教会であって、キリストの天啓に関する唯一、無二、不謬の教師なり、と結論される。

[註] 護教学における論証と信仰行為とには自ずから相違のあることに注意しなければならない。われわれは公教会のみがキリストの真の教会であることを信じている。これは信仰行為である。では何がゆえにそう信じ得るのかと言えば、

p. 199

不謬なる天主がかく啓示し給うたゆえなりと答える。しからば天主がかく啓示し給うたということをいかにして知り得るか。この最後の点に答える役目はカトリック護教の主要な用務なのである。

第VIII章 教会の創設

要旨

A、キリストの使命。キリストは人類の贖罪となるため、人類を神の愛子とし、天国の世継ぎをするために天父より遣わされた。しかしてキリストのもたらすこれらの祝福を獲得するにはそれぞれ必要な条件がある。すなわち彼の教義に対する信仰、戒律の遵奉、聖なる祭式への参与がそれである。
B、使徒の使命。キリストは直接、同時代のしかも少数の人々に教義を説いたに過ぎない。万民に教えるためには別に使徒を派遣している。使徒たちは、宣教、統治、祭式を司るために派遣され、それらを忠実に実行した。
C、教会の創設。キリストは使徒を派遣し、彼らをもって一つの団体を組織した。これが教会である。

A

キリストの使命

神の独り子なるキリストは天父より現世に遣わされたのである。「子を尊ばざる人はこれを遣わし給いし父を尊

p. 200

ばざる者なり」(ヨハネ5:23)「われは神の子なりと言いたればとて汝らは父の成聖して世に遣わし給いし者に向かいて、汝は冒涜すというか」(ヨハネ 10:36)彼は人々をその罪より救うために来たのである。「マリア一子を産まん。汝その名をイエズスと名づくべし、そはおのが民をその罪より救うべければなり」(マテオ 1:21)との天使の告知は人類贖罪のために来たるべきキリストの使命を語っている。「けだし人の子は失せたる者を救わんとて来たれり」(マテオ 18:11)とキリスト自身宣言している。彼は受難と死とによって人類を救うべきだった。「これあたかも人の子の来たれるは仕えらるる為に非らずしてかえって仕えんため、かつ衆人の贖いとして生命を棄てんためなるがごとし」(マテオ 20:28)と。最終晩餐の席上、「爵を祝して、これ罪を赦されんとて衆人のために流さるべき新約のわが血なり」(マテオ 26:29)と明言している。キリストは贖罪および神的生命を人類に与えるに止まらず、さらに深くより潤沢なる霊生を人間に与えるために来たのであった。「わが来たれるは羊が生命を得、しかもなお豊かに得んためなり」(ヨハネ 10:11)聖パウロは言う、「神はわれらをして子とせらるを得しめ給わんため、独り子を遣わし給いしなり」(ガラチア 4:4)と。ゆえにキリストの来たり給うたのは、われらを罪より救い、神の子とし、天国の世継ぎとするためであった。

「われはわれに為さしめんとて汝の賜いし業を全うせり」(ヨハネ 17:4)とキリストは大業の完遂を天父に宣言している

p.201

しかして、キリストが人類のために獲得した罪の赦免、天主の子たり得る特権をおのが身に受けんとすれば、次の諸条件が必要である。

まず、キリストに対する信仰である。「我を遣わし給いしわが父の思し召しは、すべて子を見てこれを信仰する人は永遠の生命を得んことこれなり」(ヨハネ 4:40)「信ぜし人は救われん」(マルコ16:16)

キリストの戒律を遵奉すること。「汝らもしわが命ずるところを行わばこれわが友なり」(ヨハネ 15:149「われを愛せざる者はわが言を守らず」(ヨハネ 14:24)と、最後に彼の制定した祭式への参与が要求されているのである。例えば洗礼に関しては「信じかつ洗せらるる人は救われん」「人は水と霊とによりて新たに生まるるに非らずば神の国に入る能わず」(ヨハネ 3:5)と言われ、聖体の秘蹟については、「汝ら人の子の肉を食せずその血を飲まずば、汝らのうちに生命をせざるべし」(ヨハネ6:5)と言われている。

B

--使徒の使命--

キリストは自ら直接人類に教えを説いたのではなく、彼が教えたのは同時代のしかも限られた人々に過ぎなかった。彼は全世界のあらゆる人々を教導するために、別に使徒を遣わしたのである。彼に従った多くの

p. 202

弟子の中から、特に十二人を選出し、「十二人を立てておのれと共におらしめかつ宣教に遣わさんとし給う」(マルコ 3:14)たのである。地上生活の3年間、親しく起居を共にして教え、訓育してまさに与えようとする任に相応しい使徒をつくり上げた。従って、「これすべてわが父より聞きしことを悉く汝らに知らせたればなり」(ヨハネ 15:15)と言い得たのであった。とは言え、使徒たちはその智慧と記憶の不足において、また教義理解の上からも、人間共通のぼろをさらけ出すので、これを完全にするために「父のわが名によりて遣わし給うべき弁護者たる聖霊はわが汝らにいいしすべてのことを教え、かつ思い出でしめ給う」(ヨハネ 14:16)ようさらに援助し給うたのであった。

かくしてキリストは、使徒たちを今こそ万民の教師として遣わしたのであった。それにしてもユデア人への宣教が先決問題であったのだ。「汝ら、異邦人の道を往かず、むしろイスラエルの家の迷える羊に往け」(マテオ 10:15)と。後に全人類に派遣して、「汝ら世界に往きてすべての被造物に福音を述べよ」(マルコ 16:5)「汝らエルザレム、ユデア全国、サマリア、地の極に至るまでもわが証人とならん」(使徒行録 1:8)と。

使徒たちは師の命令をあくまで遵奉して、新しき福音を広くかつ遠く宣教したので数年を出でずして「汝らの信仰全世界に吹聴され」(ロマ書 1:8)「汝らに至れる福音は果を全世界に結びて伝播されつ

p.203

つあること」(コロサイ 1:6)を聖パウロが録し得るにいたった。

使徒の派遣は単に宣教にゆえに止まらず、統治の任も負わされている。「父のわれを遣わし給いしごとく、われも汝らを遣わすなり」(ヨハネ 20:21)「天においても地においても一切の権能はわれに賜われり、ゆえに汝ら征きて万民に教え--しかしてわれは世の終りまで日々汝らと偕にいるなり」(マテオ 28:18)と。以上示されているのは法を制定し、判決し、罰する権が使徒に賦与されたということである。しかもキリストは御自身、使徒と偕に在して間断なく彼らを支持し、彼らに与えられた権能は全世界にわたるべきものである。ゆえに使徒たる者は世界の師たるのみならず、統治者支配者たるべきものだったのである。さらにキリストは使徒に向かって言う、「罪人教会に聴かずは汝らにとりて異邦人税吏(被破門者)と見なすべし。われ誠に汝らに告ぐ、すべて汝らが地上にて繋がんところは天にても繋がるべし、またすべて汝らが地上にて釈かんところは天にても釈かるべし」(マテオ 18:18)と。かくて彼は霊生における最上権を使徒に賦与した。この時から使徒の制定した律法、判決、断罪、赦免は天において肯定され、可決されるものとなったのである。使徒は這般の意味を理解しこれを実行している。エルザレムの公会議がそれであって、異邦人の改宗者に対して、「偶像に捧げられたものの血と絞殺されたもの、私通とを断つべきことを宣言した」(使徒行録 15:29)パウロは叙品され得る適任者の資格を定め(1チモテオ 3:2)コリント人に祭式、教義、道徳に関す

p.204

る多数の命令と勧告を公布し、決定は自らその地に到達してから為すべきことを約束している。(1コリント 11:34)彼はまた冒涜者ヒメネオとアレキサンデルを信者から分離して破門に付している。(1チモテオ 1:20)同様私通者たるコリント人を破門し、(1コリント 5:15)長老等に対する訴訟は二三の証人なくば受理してはならないことをチモテオに教示した。(1チモテオ 5:19)彼はコリントに鞭をもって臨むこと(1コリント 4:21)を語り、不従順を罰する用意あること(2コリント 10:6)を告げている。

「汝ら誰の罪を赦さんもその罪赦されん、誰の罪を止めんもその罪止められたるなり」(ヨハネ 20:23)と宣言してさらに悔悛の秘蹟の施行者と定めた事実を見る。なお、「改心と罪の赦しとはすべての国民にその名によりて宣伝えらるべきこと」(ルカ 24:47)を復活後使徒に語り、「聖体に変化させ得る権を」使徒に譲与した。(ルカ 22:19-20)

これらは単に特権として止まったのではなく使徒は悉く実践したのであった。例えば「かくて彼(ペトロ)の言葉を承けし人々洗せられしが」(使徒行録 2:41)とあるごとく洗礼を授け、また「われらの祝する祝聖の杯はキリストの御血を相共に授かるの義にあらずや」(1コリント 10:16)云々によって使徒が信者に聖体を授けたことが明白である。

p. 205

C

教会の創設

キリストは使徒を派遣して教会、すなわち宗教団体を樹立した。団体とは一般に、共同目的獲得のために共同手段をもって共同権下における人間の集団をいう。従って団体を形成する四の要素を区別できる。1、人間の集団。2、共同目的。3、共通な手段。4、集団における共通主権がそれである。

キリストの創設せる教会は、最初のペンテコステの日から地上にその雄姿を現したのであるが、その当初から団体としての必須条件を悉く備えていた。

1、人間の集団。キリストは12人の使徒を選出して彼らにあらゆる権利を授け、人類教化のために派遣したのであった。しかも与えられた権能行使の最初の日において、すでに千人以上の人々がこれに加わっている。

共同目的。教会における共同目的は極めて明瞭である。それは人間聖化と救霊である。キリストと使徒とはこの目的において一であった。「父のわれを遣わし給いしごとくわれも汝らを遣わす」(ヨハネ 20:21)という明白な使命を使徒たちは受けていたのである。キリストの創設した団体の目的は、キリストが世に来たり給うた目的の永続であって、人類の救済と聖化、人類を再び天主の子と為すことであった。

p. 206

3、かかる共同目的はまた共通の手段方法によって獲得されるべきである。その手段とはすなわち使徒が明示するままに、教義を信仰し、戒律を遵奉し、キリストの制定になった秘蹟に参与することがそれである。

4、キリスト者はすべて共通権の統治下にある。使徒といえども、自分勝手な行動をとることは許されてはいなかった。彼ら全体の共通の権威に従って教会を統治すべきであったのである。

仮に、各々の使徒がまったく独立して勝手に信徒を獲得し統治するということがキリストの意図するところだったとすれば、キリストは一つの団体ではなく、まさしく多くの組織団体をつくったことになろう。実際においてキリストは唯一の教団を組織したのであった。キリストは一度たりとも教会なる語を複数で用いたことなく、「われこの磐の上にわが教会を立てん」と明示している。彼はまた教会を羊の群に比し、王国、都市に比したが、これらはすべて、統治、行政の単一を要求している。使徒たち自身、教会を唯一の権下における単一団体と理解していた。エルザレムの公会議において公布した宣言書は一般キリスト者にあてられていて少しも使徒の個人色、すなわちどの使徒によって改宗したかなどは考慮されていない。パウロによってキリスト教に帰依したガラチア人はペトロ並びに他の使徒らの権威を認めている。パウロ自身、彼および他の使徒はすべて同心一体なることを力説している。(ガラチア書 1:2)ペトロ、パウロ、ヨハネ、ヤコボは他の使徒によって改宗した信者の団体にも権威をもって書簡を送っている。以上のような歴史的事実は、団体設立の当初から唯一

p. 207

の共通権威が存在したことを明白に物語っている。

--教会の創設者なるキリスト--

前述せる四の要素を団体に賦与する者がその団体組織の設立者たるべきは言うをまたない。しかるに教会にかかる構成要素を与えたのはキリスト自身であるから、教会の創設者はキリスト自身である。

1、キリストは最初の信者である十二使徒、七十二人の弟子、および他の多数の者を召し集めた。また教会の一員と認められる洗礼の真の役者も--直接自身で行わなくとも--彼自身なのである。

2、人間聖化と霊の救済という共同目的はキリスト自身の使命であり、この使命達成のゆえに教会が創設されたのである。

3、かかる共同目的達成に必要な手段として、キリストは信条、遵奉すべき戒律、実践すべき秘蹟を定めたのである。

4、教会に統治権を賦与し、教会内に服従を要求しているのもキリスト自身である。使徒が使徒たり得るのは、独自の権に由来するのでも、信徒の推挙によるのでもなく、すべてはキリストの召命によるのである。加えて、使徒と召されて後といえども、彼らには気まま勝手に行動することが許されていない。キリストの不断の

p. 208

支持を得つつ与えられた使命を遂行したのであった。実に主は「世の終りまで汝らと共にある」のである。彼らの律法はキリストの律法であり、使徒の統治はキリストの統治であり、使徒はキリストの代理者としてのみ統治権を有し得たのであった。団体組織の設立者は多い。しかし、キリストが教会を設立したほど完全な厳密な意味における団体創設者はない。

第IX章 キリストの創設になる教会の特徴

要旨

I、不易と使徒伝承
II、唯一と普遍性。可視性と聖性
III、不謬性

注意

第VIII章と第IX章とで、キリストの創設した教会の性質ならびに特徴を虚心探求しよう。しかる後現在するキリスト教派、教会中いずれが真の「キリストの教会」であるかを第X章において決定しようと思う。キリストの創設になる教会の特徴は信じ得べき歴史書としての聖書から推論される。

I

キリストの創設した教会は不易で使徒伝承でなければならない

p. 209

--教会は不易であるべきこと--

キリストは在世中奇蹟をもっておのが神性を証明し、教義の神威をあくまでも立証したことはすでに見たが、天父のもとへ帰る直前、自分の創設した教会に彼の名において行使さるべき権を賦与して曰う「父のわれを遣わし給いしごとく、われも汝らを遣わす」(ヨハネ 20:21)「汝らに聴く人はわれに聴き、汝らを軽んずる人はわれを軽んずるなり」(ルカ 10:16)と。これらの権を使徒たちは完全に理解して直ちに実践している。エルザレム公会議における決議宣言中に「聖霊とわれらとに宣(よし)と見る」(使徒行録 15:28)と録され、われらと聖霊とがこれを決議せり、と言明している。

実に彼らは「キリストの使徒」であった。それはキリストの使者の謂いであり、キリストに信任された代理者たるの別名なのである。従って天主の聖名において語る権を具有している団体なるものが一時代に限定されてよいものであろうか。事実、「汝ら往きて万民に教えよ--しかしてわれは世の終りまで日々汝らと偕に居るなり」(マテオ 28:20)とキリスト自身教会にその不易を約束している。聖霊の共力と扶助も教会の不易を約している。「しかしてわれは父に謂い、父は他の弁護者を汝らに賜いて、永遠に汝らと偕に止まらしめ給わん」(ヨハネ 14:16)との言葉も同様の消息を伝えるものである。またペトロに向かって、「われもまた汝に告ぐ、汝は磐(ペトロ)なり、われこの磐の上にわが教会を建てん、かくて地獄の門これに勝たざるべし」(マテオ 16:18)と

p. 210

宣言しているが、地獄の門は死、破滅、敵の権力を意味するであろうからこれまた、教会不易の宣言に外ならない。

キリストがおのが教会になせるこれら無類の約束は明らかに教会に不滅の刻印を保証する。かかる団体こそは世の終末にいたるまで人類を教導し、あらゆる視角からの指導原理となり、人類聖化の王道を備えるものである。

[註] 教会と使徒の将来に関して詳細に預言したキリストは創設せるおのが教会が単に一時的にのみ存在すべきことを意図したのであったならば、なぜその崩壊をも告知しなかったのであろう。神的教会の終結はその創設と等しくまさに不可思議でありかつ明瞭であるべきである。

--教会の使徒伝承なるべきこと--

使徒伝承であると言うのは、教会がいかなる時代にもキリストが賦与した権能を有している使徒によって統治されていることを意味する。前述したように、キリストは世の終末まで続くべきおのが聖業を保続するために使徒を立てたのであるが使徒は必ず死すべき者であった。しかるにキリストの確信によれば彼らは何らかの意味において、世の終末まで生き永らえていなければならないのである。ではいかにして彼らが永続的であ

p. 211

り得たかと言えば、それは神の指導のもとに選んだ後継者にその使徒職を譲与するという一事によってのみ可能とされるのである。従って使徒らは彼らの権なるものが彼らの正継者に代々譲与され、永続されて行くべきことを当然のこととして予知していたのであった。それゆえいかなる時代にあっても、教会の統治者なるものは自己の保有する権が使徒たちのもっていた権と同一のものである、なぜなら彼らは使徒の正当なる後継者であることによって使徒たちと同一であるからという自覚を持つ者でなければならないのである。キリストは使徒が神より人類に派遣された最後の特使であることを明瞭に語っているし、また彼自身、使徒とその後継者に与えた権を他の何者にも与えてはいない。使徒の派遣は決定的でしかも永続的なものであった。実際使徒たちが彼らの補佐役を選んだことは聖書にも明記されている。さらに彼らの後継者を選出したことも多くの権威によって明らかにされている。例えば西紀100年頃に死んだクレメンスは「キリストは神より遣わされ、使徒はキリストより遣わされた。使徒たちは司教、補祭を選出した。(中略)また彼ら司教、補祭が死去した場合、その聖役を徳の秀れた人が継ぐべきことをも制定した。云々」と言い、2世紀の後半イレネウスは「司教ならびに彼らの後継者は今日に至るまで使徒の選定によるものなり」と録している。

キリストが彼の教会における権威を使徒に賦与した時、各々が相互に独立したものとして与えたのではなく、使徒団へ、すなわち、ペトロを頭として一致した使徒教団へ与えたのである。

p. 212

彼は彼の教会をペトロの上に建てた。(第XI章参照)すなわち、磐(ペトロ)を土台とする教会を建てた。それゆえ他の使徒たちはペトロからその権力の行使力を伝えられたのであった。ペトロと一致することによって教会との一致が為されたのである。

キリストはペトロに天国の鍵を譲った。これは畢竟するに、ペトロを天国を開閉する主人に立てたのであって、他の使徒はペトロによって始めて天国に入る許可を得ることができるのである。

キリストは良き牧者としてのおのが聖役をペトロに譲与して言う。「わが羊を牧せよ、わが羔(こひつじ)を牧せよ」と。キリストが唯一無二の牧者であったごとく、ペトロはキリストに代わる地上における唯一最高の牧者と立てられたのである。この最上権の下に、兄弟たる使徒群も一般キリスト者と共に加えられ共に彼に聴き従わねばならなかったのである。

II

キリストの創設になった教会は唯一、普遍、可視、聖であらねばならない

キリストの創設した教会が唯一、普遍、可視でしかも聖なる教会であるべきことは教会が組織団体なることを証明した時に間接に触れておいたが、さらに詳論することはあながち蛇足ではないであろう。

p. 213

--教会の唯一性--

一般的証明。

教会の唯一性の一般的証明となるものに、最終晩餐におけるキリストの祈願を挙げることができる。「わが祈るは彼ら(使徒)のためのみならず、また彼らの言葉によりて我を信ずる人々のためにして、彼らの悉く一ならんためなり。父よ、これ汝のために存しわれの汝にあるがごとく彼らもわれに居りて一ならんためにして汝のわれを遣わし給いしことを世に信ぜしめんとてなり」(ヨハネ 17:21)とある。ここにキリストはおのが教会に絶対的唯一性を要請している。いかなる分裂をも、それが統治上の対立であろうと、教義の異論、はたまた、典礼ないし、秘蹟の差異であろうと断呼として排斥しているのである。なぜなら教会における一致は天父と彼自身との完全なる一致に比肩さるべきものなのであり、またこの一致はキリストの神権の証明を引き出すほど、奇蹟的でなければならないからである。主としてまた師なるキリストの意を継ぐ者の一人であるパウロは、かかる唯一性こそ教会の根本的な特徴なりと思惟した。彼はこれを人体の組織に比して言う、「この身は一なるにその肢は多く、身における一切の肢は多しといえども一つの身なるがごとく、キリストもまたしかるなり。われらはユデア人異邦人なるも一体とならんために悉く一の霊において洗せられたり」(1コリント 12:12)と。以上彼

p. 214

はキリスト者たる者は悉く一の霊に生かされ、共同の教義を遵奉し、唯一の典礼、唯一の主権に従うべきことを強調している。

統治権における唯一性。

教会における統治権の唯一性についてはすでに見たがそれを要約すれば、

キリストは彼の教会を決して複数で語ったことがない。それゆえ、彼の意図した教会は唯一の統治権下における唯一の団体であって決して各々が異なった統治者によって統められる多くの団体ではない。

彼はまた、教会を羊の群、一つの都市、一つの王国に喩えているが、これらはいずれも統治権の唯一性を示唆している。

使徒たちは悉く教会を統治権において一なるものと考えていた。

キリストは「相互に争う王国は亡ぶ」(マテオ 22:25)と言っている。教会における統治権の分裂は、教会の不易性と両立できないゆえに絶対あり得べからざることである。

パウロには教会を称して「体は一つ、精神は一でなければならぬ」(エフェゾ書 4:4)と言う。すなわち、生ける肢体において唯一の統治意志が支配しているごとく、教会においても唯一の統治権しかあり得ないという謂

p. 215

いである。

信仰の一致。

キリストは使徒を派遣するに当たって、「汝ら往きて万民に教え--わが汝らに命ぜしことを悉く守るべく教えよ」(マテオ 28:20)と命じた。それゆえ使徒たる者はキリストより受けついだ教義体系を悉く万民に宣べなければならなかった。彼らは一切の人が皆同じ真理大系を信ずべきことを主張したのであった。従ってキリストの教会は唯一の信仰を有していなければならない。パウロによれば「教会の主は一、信仰は一、洗礼は一、」(エフェゾ書 4:5)である。生ける身体はこれを支配する生命が唯一であるように、教会における信仰は唯一なりというのがパウロの確信であった。「信徒たる者は一つの心一の口をもってわが主イエズス・キリストの神にして父にて在すものを崇め奉れ」(ロマ書 15:6)とロマ人に書き送り、コリント人には「兄弟らよ、わが主イエズス・キリストの御名によりてわれ汝らに勧告す、汝ら皆言うところを同じうして、その間に分裂あることなく、同意同説にまったく相一致せんことを」(1コリント 1:10)と。「兄弟らよ、われ汝らに勧む、汝らの学びし教えに反して争いおよび妨げを為せる人々を認めてこれを避けよ。けだし、かかるやからはわれらの主イエズス・キリストに仕えず。」(ロマ書 16:17-18)と。

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典礼の一致。

典礼の唯一性は前述のことから自然に帰結されるのである。礼拝は信仰の外的表現であるから、そこに見られる典礼も一でなければならない。信仰の一致は相互不和の可能性を排除する。同様なことが神を礼拝し、人を聖化せしめる典礼についても言い得るのである。

前述した三つの一致の中、信仰の一致がその最たるものであって、他の二者の根底となるものである。入信者は最初にキリストとその教義を信じ、かつ教義内容に触れることによって、その教義に勧告されてある典礼への参与を目覚まし、神の指摘した指導者に従う最も安全な道を見出すのである。

--教会の普遍性とキリスト者の義務--

キリストは使徒にその教えをある限られた人々、国々を目標として教えよと命じたのではなく、「万民に」「すべての被造物」に教えることを命じたのであった。そして彼らはその命令に従った。パウロは身をもってこれを実践し、詩編作者の「われ汝をたてしは、殊に汝においてわが権能を顕わし、わが名を全世界に伝えしめんため」との言を自らもまた伴侶たちにも実行せしめた。パウロがコリント人に「福音は全世界に信じられている」と書き送り得たのは、実にこの結果に外ならない。パウロの言う「全世界」とは相対的

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(Catholicitas moralis)な意味であってもちろん絶対的な普遍性ではない。換言すれば、一般通念としてキリスト教があまねく宣布されていることを録したにすぎない。さて、キリスト教宣布の相対的普遍性は、数の上からも社会的側面からも言い得るのである。前者は地理的に数の上から見て全世界に広く行き渡っていることをいうに反して、後者はあらゆる文化階級、社会団体中にキリスト者が見出される事実を指す。

教会は創設後間もなく、相対的普遍性を獲得することができた。それは教師がキリスト自身の支持をうけて四方に派遣され、すべて善意ある人の理性と心奥に触れ、これを強く把えたからである。不朽なる教会は人間本来の正しい希望である真の幸福を約束しかつ与え得るものであるゆえに事実上の普遍性もかち得、他方一切の人の救霊がキリストの意図するところである点から、絶対的普遍性というゆるぎない目標に向かって堅実な歩みが続けられるべきである。

--キリスト者の義務--

一切の被造物に教えよというキリストの至上命令には、一切の人の救済が明らかにされ、「信ずる者は救われる」(マルコ 16:16)のである。それゆえ、教会が真なることを知りつつしかも信仰を拒否する者は救われない。同様にひとたび真の教会に属しつつ異端、分派をつくる者どもも救われ得ない。「異説者を

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一度二度訓戒して後これに遠ざかれ、そはかくのごとき人の罪せらるるは、自らの判断によるなり」(チト書 3:10-11)と言われるのはけだし当然のことであろう。教会はパウロの言うごとく生ける身体であってキリストがその頭なのである。ゆえにその頭から自らを分離する者には救霊は決してあり得ない。「われはぶどうの樹にして汝らは枝なり。われに止まり、われこれに止まる人、これ多くの実を結ぶ者なり。けだしわれを離れては汝ら何ごとも為す能わず。人もしわれに止まらずば枝のごとく棄てられて枯れ、しかして火に投入れられて焚けん。」(ヨハネ 15:6)

--可視性--

キリストは教会を可視的社会として創立したのである。教会は明瞭な組織体であって、教導群と被教導群、統治者と被統治者からできあがっている。しかして全体が公式礼拝に参与し、裡に有する唯一の信仰を宣言するのである。使徒は公式洗礼を通じて人々を教会に受け入れ、信徒の外的行動の規範となる律法を制定し、その実行を要求するのである。同時に信仰を公に宣言することを命ずるキリストの意志をそのまま伝えるのである。「さればすべての人の前にわれを宣言する人はわれもまた天に在すわが父の御前にこれを宣言すべく、人の前にわれを否む人はわれも天に在すわが父の御前にこれを否むべし」(マテオ 10:32)と。

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--教会の聖性--

創設者の聖性

教会の創設者は神であり、その組織とすべての活動の根源が神自身である。ゆえに教会は聖性の刻印を受けている。従って、その統治、教義、目的、いずれにおいても聖である。

教義の聖性。

キリストを信仰の立場から見ることを知らない人々も、キリスト教における道徳観の優越性を正直に承認する者がすこぶる多い。キリストは、真実とか正義のごとき、信仰を有していない人々の間にも見られる一般道徳のみで満足しはしない。キリストの弟子たる者は、さらに高い道徳が要求されている。すなわち、英雄的徳の体得がそれである。兄弟的愛徳、謙虚、柔和、種々な形態で現わされる自己犠牲、例えば自発的清貧生活、迫害に対する忍従、信仰の証明のためにあるいはまた他人の救霊のために死をも厭わぬ自己没却等を繰り返し繰り返し要求する。これら英雄的徳を一括して、「汝らの天父の完全に在すごとく、汝らもまた完全なれ」(マテオ 5:48)とおのが弟子たる者の理想を表示している。この人間聖化の義務を他の教義と共に教会に委託して言う。「わが汝らに命ぜしことを悉く守るべく教えよ」と。

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キリスト者の聖徳。

キリストは決して一切のキリスト者が聖性の最下級という意味でさえも聖人なりとは言っていない。人はそれぞれ神より賦与された自由意志を乱用することによって善を捨てて悪につき得るのである。この意味において、キリストと深い交友の裡に生きていたはずの使徒中にすら裏切り者のあったことは不思議とするに足らない。キリストは彼の王国なる教会を「善き魚も悪しき魚も集める網」に比し(マテオ 13:47)「毒麦も共に成長している麦畑」にも喩えている。とは言え、神的扶助のゆえに教会は全体として、またいつの時代にも聖性を具有していなければならない。教会はその存在目的を誤ることがあり得ず、キリストの意図した最高度の理想実現に多くの例証を示さねばならない。教会は「良き樹」であって「多くの良き果を結ぶ」べきであり、また創設者たる神人キリストが常に共に在るゆえに諸徳の開花を見、結実してゆかねばならない。

教会の聖性は絶えざる奇蹟によって立証される。キリストは奇蹟によってその聖性を立証することを今なお停止していない。「しかして信ずる人にはこれらの徴伴なわん。すなわち彼らは悪魔を追い払い、新しき言語を話し、蛇を捕え、死毒を飲むも身に害なく、病人に按手せばその病癒えん」(マルコ 16:17-18)「しからば業そのもののために信ぜよ。われを信ずる人は自らまたわが為す業をも為し、しかもこれより大いなるものをも為さん」(ヨハネ 14:12)

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III

--キリストの創設した教会の不謬性--

教会が不謬であるとは、キリストから保有すべく委託された信条ないし真理の教導と解説に関する限り教会は誤謬を犯すことがないという謂いである。間接的な証明として次のことが挙げられる。

教会は神権をもって教義に対する信条を要求するが、もしもこの点において誤謬を犯し得るものとすればどうなるであろうか。「信ぜざる者は罪に定められる」(マルコ 16:16)のであるから、神は永遠の苦罰という怖るべき律法のもとに人間に虚偽の信仰を要求する。つまり神が謬り得るという結果になる。またある教義が果たして神よりのものか否かについて人はまったく確信を持ち得ないというがごとき恐るべき結果になるであろう。

この世に不謬の教権がないとすれば、教師としてのキリストの使命は、彼が世を去った時終りを告げたことになる。さて、キリストの使命を吟味してみると、神は幾千年もの長い間おのが独り子たる救世主の降臨のために、天啓につぐ天啓という異常の賜をもって人々の精神を内的に準備せしめた。時満ちて救世主来たり、自

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ら不謬の権をもって人間教導にあたったのではあったが、三年を出でないという極く僅かな期間、しかも世界の極く小さな片隅の地方を行脚し教えたに止まる。教師としてのキリストの使命がこれで終わったものとすれば、その期間は準備期間にくらべて甚だしく不均等であるのを認めない訳にはゆかない。

直接の証明としてわれわれは教会の不易性を考慮すれば十分であろう。キリストの創設した教会が不易であることはすでに詳細に述べたところであるが、教会の不易性は畢竟するにその不謬性をも必然的に肯定させるのである。教会は常にキリストと共に在って、神権をもって教えるのであるから、教会はこやみなく神的諸真理を教えかつ、信ぜしめなければならない。教会が信仰の唯一性を保有している以上その唯一性を常に保ち得る方法、手段をも共に有していなければならない。人間の気儘と弱さのゆえに、キリストの素朴な教義は歴史上の経験からもまたパウロが言っているのでも分かるごとく、常に誤れる解説の危険に暴されている。誤謬は信仰の一致にとって致命的である。それゆえ、教会は不謬の神権をもって真の天啓をもって非なる天啓から峻別し、宣言しなければならない。と同時に、その宣言を否定する者をすべて断罪をもって教会から却ける権を神より賜っていなければならない。

以上の論述を要約すれば、キリストの創設した教会は不易であり、従って使徒伝承、唯一、公、可視にして、聖、不謬の団体として現存すべきであると結論される。

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第X章 キリストの教会の鑑定

カトリック教会は真の教会なり

要旨

I、真の教会の具有すべき特徴。
不謬性、使徒伝承性、普遍性、統治、信仰、典礼における唯一性、聖性。
II、偽キリスト教会
A プロテスタント諸教派。その創設と教義一般の考察。
B ギリシア分離教会。その創設と教義一般の考察。
C 樹液神学説。
III、真の教会の全特徴を有するカトリック教会。
IV、質疑・応答。

I

真の教会の具有すべき特徴

キリストの創設した教会は不易であって今日もなお存続している。われわれはその教会の特徴、記号を知ってい

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る。従ってその教会を見分けることもできる。すなわち特徴、記号とは、不謬性、使徒伝承性、普遍性、統治、信仰、典礼における唯一性および聖性がそれである。従ってこの四つの特徴がいずれの教会にあるかを研究鑑定するのが本章の課題である。

今日キリストの神性を信じ、キリストの教会を標榜しているものを大きく三に別けることができる。プロテスタント教会、ギリシア分離教会およびカトリック教会がそれである。これら三派の中いずれがキリストの創設になった真の教会であろうか。

II

偽キリスト教会

A

--プロテスタント教会一般の考察--

プロテスタント教会と言っても甚だしい数に上る教派があって、一言ではつくし得ないが主なものを挙げると、北部ドイツ、デンマーク、ノールウェー、スェーデンのルター教会があり、スイス、オランダ、アイルランド東北、北アメリカの長老教会(カルビン派)それに英国教会とメソヂスト教会、その他日を追うて分裂してゆく諸教派がある。

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プロテスタント教会の起源は16世紀におけるドイツの宗教革命にその端を見る。以後、スイス、フランス、スェーデン、英国へと漸次広まって行った。

ここに宗教革命の起こった理由とその沿革を録して見よう。

1、宗教界の紊乱。16世紀の教会は非常に財力にめぐまれていた。すなわち教会財産が豊かになるにつれて、教会、あるいは教職が世俗人の野望の的となっていた。従って聖職がまったく不適任な人々によって占められることが多かった。加えて教会が世俗行政権の奴隷となり下がっていた地方も相当多く、法王位すら一時的ではあったにせよ、フランス王国に監禁されるような有様であった。1378年から1417年に及んだ西方教会分裂の余波を受けて、一般人心の節操も非常に弱化されたこの分離期に二人、時には三人の法王が対立したことすらある。合法的な法王はもちろん一人だったが、一般人心を非常に動揺させた。反教会者が指摘するほど甚だしくはなかったとしても、一般宗教生活の遅緩と紊乱は覆うべくもない。教会はこの重大な危機に当たって始めて自己の内部に多くの敵を養っていたのに愕然としたのであった。しかし教会内に熱烈な闘士は余りにも少なかったのである。

2、政治的考察。大公諸候は、革命に参加することによって、必ず旧来の信仰を擁護するに相違ない皇帝、すなわちスペインとドイツの皇帝であったカルルス5世の隷属から脱し得ると思っていた。皇帝に不

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満の声が高かったフランスにおいては当然、こういう計画に拍車を加えた観がある。一方、ドイツの諸侯、および同盟国同志のデンマークとノールウェーの王等、スェーデン王は、「王すなわち教会の首領なり」となすルターの教義をまたなきものと喜び迎えた。それは主権を強固にし、厖大な教会財産を横領し得る好飼と観た。ルターの教義は帝王に好飼を供したに反し、カルビンは国王の最上主権を否定し、共和的民主主義的精神を標榜していたので、スイスやオランダ人民の争乱のごとき反帝国主義者に迎えられたのであった。英国にあっては、ヘンリー8世が法王の至上権が自己の劣情と貪欲の障害なりと見て王冠を賭して離教し一派を開いた。エドワード6世、およびエリザベト女王の時には、ルターの教義もカルヴィンの思想も取り入れられて、ローマとは完全な絶縁状態にあった。爾後国内のことに関する限り、外来のいかなる干渉もうけない状態となった。

3、教義の大衆的性格。革命者等の教義は罪の赦免を非常に容易にし、告白や償いのごとき一見繁雑な痛悔者の義務を不要なりとて廃止した。また法王の信仰および道徳に関する至上権を否定し、これに代えて聖書の自由解釈と信仰の個人的選択を主張し、民族と個人の虚栄心に甚だしく阿諛したのであった。

4、人文主義。宗教革命にことの外影響を及ぼしたものに人文主義あるいは文芸復興がある。人文主義は多くのカトリック知識人によって賞讃され、法王の保護を受けたにもかかわらず、全欧の知的不安をかも

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し出し、同時に一般人心を不知不識の間に世俗学の部門においてもはたまた、信仰の分野においても何かしら新奇をてらう方向へ駆らしめる下拵えとなった。

5、ルターの人格。ルターは自然的才能にかけては偉大な人物であった。彼は人心の煽動者に必要なる毒舌と機知と諷刺、人の心を把える力強き言辞、他方自制心の欠如等が指摘されている。同時に神学的な教養は不完全で、特に初代教会史に関する無知、厳密な論理の無能、不正不義に対する盲目等は彼の非論理的な教義大系に明らかに窺い知られる。

ルターは1517年に法王の贖宥公布を否定することによって敵意を公開した。贖宥公布というのは、償いの赦免を得るために悔悛と聖体の両秘蹟拝領という根本条件を果たして後、ローマの聖ペトロ聖堂の再建のために喜捨をなし(貧乏人は祈祷をもって)その善業に参与する人々に与えられるというものであった。この事業は全キリスト教界の協力にまつべき性質のものであり、当然の事業ではあったが、時に教会財産の行きすぎた徴収と用途を誤ったという点で時の法王も先任者の失敗の轍を踏んだのは甚だ遺憾である。

ルターははじめ、善良な人々の間に同情をかち得たのであったが、彼の意図するところが改革ではなく破壊であることが顕らかになるや忽ちにしてその同情を失ってしまった。ルター運動は一時、イタ

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リー、スペイン、ポルトガルを除いた全欧を風靡した。しかし同時に起こった内省的反動はこの運動の勝利を半ばに食い止め、押し返してチウトン族の堺に閉じ込め、それ以後は進出を許さなかったのである。

真の意味での宗教改革はトリエント公会議にこれを求むべきであろう。教会はこの公会議によって一切の腐爛のぬかるみから脱し、短期間に宣教師の熱意によって、旧に失ったものを新世界に獲得したのであった。ルターおよび彼の同僚は純宗教の立場からこういう運動を起こしたとは受け取り難いものがある。

その証拠に彼らの大半は道徳的に甚だ頽廃していた当時においてすら、きわだってその不行跡が目立った人々であった。もちろん聖徳という方面からはあまりにもかけはなれている。

--プロテスタント教会の教義--

ルター主義における主要教義を次のように約めることができるであろう。
1、信仰の唯一の基準を聖書の自由解釈に置く。
2、人間を義化するのは信仰のみであって、善業はそれに参与しない。霊魂は常に罪悪の状態にあり、信仰は罪を取り去るのではなく単に神の眼から隠蔽するに過ぎない。人間の意志は自由ではない。
3、教会は各個の団体としては可視であるが教会自体は不可視である。すなわち義者のみによりなりたつ。キリスト者はみな司祭であり、牧者あるいは長老としての霊的精神的任務遂行に特別な霊的権威を必要としない。国家は全教会の

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最高任命権を有する。
4、洗礼、聖体、悔悛の三秘蹟しか認めず、しかもその聖寵に関しては、カトリック教会の所信とは全然異なった立場を固持する。

カルヴィンの主要教義は、
1、信仰の土台を聖書の自由解釈に置く点ではルターと等しいが、
2、救済を得るか否かはまったく神の予定し給うところであって、各人の行為は救霊にもまったく無関係である。(予定説)
3、教会は可視である。彼はまた予定された人々からのみなる不可視の教会をも信じていた。教会は国権からは独立している。司祭は一般キリスト者が選出すべきものであり、それによって監督としての霊的権威を受けるのである。
4、秘蹟も洗礼と聖体の二つに減ぜられた。

これらが一般プロテスタント教派の根本教義であるが、そのときから今日にいたるまでには甚だしい変化変遷を見せているので、端的にその教義を述べつくすことは不可能であろう。ともあれ、ドイツにおけるルター主義者は一般にキリストの教会創設を否定し、宗教的信仰なるものを主観的個人的見解、あるいは感情なりとし、また甚だしきに至っては、虚偽かもしれぬと言い、信条の客観的真理性を問題にしていな

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い有様である。

英国教会はこれを三つに区別することができるであろう。

1、「典礼主義教会」は教会の神的創設と司教権を認め、法王の首位権並びに不謬権を除けば大体カトリック教会のほとんどすべての教義を保有している。またその真偽は別としても自己の教会における使徒継承をも主張している。

2、福音主義教会はカルヴィン主義の色彩が濃い。

3、合理主義教会はキリストの神性と三位一体に関して議論の余地ありとする点が前二者と異なっている。

さて、ここに論旨を一歩進捗して以上述べた教義に批判を試みれば、プロテスタント教会はいずれもキリストの創設した教会ならざることを認めねばならない。その教義より見れば、かつて存した異端説の中、たぶん一番貧弱なものであろう。それら各々は真の教会の本質的特徴の一つすら具有してはいないのである。

1、不謬性をまったく否定している。従って偽教義の宣布の可能を言外に暗示していることになる。しからば神の教会たる真理の教導機関たり得るであろうか。あらゆる点で最後の決定権を個人の判断に委ねる以上、四分五裂を何をもって救うことができるであろうか。

2、使徒伝承を主張していない。ルター、カルヴィン両者とも決して合法的教権を持っている訳ではな

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い。ルターは事実、神よりの直接委託を受けたと主張しているはいるが、この自負は奇蹟によって立証された訳でもなく、また何ら客観的な根拠をともなっているのでもない。英国教会中の典礼主義教会は使徒伝承を主張している。自体英国はかつて法王の遣わした宣教師によって改宗せしめられたのであるから、従ってローマと交わりを持続している限り、使徒伝承の教会たり得たのである。かくてローマが使徒的権威を賦与したのであるからそれを剥脱することができたし、事実剥脱したのである。

3、プロテスタント教会は数的にも、社会的にも普遍性を有してはいない。この教会は事実上チウトン族に限定されているゆえに社会的普遍性にも欠けている。信徒総数は1億7千万を数えるが100以上もの相互に独立した教派から成立っているし、しかもその各々が個々独立した教会と考えなければならないのであるからもちろん数的な普遍性にも欠けている。彼らは相対立した100以上の教会が一つの教団なりと強調しているのであるがこの主張をそのまま肯定してみても、なおキリストの教会としての唯一性を保っていない。すなわち信仰の土台が各個人の判断なのであるから、信仰、統治、典礼の唯一性が求め得られよう訳もなく、事実上まったく認められない。

個人的判断が信仰の決定者であるとの教義は破滅の源であり、常に新しい分派を作り、常に全プロテスタント信者としてますます不一致ならしめ、キリストの神秘体たる真の教会とは似ても似つかぬものとならし

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めるもとなのである。

4、プロテスタント教会は聖性を持っていない。人間の自由意志否定とその責任の否認は、人間道徳を害するものである。もちろん非常に正しい生活をしているプロテスタント者は多い。しかしながら、その正しさはプロテスタンティズムの原理に起因するものではなく、カトリシズムから受け継いだ良き伝統によるものである。教義に忠実なるゆえに学徳の士たり得ないことはこの辺からも窺い知られるのではあるまいか。

近来、英国プロテスタント教会に、当局がずいぶん妨害しているにもかかわらず、カトリックの英雄的徳の実践をその修道会に倣わんとする強い傾向が見られる。プロテスタンティズムが、それ自身人間聖化の原理をその根本教義に蔵しているとすれば、当然その創始者および主だった発起人たちの中に非常に秀れた聖性を見出すものと誰しも期待するであろう。しかし、残念ながらそれは見出せないのである。ルター、カルヴィン、ヘンリー8世、エリザベス女王に見られるのは学徳ではなく熱狂を見出すだけである。熱情は聖徳ではない。

プロテスタンティズムの根本誤謬は信仰に関する誤まれる規準にある。

プロテスタントにとって聖書が--個人的自由解釈に委ねられた聖書が--唯一の信仰規準なりとの主張は前述した。これを換言すれば、聖書がわれわれの信ずべきことを決定する唯一の確実なかつまた容易な手段である

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ということで、この改革者たちの教義には二つの矛盾がひそんでいる。

1、人間救済に必要なあらゆる真理が聖書に録されている。

2、何人も聖書を読んでそれらの真理を獲得でき、また獲得しなければならない。

さてこの前者を考察してみると、次の理由から神的真理の唯一の宝庫たり得ないのである。

イ、聖書自身そのようなことを少しも語っていないのみか、かえってその反対の事実を見出す。パウロは言う「されば兄弟たちよ毅然としてわれらの談話、あるいは書簡によりて習いし伝を守れ。」(2テサロニケ 2:14)と。またヨハネは彼の福音書中に、「されどイエズスの為し給いしこと、なおこの他にも夥しく、もしこれをいちいち書き記さば、われ思うに書き記すべき書籍は世界すらも載せ尽くすこと能わざるべし」(ヨハネ 21:25)と言う。

ロ、キリストが使徒を派遣したのは聖書を記すためではなく教えを宣べるためであった。

ハ、新約聖書はキリスト昇天後20年ないし30年後に始めて書かれたものであるからその間信仰は何によって求め得たのであろうか。

次に後者について言うなら、次の理由から神的真理を聖書中に探求する義務はあり得ない。

イ、キリストは決して字句の知識が救済に必要なりと述べてはいないと同時に、われら何を信ずべきかを聖書を読んで見出すべしと命じてもいない。かかる命令は今日のごとく印刷術の進歩を見なかった当時において

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はまったく不可能事であったのは当然である。

ロ、加えて、聖書自身は聖書の神感性を証明できず、内容の真偽も立証し得ないのである。すなわち、この書はかくかくの部分から成り立っていて真の著者は神である、すなわちこの書は聖書なりと宣言し得る生きた権威が存在して始めて聖書がここに主張されるがごとき聖書であり得るのである。元来、いかなる著書であっても著書それ自体にかく宣言する権利はないものである。

ハ、聖書には不明瞭なまた難解な記事が多く、ペトロは「往々悟り難きところありて、無学者と心の堅からざる者とは他の聖書を曲解するごとく、これをも曲解し自ら亡ぶに至る」(2ペトロ 3:16)とパウロの書簡に関して読者に警告を与えているほどである。

ニ、聖書のみでは信仰道徳のまったき規準たり得ない事実を証明するものとして、プロテスタント各派における、信仰、教義の差異を見れば十分であろう。聖書の自由解釈に基づく突飛な教義教説が百出し、それがいずれも同一聖書解釈であるというにいたっては驚く外はない。カトリックにおける、信仰の規準は教会に賦与された教権である。不謬権に代えるに聖書の自由解釈をもってしたところにプロテスタントの根本誤謬が指摘さるべきであって、このゆえにこそ、キリストの教会と称しつつも雑多な教派への分裂となりキリストの神性の否定となり、聖書の神感の否定となったのである。その他、初期の宗教改革者たち

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が、根本的なものと考えていた諸教義にも、かかる誤謬への破壊力がひそんでいたのである

B

--ギリシア分離教会--

1、区分 まず注意すべきは、離教ギリシア教会とカトリック・ギリシア教会とを混同すべからざることである。この二教会は全東欧に並軒して存在している。カトリック・ギリシャ教会は、法王権を認めこれと一致しているが、ただ典礼と戒律においてカトリック教会と相違しているだけで、その他の点はまったく同じである。離教ギリシア教会は多くの独立せる教会から成立っている。すなわちコンスタンチノープル、アレキサンドリア、アンティオキア、エルザレムの諸主教教会、それからロシア、ギリシア、ルーマニア、ユーゴスラビア(セルビア、クロアチア、ダルマチア、西方ハンガリア等々)およびブルガリア等の諸教会がある。
2、ギリシアの分離教会がなぜカトリック教会から分離したのか。まずその遠因をラテン民族とギリシア民族間における旧来の争覇にこれを求めることができよう。
次に西紀330年、首都(皇帝位)がローマからコンスタンチノープルに遷移されたのであるが、その時コンスタンチノープルの主教は法王権が首都司教に属するものなりと主張し出した。そしてその第三に傲慢と野心

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のゆえに法王の最高権から脱離したのである。全世界に及ぶ法王の精神界における支配力をも自己の掌中に納めて自己の領土と権力の拡張を計らんとして首都司教を煽動した皇帝の野心をも見逃すことはできない。
分離の発端は西紀867年、学者ではあったが節操に欠けていたコンスタンチノープルの主教フォチウスに始まる。彼は党派同心の者を糾合して、皇帝の臨席を仰ぎ公会議を召集し、法王聖ニコラオ1世に破門の宣告をした。この時の分離は一時和解したのであったが1054年に至って再度ミカエル・チェルラリウス大主教によって同様の紛糾をまき起こし離教の完成を見て今日に及んでいる。
コンスタンチノープルには、4世紀から10世紀にかけて、今日ビザンチン式として識られている独特な祭式が発展してきた。そして典礼用語としてギリシャ語が採用されていた。9世紀に聖チリルと聖メトドゥスがこの典礼を用いていたブルガリアとモラビアを改宗せしめ、典礼をスラブ式に替えた。ビザンチン的スラブ式典礼はブルガリアからセルビア、ロシアへと拡がって行った。ギリシア分離教会はローマから分離して後、「正統教会」あるいは「使徒伝承教会」と自称している。厳密に言うならばギリシア分離教会の信徒の大部分は、ギリシア人ではなくスラブ族であるから、ギリシア教会なる名称は当を得たものではない。ギリシア分離教会からカトリックに帰正する者も非常に多く、ローマの特別の許可によって彼らの典礼と用語をそのまま使用している。その帰正カトリック者は600万余を数え、「一致教会」の名称で知られている。
それゆえ東欧にはカトリック団体でありながら、自国語でミサを献げている教会があることを識るべきである。

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3、ギリシア分離教会の教義は全般的にこれを見れば、カトリック教会の教義と大差はない。ただ、聖母無原罪懐胎と法王の不謬権と至上権を認めない点が違っている。彼らによれば、ギリシア、ラテン両教会の司教が参列した公会議の決議のみが不謬なりとする。ところがラテン教会(カトリック教会)を偽教会と見なすにいたってからは、単独で公会議を召集していたが、現今では不謬権そのものを否定するにいたった。彼らの主教が参加しない一切の公会議の決議を否定し、ローマ法王の首位権は単に教会制度上の問題なりと見なし、少なくともかかる首位権はコンスタンチノープル主教に転移されたと主張する。では彼らの強調する首位権とはいかなる性質のものかと言えばそれは単に名誉上の首位権であって、それすら今日では認められていない。すなわち、ロシア教会、ギリシア教会等、総数五分の四はコンスタンチノープルから分離し、また相互にもまったく独立しているのである。/

4、一般的批判

イ、不謬権に関して、これを観れば、ローマから分離して以来、信仰に関する不謬権は自ら否定している。

ロ、彼らは使徒伝承性を主張してはいるが、それはまったく不当な主張である。ギリシア分離教会はそれぞれ独立した教会に分裂しているし、またわれわれカトリックとは異なって、使徒伝来の権威を他の教会に譲与する中心至上権を持っていないことを自ら認めていながら、その教義が使徒伝承のものであるとあくまで

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も主張しているのである。しかしながら至上教権が使徒伝承でない限り、いかなる教会といえども使徒伝承たり得ないし、同時に使徒伝承の教義を保持し得ないのである。

ハ、普遍性について一言すれば、社会的にも数的にも共に普遍性は見られない。ギリシア分離教会は主として、ギリシア、スラブ民族に限定されているのであるから社会的普遍性に欠けているし、信徒の総数は一億にも足りないのであるから数的普遍性もない。いかに彼らが普遍性を強調したればとて、統治における唯一性を主張し得べくもない。

[註] 教義における唯一性にも欠けている。例えば、カトリック並びにプロテスタント教会の洗礼が有効か無効かについてロシア教会とコンスタンチノープル教会ではそれぞれ意見を異にしているし、その他にも多くの異なった点があるが煩わしいからここには述べない。

ギリシア分離教会は独立した数教会に別れていて相互に独特の立場を固持しているのであるから、合同教会とでも称する方がより適格であろう。ギリシアとバルカンにおいては特に例外で、司教等は論戦の結末をつけるために時には非キリスト教徒なる皇帝にその裁決を仰ぐのである。

ギリシア分離教会の信徒たちの聖徳の程度は比較的高いものであるが、これはカトリック的な信心業と教義の大半を実践しているゆえであろうしまた宣教師、司祭は合法的に叙階されているのであるから、

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聖寵を受ける多くの手段を持っているゆえであると言い得よう。しかし、ギリシア教徒自身にとって甚だ奇異に思わざるを得ないことはカトリック教会から分離してからの霊的営みの不振沈滞が歴然としていることである。初代教会史に花を咲かせた聖者の温床も爾後一人の聖者も、殉教者も産まず、もちろん奇蹟もまったく跡を断っているのはいかにも不思議ではあるまいか。

将来いつか信徒の間に知的復興が惹起するであろう。そしてその時こそ至上権が実際問題として摂り上げられるに相違ない。その時こそ彼らは不安定な根底に立つおのが信仰が攻撃を受けても反駁証明ができないことを知るであろう。かくて、彼らの運命はペトロの教会に帰正するかあるいはまったく信仰を失うかいずれかに決まるであろう。

「一切の物はわれ父より賜りたり。父の外子の誰なるかを知る者なく、子および子が敢えて示したらん者の外に父の誰なるかを知る者なし。」(ルカ 10:22)キリストはその権力と知識とにおいて神と等しき者なりと主張している。

ギリシャ分離教会の根本的な誤謬は、精神的至上権の否定であり、キリストの教会との強い結合の放棄である。

分離当初のこの教会はコンスタンチノープル主教を中心として結ばれていた一の国教であった。しかしこの種の一致は従順の結合ではなく、単に礼儀上のあるいは尊敬の一致に過ぎなかったので皇帝が自国に従属すべきことを要求したとき、一も二もなく皇帝の宗教となりそして瓦解してしまったのである。

C

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樹枝神学説

オックスフォード運動(1833-45年)が胎動して以来、英国典礼主義教会内に起こった神学説に樹枝神学説という学説がある。この説によれば教会が繁茂せる樹木に比せられている。英国教会、ギリシャ正教会、カトリック教会は各々異なった枝であるが一本の樹である。なぜかなれば、これら教会はいずれも使徒伝承のものであり同一の秘蹟的生命に参与するからである。各教会は与えられたおのが地域において真のキリスト教会なのである。英国教会は英国において、ギリシャ教会はギリシャ人とスラブ人のために、カトリック教会はラテン系民族のためのキリスト教なのである。従って、人々は離教という汚名を着るべきではなく、ただ単に他の枝に属するものに過ぎないのであるとする。
この学説は、彼らの所信によれば、現在の離ればなれになっている教会が「教会は一にして、つながりを持っているものなり」という教説の下に和合一致せるものであるという。しかもそこには避けがたい矛盾が含まれている。実際問題としてこれは宗教的論説として真面目に取り上げるよりはむしろ歴史的に興味ある事柄として知っておけば十分であろう。
第一この樹枝説は英国プロテスタントの大部分の人々にも識られてはいないし、認められていない。いわんやギリシャ分離教会、カトリック教会においておや。そもそもこの三つの教会が自分を枝であることを承認するであろうか。かような三つの枝教会が統治の唯一性を持ち得るであろうか。相互に対立的存在である限り、一は他を損

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いこそすれ決して協同体たり得ない。かくしてパウロの言う「キリストの生ける妙体、一つの体、一つの精神」であるべき教会とは似ても似つかぬものとなる。

III

カトリック教会は真の教会なり

真のキリスト教会がプロテスタントでもなく、ギリシア分離教会でもなく、樹枝合同教会でもあり得ないとすれば、最後に検討さるべき教会はカトリック教会となろう。

カトリック教会は真の教会に要求される印を悉く保有しているのである。

--カトリック教会はあくまで不謬権を主張する--

教会がキリストの名において教会に委託された真理を宣言し、またこれに反する教義を排斥する時には決して謬り得ないと主張する。教義の純粋性が犯されようとする場合、都合主義と方便をもってこれに相対することなく、ことが信仰と道徳に関する限り真理を曲げるよりはむしろ亡びることをいさぎよしとする。不謬権に対する断固たる主張のみを 考えてもカトリック教会を真の教会なりと為し得るに足る充分な証拠ではないであろうか。

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--使徒伝承性--

カトリック教会は使徒伝承の刻印を有している。歴史的に見ても現今世界にローマ法王以外に使徒から連綿と続く後継者は一人もいないことは争われない事実である。コンスタンチノープルは礼儀的に使徒的と称せられてはいるが、使徒によって建設されたものではない。ペトロの最初の司教管区たるアンティオキアは第5世紀におけるモノフィヂストすなわちキリスト単性説の異端のため教会から分離した。

[註] キリスト単性説は、エウティケスの異端説でカルチェドン公会議(451年)で破門された。エウティケスはキリストには二つの別々の性はない、キリストの人性は神性に吸収されて神性のみ存すると説く。

アレキサンドリアはペトロの指導の下にマルコが創立した教会であるが、ほぼ同様の轍を踏んだ。ヤコボの教座であったエルザレムは降生後70年にチト皇帝の都市壊滅に遭ってまったくその姿を没してしまった。

キリストは使徒権をペトロを中心にして形成した使徒団に賦与したことを第IX章で述べておいた。すなわちペトロは不破の礎石であり、天国の鍵の保持者であり、羊と羔の牧者であり換言すれば司教、司祭、信徒の最高牧者と指摘されたのであった。ゆえに彼の権力は彼の正当な後継者たるローマの司教に譲与され、保持され今日なおローマの司教たる法王によって確実に伝承されているのである。キリストの使徒等がペトロの

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支配下において一体となり、彼に随くことによって使徒権を行使したごとく、司教等もペトロの後継者なる法王の至上権の下に一体となることによって、始めて正当に使徒権を行使し得、キリストの教会員たり得るのである。現今ペトロとその正当後継者を最高牧者と仰ぐ教会はカトリック教会以外に存在しない。ゆえにカトリック教会のみがキリストの創設した教会なりと結論されなければなるまい。

以上の事柄は聖アンセルモの著名な言葉、ubi Petrus ibi ecclesia「ペトロの在るところにこそ教会はあるなれ」に美しく表現されている。

--カトリック教会における普遍性と統治、信仰、典礼における唯一性--

普遍性。カトリック教会は「万民に教えよ」というキリストの至上命令を内心の熾烈な希望として時と処とを選ばずその実行を続けている。非カトリックの宣教師等の宣教熱は、あるかなしかのものであったり、またあったとしても、カトリックのそれの模倣であったりするに反してカトリックは、常にたゆまざる努力をもって宣教し、また宣教の義務を感じているのである。

[註] ギリシャ分離教会の宣教は論ずるに足りない。プロテスタント教会に関してこれを見れば彼らはおよそ300年間というものは万民に教えよというキリストの命令をまったく忘れていた観がある。彼らの宣教なるものは多くは英国系民族以外には出ていなかったのである。彼らはカトリック宣教師に比すれば10倍以上の財的支持をうけ、

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いわば金のお蔭である程度の信望を得ているのである。宣教地の経験を有するものは非カトリック者であっても未開人を教化し開発する宗教はひとりカトリックであると等しく認めるところである。

カトリック教会は非キリスト教国に伝道することにおいて満足しているのではなく、宗教革命の災禍によって失われた欧州カトリック再建をも忘れてはいない。

カトリック教会は社会的普遍性を有する。すなわち、カトリック教会は一民族に限定されたことはなく、全世界に拡がり、貧者の中にも学者の中にもまたあらゆる職業、政治家、科学者、著作家の中にも多くの信徒をもっているからである。カトリック教会の教義と制度がかくも力強く一切の人々の思想と精神とを吸引して行くので教会を嫌悪する者どもはローマの魔法使、妖精と悪罵する。とは言えこの魔法使の呪文のみが教会の博愛事業を成功せしめるキリストの呪文なのである。キリストがかつてパレスチナの貧しい人々のために光となり、隠れ家となり希望となっていたように今は教会がそれらの役目を果たしているのである。

全世界に3億5千万の信徒を数えるカトリック教会は数的普遍性をも有し他のいかなる宗教の追従をも許さない。

ロ、統治、信仰、典礼における唯一性。

一般カトリック者は直接司祭に服従し、司祭並びに信徒は一団となって司教に従い、これら一切の人

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々は使徒的至上権を有する法王に随う。法王がこれら一般の霊的忠誠を要求するのは決して人間的観点からではなく実にキリストの代理者としての超自然的立場からなのである。それゆえペトロがパレスチナの一漁夫で人間的に何ら誇るところがなかったように法王も時には彼以下の者であってもいっこう構わない。しかしひとたび教座に著く時には、おかすべからざる神の選び給えるキリストの代理者なのである。

カトリック者相互間に起こり得る不和は決して法王との関係に苦汁を流すものではなく当面せる正義、国権の主張等のゆえに教会の子らは相互に反目し、戦火を交える場合もある。かかる場合においてすら霊的恭順は破られることがないであろう。

それが知識人であろうとはたまた、森の子らであろうと一切のカトリック者は彼らの教職者から唯一の教義を聴聞し、それを信ずる。教会はキリストの言葉をあくまでも保守する。そして勇敢に、しかも明らかに、キリストの言葉がそのまま受け入れられるべきことを主張する。

教会は、その道徳律を簡易化するごとき者どもの説には固く耳を閉ざし、似非科学と腐敗した政治を排し劣情の奴隷となり、知的高慢に酔うている者どもに、神の役者の前に低頭すべきことを要求する。彼らは三位一体の玄義、託身の玄義および使徒信経の教える深遠なる玄義を実に幼児の虚心と謙遜とをもって聴かなければならないのである。ここにこそ、信仰における唯一性の奇蹟が存するのである。すなわち信じ難きを信

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ぜしめ、実行し難きを命じ、信仰と道徳の本義に立つためにはあらゆる障害を克服し、妥協を斥けるにもかかわらずなお自発的服従をもって集まる厖大な信徒群を世紀を通じて一の檻に住まわしめるところに、統治、信仰における唯一性の奇蹟が見られるのである。

典礼一般に関して一言すればカトリック教会の秘蹟と犠牲祭は時と処とを問わず常に同一である。教会は言語、儀式に関し、時として多少の相違は認めるが、本質的な部分に関しては寸毫もその相違をゆるさない。

教会は枢機卿であろうと司教であろうと、農民であろうと皇帝であろうと、罪の赦免を得るためには等しく聴罪師の足下に跪坐して悔悛の情を表すことを要求し、彼らを祭壇に導き天使のパンを食するためには所定の断食を命ずるのである。

教会は信条に関して絶対権を保持するごとく典礼に関しても同様の絶対権を主張する。

秘蹟は人間聖化のためにキリストから委託された至宝であるから、教会は秘蹟がキリストの意図したそのままの相において実施されねばならぬことを知っているのである。従ってカトリック者たる者は信条に対すると等しく信仰の外部的活動についても同様の心構えを保って行かなければならない。

夥しい数の人々が物質的利得のためでもなく、また感覚的快楽のためでもなく、教外者から見れば非

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現実的、あるいは嫌悪すべきものにさえ思われる神的儀式に参列するために相集まる様はまさに偉観たるを失わないではないか。

虚心前述の推論を省察するならば、カトリック教会こそ、全世界に弘布せる普遍と、統治、信仰、典礼の唯一性を具有し、従ってキリストの創設せる教会なりとの結論が不当でないと認めねばなるまい。

--聖なるカトリック教会--

カトリック教会はキリストの教義を宣布するに止まらず、聖徳への勧告をも怠らないのみか、おのが子らをかかる境地に到達せしめることに成功している。キリスト教的徳の理想たる、愛徳並びに種々の境遇における犠牲と奉仕に努力する一切の者を祝福し、励ますということは教会の包蔵する人間聖化道の現れであろう。

カトリック教会は実際、聖者、殉教者の慈母である。多くの修道団体また修道者たちは教会のふところに息い、清貧、貞潔、従順の誓願の下に自己を没却し、愛徳の実践を最高目的としてその生涯を捧げ、青少年の訓育、貧者への奉仕、孤児の養育、病者の看護、贖罪、あるいは観想の生涯を送る者がいかに多いことか。カトリック教会は、福音書に言われてある「善き樹」である。すなわち生命の水の流れる川辺に植

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えられ、潤沢な果を結ぶ樹なのである。キリスト自身、教会と共に生き給う限り、これらはまさに当然の結果であると観られる。

カトリック教会はキリストの約束のごとく、彼自ら奇蹟をもって教会の聖性を証することを確信し、それを体験しているのである。

結論 キリストは教会を創設し、この教会に世の終末に至るまでの不易性を約束している。ゆえにキリストの創設した教会は今なお存続すべきである。キリストはおのが教会に四つの特徴を刻印した。しかるにカトリック教会のみがそれらすべての特徴を具有するゆえに、キリストの創設した教会はカトリック教会である。

--教会以外に救済はない--

神は万民がおのが教会に聴くべきことを命じ給う。それゆえ、故意に神に逆らう者は永遠の苦罰を脱れ得ないであろう。しかし神は大罪のない霊魂を亡ぼし給うことはないゆえに、不可避的無知のゆえに神の戒を守らない人、識れる限りにおいて守って行く人、良心に忠実なる人々、神の命令に随おうという真実な念願を裡に有している人々は間接にではあるが、信仰に対する大乗的な望みを持っているのであるから、神は彼らを永遠の苦しみに送ることはないであろう。

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プロテスタントの間に生まれ、洗礼を受けしかも自分の信仰に関して何ら疑問を起こさず、死に臨んで一生の罪を完全に痛悔するか、完全な愛徳を起こすかするならば、こういう人は救いを得るに相違ない。

キリストの名さえ耳にしたことのない人々で、与えられた理性の光によって真理を見出し、自然法に忠実な者は、外見神を識らずに死ぬのであるが、神はかかる人々の亡びることを欲し給わぬ。神は万人の救済を望み給うという鉄則を考えてみてもおのが最善をつくす人々に聖寵を拒み給うはずがない。神は自然法に忠実なる人々を照らし救済に必要な信仰と愛の行為を為すように助け給う。愛徳の行為の裡には神の聖意を果たそうとする意志が間接にふくまれている。ゆえに洗礼への願望をも含むものであると見ることもできるのである。しかしながら、山の上に建てられた町のごとく教会が世人の前に屹立しているという事実を考え神の使徒が世界の果てまでたゆみなく宣教を続けていることを想えばこのような人が多数にのぼるとは思われない。他方、教会の実際の信徒といえども、神の潤沢な聖寵を故意に捨て去る人には救霊がさほど容易ではないと確言できるのである。

洗礼を受けないで死んだ幼児の霊魂について神学者は彼らが自然の幸福境に入るべきことを教えている。教会はいずれにせよかかる幼児らまで、永遠の苦罰に付されると教えたことは未だかつてないのである。

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IV

質疑、応答

質疑1、教会は不謬権を主張し、教義が不変なること、キリスト者の信仰が変わり得ないと宣言している。しかし事実はこれと相違する。教会の信条なるものは実際に時と共に新しい決定によって増加しているではないか。一例をあげれば1854年、マリア無原罪懐胎の教義の決定以後、カトリック者はいずれもこれを信じなければならなくなった。以前には信ずる必要がなかったではないか。

応答 教会は信仰箇条の宣言によって新しい信条をつくり出すのではない。すなわちキリストが使徒に啓示しなかった信条を勝手につくり、これを宣言するのではない。

教会は信条宣言をもって信仰の遺産とも言われる教義内容のある点をより完全により明らかに説明するに過ぎない。聖母無原罪懐胎にその例をとれば、教会がその創設以来支持して来た聖寵に充ちた救世主の母、人祖が人類に投げ入れた罪悪の契を解いた聖母という広範な教義の一部を釈明したに過ぎないのである。

教会は委託された深妙なる真理を悉く条文化してはおらず、また徹底的な意味をも発表していない。そ

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して、ある教えが信仰箇条であるか否か、また天啓の真理中に含まれているや否やの論争が起こった時、教会はその真偽を宣言するだけである。

新たな信条宣言は確かに新たな義務をカトリック者に負わせる。しかしながら、神的教会の不謬性を全面的に信じ、すべての真理を受け入れようとしているカトリック者にとって、それは必ずしも新たな負担とはならないであろう。教会と、信仰において歩調を共にしていない少数の人々にとっては確かに新たな負担となり得る。これら名前だけのカトリック者でさえもより大きな過失をまぬがれるであろうし、また謬りなき決定を素直に、かつ抗議もせずに受け入れ得るという利益を見逃すことができない。

質疑 2、教会は統治権に関して常に唯一性を保っていたとは言われまい。1378年から1417年にかけて、いわゆる西方教会分裂時代には、カトリック者の恭順が二人、時には三人の法王に分けられたではないか。

ローマ遠征軍は占領した町々、特に神殿は壊滅させないで保存せしめるというのが通例であったので、エルザレム市の徹底的壊滅はユデア人のまったく予期していなかったところであった。

応答 ここには統治至上権問題がぜんぜん含まれていない。当時のカトリック者はいずれが合法的な法王なりやと迷ったのみである。合法的な法王はただ一人であることは明白に知っていたのだが、当時の国際的紛糾と交通不便のために真の法王を長い間見分けることができなかったのである。もちろんかかる紛糾が16世紀の宗教的紊乱の遠い原因となったことを認めねばなるまいが、人間的ないかなる組織がかかる試練に堪え得たであろうかを考えるなら、ここにも法王権の神的加護が別な面から立証されているのを知るであろう。

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質疑 3、もし教会が神よりのものであり、万民に宣教するために創設されたものであるならば、なぜ万民が一様にそれを受け入れないのであるか。

応答 神の独り子なるキリストは直接ユデア人を宣教せべく天父より遣わされたごとく、使徒と彼らの後継者たちはキリストより万民を教えるために派遣されたのである。キリストは神人であるにもかかわらず、ユデア人の大半を改心せしめることに成功しなかったごとく、教会も人類の大半を一つの牧舎に集めることに成功しなかった。事実天父より受けたキリストの使命は、彼の言葉を聴く者すべてがそれを信ずるにいたるということを意味しない。同様にキリストによって与えられた命令が、キリスト自身が遣わされた選民ユデア人に対して挙げた効果よりさらに勝れているべきことをも意味しない。キリストが自ら預言しているように、使徒たちはその師のごとく迫害を切り抜けて行かなければならなかった。彼はおのが使徒を全世界に向けて派遣したのであるが、世は彼らを憎むべきことをも予告したのである。ではかかる憎悪と敵意は何によるものであるか。

カトリックの教義とその教義の真理性の証明に関する世人一般の無知、教会に対する偏見、理性の虚傲と自負から、宗教の真実性を求めることそれ自体、何か人格を損なうものと考える。つまり、神の国に召される者に必要な幼児のごとき謙譲に欠けるゆえである。他方、カトリック的道徳律を外郭から窺って意気阻喪する人々も少なしとしない。

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ともあれ、創造主たる神が人類のために為し給えるあらゆる配慮を悉く識り得るのはまさに公審判の時であろう。その時こそ、人類への神の愛が教会を通じていかに働きかけたか、また教会の絶えざる祈願と秘蹟、ミサの犠牲とによって神が異教徒や罪人にいかに大きな祝福を与えたかを知るにいたるであろう。同時に止むを得ない境遇にあって、不本意ながらも教会と相反する立場に置かれた人々、無知と誤謬に打ちのめされて、希望を失った人々にも教会が山の上に建てられた町のごとく、また暗夜の燈火となっていたかを知るであろう。

その時こそキリストの花嫁たる教会が、善意あるすべての人々にとって聖寵の泉、寛大な母として偉大な栄冠に輝いているのを見出すであろう。

質疑 4、 カトリック者にも相当の不徳漢がいる。教会が聖者の母と称せられるとすれば同様の意味において、悪人の母とも称せられるべきではないか。

応答 聖者の光栄は同時に教会の栄誉である。彼らに聖者たり得べき王道を与えたのは教会なのである。見えざる頭なるキリストは教会を通じて聖寵を与え、彼らの霊を昂揚し、内面を強化するのである。実に多くの聖者群は、教会のあらゆる階級から出ている事実、また彼らの裡にこそ、罪と悪との戦いにおける勝利の模範を見出すという事実は、すべて教会に聴く者は何者にもあれ聖者たり得るとの生きた証拠で

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ある。

しかしながら罪人と称せられる人々の悪を教会が負うべきであろうか。キリストにユダの破戒の責を負えと要求するのはまさに不当であり、使徒がその悪を譴責している信者の罪悪の原因ではあり得ないように、教会は決して悪人の温床とは言い得ない。悪辣な信徒は教会の教導に随わないゆえに罪人であり、聖者は教会の教導に忠実なるゆえに聖者たり得たのであった。ここに相違点が存するのである。教会が「罪人の母」というのは表現それ自体からすれば確かに正しいであろう。なぜなら教会は、罪人をして聖者たらしめんとし、また聖者たらしめて来たという意味で正しく「罪人の母」であるから。

第XI章 キリスト教会の統治と首位権について

要旨

I、法王の首位権。
A 首位権の定義。
B 聖書の基づける首位権。
1、ペトロに約束された言葉、「汝はペトロなり」について。
2、ペトロへの委託「わが羊を牧せよ」について。
3、使徒らの首位権承認。
4、法王の首位権は世界終末にいたるまで存続すべきことについて。
II、法王の不謬権。
A 教会の定義する不謬権。
B 聖書による不謬権。
C 人間理性は不謬権の必要を認める。
D 聖伝における不謬権。
III、質疑・応答、不謬権の再認識、法王の教導権すべてが必ずしも不謬宣言に非ず。
質疑・応答。ガリレオ、リベリウス、ホノリウス、宗教裁判の諸問題。
IV、教会と社会組織の関係。 A 教会と教育。
B 教会と国家。

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われわれはすでにカトリック教会がキリストの創設になった唯一無二の教会であり、神的教義を謬りなく教える教師たることを見たのであるが、今や教会の内的生命なる不謬の声が教会の組織と統治に関して何をわれわれに教えるかを見よう。

教会は単に名誉上のものではなく、教会統治の実権、至上権を有するローマ法王、すなわちペトロの後継者によって統治さるべきものなりと主張している。

また、法王が法王の資格をもって信仰および道徳に関し、全公教会の守るべき教義を宣言する時は(ex cathedra loquens)不謬なりと教える。

教会は教会の教訓と戒律は、それが不謬権によるものではない場合でも、むしろよろこんで受け入れよ、教会の権能は、神より賦与されたものであって独立したものであり、キリスト者の精神と意志のカトリック的教養のために欠くべからざるものであり、また有益なものである限り何事も実行せよと命ずる権利を持っていると教えるのである。

この最後の問題は直接、護教論に属していないのではあるが、教会論を完璧にするために最後に附記するのはあながち無益ではないと思う。

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I

法王の首位権

A

首位権の定義

カトリック教会はヴァチカン公会議(1870年)において、法王の首位権を定義して言う。キリストによって教会の可視的頭に立てられたのは聖ペトロであり、彼がキリストより賦与されたる権は単に名誉上の権ではなく、教会統治における行政的首位権であって、全教会を統治し教導する至上権としての首位権なのである。

神的制定によってペトロの首位権は、連綿不断の後継者を有し、それは歴代のローマ法王である。キリスト自身教会の視えざる頭であって一切の権能は彼より出る。キリストは永遠に教会と偕に存して教導し、統治しかつこれを保つ、と宣言している。

教会が所定の教義を宣言する場合、それは天啓を明示するに過ぎないのである。すなわち明示された真理が聖書、あるいは聖伝に、または両者の中にふくまれている信仰を、信条として明瞭にするに止まる。

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[註] 教会の所信によればキリスト教の天啓はその一部が神感書としての新約聖書に記録され、一部は神の聖意によって聖伝に保存されている。聖伝とは教会の普通教導、および教会の実生活にふくまれている。

B

聖書にもとづける首位権

1、ペトロに約束された首位権

キリストはかつて、彼の使徒たちに、「しからば汝らはわれを誰なりと言うか」と。シモン・ペトロ答えて「汝は活ける神の子キリストなり」と。

キリストはペトロに言い給う。「福なり...ヨナの子シモン...。われもまた汝に告ぐ、汝はペトロ(磐)なり。われこの磐の上にわが教会を建てん。かくて地獄の門これに勝たざるべし。我なお天国の鍵を汝に与えん。すべて汝が地上にて繋がんところは天にても繋がるべし、またすべて汝が地上にて釈かんところは天にても釈かるべし」(マテオ 16:15-19)と。この言葉を吟味してみると次の事柄が明白となる。

キリストは彼の教会を磐の上に建てられた家に比している。すなわち家が磐石によって堅固なるごとく、教会はペトロによって堅固に支持されるであろう。彼が創始する教会はペトロの礎石ある限り地獄の門もこれに

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勝ち得ないのである。すなわち死、敵の魔力等ペトロはいかなる敵の力もこれを破壊しえないほど、教会を堅固にするであろう。かかる教会の土台たるべき大命がペトロに賦与された事実は、ペトロが神的建造物なる教会の不易性を双肩に負わされたことを結論する。随ってペトロは教会の各部門と信徒の実生活との一切にわたって支柱となるべきものなのである。

実際社会組織にあっても団体を堅固にし、その秩序を保って行くのは最高首位権にかかっているものであるが教会という団体におけるペトロの位置はまさにこれにひとしい。彼は絶えざる異端の災禍から教会を保護して行く。彼は教会における真の教師であって、キリストの教義以外の教義を授け得ない。彼はまた教会を離教の禍から保護しなければならない。彼は全教会の最高支配者であり、これに反対する権威には微塵も譲歩することなく、独立した多くの分派に分裂することを決して許容しない。彼は異端、離教を排斥し、信仰とペトロの教座への忠誠とにおける一致を保持し、キリストより委された群を牧して行くであろう。「われなお天国の鍵を汝に与えん」。この言葉によって、首位権は直接ペトロに約束されている。天国の鍵とは教会の鍵であるが、ユデア人間においてはわれわれと同様、鍵とは所有権、主権を象徴する。鍵を持っている者は、家の主人であり支配者である。ゆえにペトロは教会という団体の長、立法者、支配者と指定されたものであって、教会の最高支配権、換言すれば首位権が約束されている。

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ペトロは繋ぐ権と釈く権とを受けた。すなわち法を制定し、またはそれを釈き、判決し、釈放し得る権が約束されたのである。これらの権は全使徒団に授与されてはいるが(マテオ 18:18)教会の礎石としての最高支配権が鍵の保持者なるペトロに約束されている以上、他の使徒たちはいずれもペトロを通じてその権を行使すべきことは明らかである。以上の消息を告げているものにパウロの次の語がある。「教会は使徒の土台の上に建てられたり」(エフェゾ書 2:20)と。すなわち教会はペトロの首位権の下に、統一された教団として使徒の上に建てられているのである。

2、ペトロと彼の後継者に与えられたる首位権

キリストがペトロに首位権賦与の約束を与えたのは、ペトロが主の神性を宣言した時であった。しかしてキリストはペトロがキリストに対する熱愛を三度も吐露した時に、その約束を果たされた。「わが羊を牧せよ、わた子羊を牧せよ」(ヨハネ 21:15-17)と。ここでペトロはキリストの羊群の牧者に任ぜられたのである。キリストはかつて自ら牧者なりと言った。彼の羊と子羊とは使徒たちであり、また彼を信じ、帰依する一切の信者である。しかし今やキリストは自分の代理者にペトロをたてペトロに善き牧者の権を与えるのである。この時から、使徒並びに一切の信者はペトロの教導と支配を仰ぐべきものとなったのである。

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3、使徒らの首位権承認

以上のごとき首位権の教義は、そのまま使徒たちに受け入れられた。ペトロは決して最初に召命をうけた弟子ではなかったのであるが、使徒の名が列挙される場合いつも最初に録されている。彼はユダに代わる者を選定すべきことを提唱し、ペンテコステの日には最初の説教をこころみている。またイエズスの聖名によって使徒として最初の奇蹟を行ったのもペトロである。エルザレムの公会議で、救済は全人類に及ぶべきことを宣言し、最初に異邦人とユデア人改宗者を教会にうけ入れたのもペトロであった。すなわち、彼らの間に非常な論争が惹起した。その論争に結末をつけ異論をゆるさなかったのはペトロであった。ゆえにあらゆる点でペトロの首位権が使徒団に認められていたことは明白である。

4、ペトロの首位権は世の終末まで続く

教会の信者なるキリストの羊、羔には狼から守り、豊かな牧場、一つの牧舎に導いてくれる牧者が常に必要なのだ。それゆえ彼らの牧者ペトロは正継者を通じて世の終末まで彼らと共にあるべきである。教会は世の終末まで存続すべきものなのである。これゆえペトロは彼の正継を通じて教会と偕に生き、教会の生性を確保し、教会を包囲する敵に勝つ力を与えるであろう。すなわちペトロは彼の後継者を通じて教会不易

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性の土台たるべきなのである。

C

聖伝にもとづける首位権

第5世紀以降、ペトロの後継者としての法王首位権が一般に認められていたことは明白である。

エフェゾ公会議(431年)において法王チェレスチノ(422-432年)の使節フィリップが「聖にしていと祝福せられたるペトロ、使徒に君臨して、信仰の柱石たり、教会の土台たるペトロがわれらの主イエズス・キリストより天国の鍵を授与されたことは何者も否定し得ないところであり、かつ、いつの時代にも認められたことである。ペトロの正継にしてペトロの位を継ぐ法王チェレスチノは余を派遣したのである。云々」と明言しているが、これに異論を鳴らした者はなかった。

東方教会の首座司教中で最も傑出していたアレキサンドリアの聖チリル(444年死亡)は、「法王チェレスチノは全世界の首座司教なり」と称している。

カルセドン公会議(451年)において、法王レオ1世(440-461年)の書簡が朗読された時、議会に列席していた司教等は一斉に「ペトロ、レオによりて語る」と絶叫した。

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第4世紀にも記録に残されたものは僅少ではあるが、証明するに足る事実は少なしとしない。聖ヒエロニモが、法王ダマソ(366-384年)に言っている。「われ漁夫の後継者と共に言う--キリスト以外の何者にも随わない余は聖下と共にペトロの教座と一致するものなり。余はこのペトロの上にこそ、教会が建設されていることを知るものなり」と。

[註] カタコンブ中に散見される彫刻、聖画にはこの時代の信仰が明瞭に残されている。
ペトロは、キリストから新しい律法を受領することによって新約におけるモイゼであること。またモイゼを旧約におけるペトロとして表現している。モイゼがユデア人の指導者であったごとく、ペトロはキリスト信者の指導者であることを示している。

聖バジリウスは同法王に小アジア教会における紛糾の憂慮すべきことを申告しているが彼はかかる問題における法王の干渉を当然のこととし、前法王、デオニジウス(259-269年)を前例にとってこれを述べている。

3世紀以前に遡ると事実はさほど明瞭ではない。その原因は教会が絶えず迫害を受けていた時代であるし、法王との交渉が事実上困難であったのと、また初代キリスト者は一心同体の熱意に燃えた信仰生活をいとなんでいたので、法王首位権行使の機会がすくなかったからである。しかしその時代にも信仰の問題におけ

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ると等しく統治上の進歩発展があった。時々起きる異論のゆえに、教義のより明白な宣言が必要となり、全教会に対する法王の権威ある交渉が要求されたのである。特記すべきことは、キリストの直弟子たる使徒ヨハネの存命中、法王クレメント(91-100年)はコリント教会に書簡を送り、教会の平和を紊乱する者どもを懲戒し、キリストが法王を通じて命ずる事柄に関する不従順を戒めている。

法王首位権に対する信仰が5世紀においてすでに一般に知られ、4世紀において明瞭に現れている事実を以上観たのであるが、最後に次の点に注意しよう。仮にこの教義が、教会の誕生と歩を同じうしたのでないとすれば、迫害時代に捏造されたことになるであろう。換言すれば、法王首位権の使徒性を認めるか、しからずんばキリスト者の主要信仰が、教会が死を賭して戦っていた迫害と殉教の時代に発明されたという甚だしい誤謬に陥るかのいずれかでなければならない。

キリストの創設せる教会が不謬であるゆえに、教会の信条として全教会にわたって教えられかつ信ぜられて来た教義は真でなければならない。

ローマの司教はペトロの正継である。なぜかといえば、キリスト教界の全司教の中で、ローマの司教のみが常にペトロの正継なりと主張しているからである。

II

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法王の不謬権

キリストの創設になるカトリック教会が不謬であることは前述した。不謬性を説くにあたって、まず不謬権の主体とその対象を明らかにしてかからなければならない。われわれは、教導教会と被教導教会とを区別する。教導教会には、最高牧者としての法王と、法王と一致している全司教団が含まれ、被教導教会には全教会の信者が含まれる。この両者はいずれも不謬ではあるが、前者は能動的意味において不謬であり、後者は受動的意味において不謬である。能動的であれ受動的であれ、不謬性を有するものを不謬の主体という。また教導教会であろうと、被教導教会であろうと、教会が不謬であると宣言する教義が不謬権の対象なのである。不謬権の対象は二つからなる。それは、キリストが人類に残した公的啓示であって、すべて使徒に、信仰の遺産として譲与されたものである。従って私的啓示、すなわち神が使徒の後に与え給うかも知れない啓示は直接不謬権の対象とはならない。信仰の遺産の中にはないが、信仰の遺産を純正に保って行くために必要な宣言がある。例えば、ある種の著書には異端分子が含まれている等のごときがそれである。

聖書と聖伝。

信仰の遺産は、聖書と聖伝の中に見出される一切の教義を含む。まず、聖書は神感書で、旧約と新約

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とがあり、神自身がその著者である。次に、聖伝は直接神感をうけて録されたものではないが、教会の教導と保護のもとに誤りなく今日まで伝えられたものである。その多くは例えば、教会教父の著書、殉教録--この中には、殉教者の教義宣言が録されている--また法王および公会議の宣言あるいはその教義、カタコンブその他の場所に残された初代教会の彫刻、碑銘、また全教会の行事や、習慣等によって実行せられているものの中にふくまれている。

カトリック教会にとって、聖書と聖伝とは、信仰の源泉を為すもので、それはキリストの教義がわれわれに伝えられる二つの導管であり、教会は両者の、神によって任命された保管者であり解釈者である。

A

教会の定義する不謬権

ヴァチカン公会議の宣言によれば、法王が「聖座より」宣言する時すなわち、全教会の最高牧者、至上教師として、最高の使徒的権威をもって全教会の守るべき信仰と道徳に関する教義を決定する時法王は不謬である。「宣言する」とはその教義が内的かつ確固たる信仰をもって信ぜられなければならないことが明らかにされる場合を指しているのである。またその教義は信仰と道徳に関するものでなければならず、かつ信

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仰の遺産に含まれていなければならない。

B

聖書による不謬権の教義

後継者の中に常に生きているペトロは、世の終末まで在し給うキリストの冥助のもとに、教会を異端の災禍から守るであろう。

教会の不易、強固性の唯一無二の支持者であるペトロは決して偽教義を宣布し得ずかつ似非教導者でもあり得ない。ゆえにペトロは不謬権を有していなければならない。

キリストはペトロと彼の後継者に「天国の鍵」を賦与した。キリストはこれをもって、良心を繋ぐ権を譲与したのであった。キリストは彼らがいかなる義務を負わせようともそれが天においても嘉納されると約束したのである。言い換えればこれは真理を教えるにあたって正当な義務以外のものを負わせ得ないよう守り、支持し給う約束に外ならない。

しかるに教会の首位権を有する者は教会の最高教師であって、時には信条を内面的信仰をもって信ずべし、と全教会に命ずるのである。彼はキリストの約束によれば、信徒を誤謬に導くことができないのであるか

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ら、その宣言が謬り得ないことを確認していなければならず、不謬でなければならない。

法王は全教会の最高牧者である。キリストはペトロに命じて言う、「わが羊を牧せよわが羔を牧せよ」と。この言葉によってペトロは霊的糧をもって委ねられた羊群を養うキリストの命をうけたのである。しかるに仮に法王が法王の資格をもって「聖座より」教義を宣言する場合誤謬を犯し得るとすれば、はたして最高牧者であり得るであろうか。否むしろ羊群の虐殺者であろう。ゆえに不謬でなければならない。キリストはかつてペトロに言い給う。「シモンシモン、看よ麦のごとく篩わんとてサタン汝らを求めたり。されどわれ汝のために汝の信仰の絶えざらんために祈れり。汝いつか立ち帰りて汝の兄弟らを堅めよ」(ルカ 22:31-32)と。かくのごとくキリストはペトロの信仰が誤謬に堕ちないように祈願し給うのである。われは汝の信仰が絶えざるよう祈る、ゆえに汝の獲得した信仰をもって汝の兄弟たちを堅固にせよ、という意味である。であるからここにおいても彼が不謬に固定せられた事実を識ることができる。彼は彼の兄弟たちをサタンの猛威から保護して行くために不謬権の賜を持ち、また用いなければならない。彼の権は後継者に譲与され引き継がれた。教会が現世に存在する限り、サタンはこれを襲う。であるから常に不謬の指導者が必要であって、その兄弟たちを堅むべき後継者の中に生きているペトロがいなければならない。

[註] 使徒たちがいずれも不謬権を有していたという点ではカトリック者もプロテスタントも同様の見解をとる。しか

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らば、キリストが以上の約束を彼ら個人個人の信仰のために言ったのではないということは明らかである。なぜかといえば誤謬に堕ちないために彼らは決してペトロの助力を必要としなかったからである。キリストは彼らの代表的資格について言っているのであって、キリストはペトロのみがその不謬権をその後継者に譲与し得べきこと、またペトロがその後継者を通じて他の使徒たちの後継者なる司教たちを、信仰において堅固ならしめんことを意図したのである。プロテスタントはペトロの不謬権も、他の使徒たちのそれと同様に個人的特権であり、他に譲与し得ないのであるとするが、それは聖書の言葉の合理的解釈とは言えない。

教会の不謬性は「汝は磐なり」の言葉だけを考察して見ても明らかに証明できることをわれわれはすでに見た。しかるに不謬の教会において教義の最高の裁決者は不謬でなければならない。そして法王は教義における最高裁決者である。すなわち彼は最高律法者であり、教会聖化の大任に関する一切の決定宣言は決定的、最後的なものであるからである。

C

人間の理性は不謬権の必要性を認める

われわれの理性は、教義の敗退腐敗をその萌芽の中に処理すべき不謬の機能を教会が具有すべきことを要求する。かくのごとき不謬の機能が法王の最高教権の中に実際に有るのである。彼の迅速なる決定は多くの

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災禍を教会から取り除くであろう。

D

聖伝における法王の不謬権

聖伝の声は法王首位権の場合と同様、不謬権問題も世紀の進展につれていっそう明瞭になって来ている。第2世紀の末葉、聖イレネウスはローマ聖座を賞揚して「最高教会」と称し信者はどこにあってもローマ聖座に頼むべく「聖座に一致」すべきことを強調している。

3世紀の初期、法王ゼフィリーノはモンタニスト派を懲戒処分に付したが、その時から彼らは教会から破門された者と見なされている。4世紀の初期、法王ユリウスはエウゼビウス一派に勧告して「アレキサンドリアの教会に関する報告を余に送らなかったのはなぜか、余に書簡を送り、事件の正邪は余のもとより発令されるという旧くからの習慣をあるいは忘却していたのか。....余が祝福せられたるペトロから継承せるものを汝らに知らしめん云々」と。

5世紀、カルセドン公会議において(451年)司教たちは「ペトロがレオによりて語る」と叫んだ、ということは前述したところではあるが列席した司教らは決議文に署名し、これこそ教父たちの信仰であって

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何ら異議なしと宣言している。

フローレンス公会議は(1438-1445年)コンスタンチノープル公会議(680-681年)に取り扱われた問題を再検討し、より適確に決定した。曰く「ローマ法王はペトロの正継にしてキリストの真の代理者、全教会の首位、全信徒の父にしてまた教師である。しかしてキリストはペトロにおいて全教会を支配し、統治し、向上せしめる全権を彼に賦与した」と。

III

質疑・応答

--法王不謬権に関する誤解--

法王の不謬権とは法王は、罪を犯しえないとかあるいは何の罪もないとかいうことではない。法王は教義に関しては不謬であるが、その行状において不過失であると言うのではない。法王といえども、人間的には怖れと畏敬をもって自分の救霊のために努力せねばならないのである。聖パウロの言のごとく「われわが体を打ちてこれを奴隷たらしむ。これは他人を教えて自ら棄てられんことを恐るればなり」(1コリント 9:27)と言わねばならないのである。

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また法王は不謬権をもって目新しい天啓を作り上げるのでもない。以前にはまったく知られていなかった真理を人々に明かす権を有するというのでもない。キリスト教の天啓はすべて使徒に啓示されている。随って法王不謬権は、これら不可侵の天啓に何物も加えることなく、ただ明瞭にするに過ぎないのである。また彼の発言が神感によるというのでもない。

--法王の二重教導権--

法王は二重の教導権を有していることになる。一は最高教導権あるいは不謬権であり、他は普通教導権である。

[註] 法王は普通教導権をもって直接にあるいは間接にローマ聖省の一つ--彼の仕事を助ける学者たちの委員会--を通じて教会を教導する。例えば、教義聖省(あるいは検邪聖省ともいう)は教義に関する問題を担当し、聖書聖省は聖書に関する諸問題を取り扱っている等である。

法王が普通教導権を行使する場合には不謬ではなくまた、もちろん信仰を要求してはいない。しかしながらかかる場合においても内面的な宗教的一致を保って行くことが間違いなく安全な態度であると一般に説かれている。それは、教会の子らとして教会の正当な権威に恭順たるべき道徳的な心境と、宗教的な事柄に関して無経験なわれわれの考えをもって、教会の伝統に造詣深く、かつ優秀な神学者たちの助言を持つ法王の偉大

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な教導権にたてつく愚を敢えてしないという常識からもかく考えられている。ある特別な問題に関しては知識人たるカトリック者が法王の普通教導権のある点について疑義の点を見、あるいは単に疑う場合があり得るに違いない。かかる場合にはもちろん所論を披瀝して差し支いないが、私的にしかも礼を失しない態度をもってし、最後的教導には喜んでこれに随うという恭順の精神をもってしなければならない。

--法王不謬権に関する質疑--

プロテスタントは、4名の法王、パウロ5世、ウルバノ8世、リベリウス、ホノリウスが確かに誤謬に堕ちたと主張する。すなわち、前二者はガリレオを不法に破門し、後二者は異端に堕ちたと言う。

しかしこの見解は当を得てはいない。法王不謬権に必須の二条件がこの場合欠けていたことに注意しなければならない。随って不謬権とは何らかかわりない事件なのである。法王不謬権に必要な条件がこの二つの場合には欠けている。

パウロ5世、ウルバノ8世とガリレオ。「太陽が静止していて地球が太陽の周囲を公転している」というガリレオの説を、パウロ5世は1616年に、ウルバノ8世は1633年に異端説なりと決定し、検邪聖省と禁書聖省とを通じて破門に付した。

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ガリレオは「ヨズエ書10章13に太陽が静止した」という語句を自分の説に適用して注解したという不注意以外には譴責を脱がれている。彼は彼の所説のために数年にわたって精神的に苦悶したことは疑いない。体刑について言うならば拷問を受けたこともなく監禁されたこともない。短期間禁錮されたことはあったが決して苛酷な待遇を受けたことはない。

コペルニクス(1473-1543年)およびクザのカルジナル・ニコラスは学的に言ってガリレオの先駆者であって、大同小異の仮説を唱道はしたが何の邪魔も罰も受けていない。ともあれ、彼に関する破門は法王の不謬権「聖座より」の宣言ではなかったがゆえに不謬権の問題とは何ら関係がない。法王は不謬権を聖省に貸与することはできない。不謬権行使に関する限り法王は自ら全世界の教会に向かって宣言するを要し、信仰の内的受諾を要求すべきである。パウロ、ウルバノ両法王の場合、明らかにこういう必須条件が欠けている。のみならず、決定そのものが非撤回的な取消し得ない性質のものではなかったことはベラルミノの言からも明らかである。当時聖省にあってガリレオを破門した、時のカルジナル・ベラルミノ(1542-1641)がガリレオの友人フォスカリーに書を送って、「聖書と明らかに相容れないようなことを言明しなかったならば、天体の現象をよりよく説明し得る新仮説に対して何ら異議も反対もなかったであろう」と前提し、続いて「太陽が静止していて地球が太陽の周囲をめぐっているこ

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とが確実に証明された場合には、一見相反しているごとく見られる聖書の語句の解釈に関しては、さらに慎重な態度に出でなければならない。すなわちわれわれはすでに確認されて来たことが偽りであるというよりも、むしろ、それらを理解していなかったというべきであろうと思う」と言っている。

ガリレオ問題が法王不謬権に何ら及ぼすところがないにしても、教会が自然科学の進歩を障げ、研究の自由を束縛するいわゆる科学の敵なりという非難はこの問題をめぐって立派にうらづけられるかに見えるが、事実はどうであろうか。

一応もっともな言い分であるが、当時の著名な天文学者、科学者はいずれもガリレオの説を嘲笑していたのであるからいわんや教会がおのが分野、聖書の神聖性を主張する限りにおいて間接にその説に賛意を示さなかったことが、またその問題に関し時代に先んじていなかったということが科学の進歩を阻止したことになるであろうか。

[註] ガリレオの大系中のあるものは一顧の価値もなく、放棄されている。ハクスレー教授は予想外の証言を「書簡と人生」中に残している。曰く「法王とカルジナルはこの問題に関して最優秀な者どもであった云々」と。

自然科学が聖書中にある自然現象あるいはそれに類することについて新しい注釈を要求するかに見られる場合には教会は常に保守的でなければならないことは何者も肯定するところであろう。教会はカルジナル

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・ベラルミノの前述の言にもあるような態度を採り、一二の権威のない科学者の言を無視して行くであろう。教会が動く時は、科学的学説が一致して、今までの聖書注釈に再検討を要求する時のみである。教会は新奇をてらうことを望まないゆえに、時として世俗的進歩を遅滞させる遠い原因と言われ得るかも知れない。しかし、他のいかなる事柄にも増して重要なことは信仰に関する問題であることは言をまたない。教会は信仰擁護のゆえに古事を尊重して行かねばならぬ義務を負うている。それゆえ信仰と一致しない問題が提出された場合にも、自明性を見出すまでは旧来の解釈を保って行くであろう。

ここに法王はなぜ提出される問題を悉く不謬権をもって直ちに決定、宣言しないのかという疑問がなされるであろう。なるほど法王は望み次第に不謬の決定宣言をする権を持ってはいるが、しかし法王は細心の研究と検討をもって人力を尽くし、教会の精神を確かめてしかる後に不謬権を行使するという控え目な態度を持している。--神は法王が神の道具としてまったく受動的であることを望み給わず、かえって能動的であり思惟し判断することを望み給う。ゆえに神感でさえも研究し探究さるべきである。--

ゆえに法王の不謬の決定宣言は、明らかに教義が歪曲された場合の外は、めったになされない。提出される多くの問題に関しては原則として法王の普通教権--不謬でない教権--を用いて処理するのである。

法王リベリウス(351-366年)はアリウス派の信条を認めないかどで、355年にコンスタン

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チン大帝に流罪の罰をうけた。ローマへの帰還を許されたのは2年後のことである。他方相当な権威がこれを否定してはいるが、歴史家のあるものは、法王が自由の身となり得たのは皇帝の意に従ってアリウスの異説を認めたゆえなりと言う。

仮に法王が皇帝の提出した信条項目に署名したとしても、その文中にアリウス的な異端分子が介在していたという確実な証明にはならず、同時に彼が全教会の最高指導者として全教会へ宣言するために署名してのでもない。彼は一囚人として署名を強制されたのであって、全教会に信仰の合意を要求する意志などは微塵もあり得ない。

人々が食を忘れて彼の講演を聴聞するために幾日もつき従ったということは決して驚くにあたらない。イエズスのすきを窺っていた敵どもでさえ「この人のごとく語った者は未だかつてない」(ヨハネ 7:46)と感嘆しているのである。

法王ホノリウス(625-638年)は2通の書簡を送った。一はモノティスタ派の代表人物セルジウスに、他はオルトドクス派のソフィロニウスに宛てられたものである。ソフィロニウスに宛てた書面中に「キリストには唯一の意志あるのみ」と宣言して論争の中止を希望している。ところがコンスタンチノープル公会議はホノリウスを異端なりと破門した。ともあれ法王ホノリウスの場合、これは不謬権に少しも抵触しないことに注意すべきであろう。すなわち書面中の字句でも明白であるが、決して法王の資格をもって全教会に宣言してはいないのである。曰く、「余はキリストに単一の行為があるかしからざるかを決定する必要があるのではない云々」と。コンスタンチノープル公会議の判決は法王ホノリウスの指導怠慢の

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ゆえに破門したのであって、彼がキリスト単意説を取ったという教義のゆえではない。それは法王、レオ2世の語に歴然としている。曰く、「無垢の信仰が汚さるるを放任したゆえに云々」とある。

公会議の決定は法王の賛意を経て始めて不謬性が生ずるものである。コンスタンチノープルに召集された教父、司教連が果たして現今の意味においてホノリウスを破門したかについては今なお疑問とされている。用語それ自体から見れば一般に異端的傾向のある者に関して用いられる言葉が用いられている。

--宗教裁判--

12,13世紀には南欧に種々の異端的過激派が続出した。彼らは教役者を襲い、教会堂を破壊し修道院を犯し教義にたてついて暴動を起こしたものである。随って国家社会生活に甚だしい恐慌となっていた。かかる恐慌を阻止する対策として教会が国権の賛意を得て宗教裁判を設定したのは1231年で、必要に応じてこの裁判機関は国々に設けられた。

主要目的は異端説矯正にあって、異端者が自説を改めた場合も教会との仲直りの意味である種の懲罰を加えたが、それは非常に寛容なものだった。ただし、頑強に自説を固守する者に対しては異端宣言を下し、処罰を国法に委ねた。国家はそれを再吟味し、時には私有財産の剥奪、投獄、死刑に処する等判決は厳

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格であった。宗教裁判は実際問題として死刑処分したことはない。しかし、国法によって厳罰に処せられる場合これを黙認したことは確かである。時代と環境はこれを正当なりと見ていたことも忘れてはならない。

宗教裁判は16世紀まで続いた。現今それは禁書聖省中に置かれ、道徳、信条、擁護の任を果たしつつその任務を果たしている。

教会の反対者たちは宗教裁判をもって教会は非妥協的であり、蛮行を敢えてすると非難する。この非難に答えよう。教会の非妥協について。誤謬であると信じていながら不本意にもでき得る限りその誤謬を隠すまたは許容することを妥協という。福音を弘むべくキリストより委任され、さらに不謬権までも賦与されている教会が不本意ながら謬説を許す、または隠す等ということは絶対にできないことである。教会と真理を愛する者は必然的に誤謬に対して非妥協的でなければならないのは当然である。現今しばしば見受けられるいわゆる妥協なるものは厳格な意味での妥協ではなく、迫害を堪え忍ぶ力--真理の力--がないか、または宗教的無関心かのいずれかである。キリストの創始せる教会は完全な教団であるから法を制定することも、これを犯す者を正当に罰する権も持っている。異端は疑いもなく教会の法を犯すのみならず、信仰の唯一性を損なうものである。キリスト教が国教であった時代、特に北欧がキリスト教化された時教会と国家の緊密な合致は信仰の唯

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一性を教会組織のみならず、国家にとっても重大事であった。ゆえに異端が単に教会法に抵触するに止まらず、国法にもふれる犯行であったのだ。異端は最悪の反逆罪よりもさらに悪質のものとされていた。異端者に対する苛酷な処刑は国法の力によってのみ行われたのである。教会は世紀を通じて、異端者を獄門に付したことはなく、宗教裁判は教会の発明なりとする説も認め得ない。

中世紀の処罰法は、現今のそれより苛酷であって、涜聖、あるいは僅かな盗みさえも容赦なく死刑に処した。観点を換えるならば、現代の都合主義を後年の歴史家は何と見るであろうか。

いずれにしても宗教裁判は教会の不謬性とは何ら関するところがない。最悪の非難をそのまま認めたとしてもそれは行政当局者の不明のいたすところと結論すべきではあるが、時代と環境を無視してはならず、いわんや今日をもって昨日を批判してはなるまい。

IV

教会と社会

A

--教会と教育--

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「わが羊を牧せよ、わが羔を牧せよ」という言葉をもって、キリストは教会に二つの義務を課すのである。それは救霊に必要な一切の教義を教会の子らに教えることと、謬れる教義の害毒から彼らを護ることである。教会の子らの一人一人がその霊魂の中にキリストの像を輝き出すように教会が彼らを教育すること、これがキリストの望みなのである。ゆえに教会がカトリック教育という問題に関して、非常に熱心に語り、また強固に、妥協せず、断固たる態度を取っているのは驚くにあたらない。

最も深い印象が精神と人格に植えつけられ、道徳的宗教的確信が形造られるのは一生涯の中で青年期を措いて外にないことをよく知っている教会は、教職者にも、両親にも学校においても、教育の方法においても、彼ら青年たちの霊魂に躓きの石となるものがないように注意せよと厳命する。

それは彼らは神の前に子女の教育に関して重大な責任があるからである。

教会がキリストから与えられた権威の中には、教会自身で学校を経営すること、教会経営外の学校に行く信徒たちの信仰を擁護すること、教師と教授法の選択を管理すること、また、宗教に反する危険があると思われる学校あるいは教育組織を非難する等の権利が含まれているのである。

次に「聖会法規」から教育の問題に関する条項を引き出して教会の意とするところを明らかにしてみよう。

「カトリック者の子女はカトリックの信仰と道徳に反することをまったく教えないばかりでなく、宗教的道徳

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的修養を第一とする学校で教育を受くべきである。親および親の代行をする人はすべて、子女のキリスト教的教育を図るべき権利と重大な義務がある。」1372条

「一切の学校における子女の宗教教育は教会の権威と監督の下にある。教区長は自分の教区内の一切の学校が、信仰と道徳に反することを教えないように監督する権利と義務を持っている。また教区長は宗教と道徳に関する教師と書籍を認可し、またそれらを却ける権を持っている。」1381条

「カトリックの子女は非カトリック的学校またはカトリックとプロテスタント混合の学校またはそのいずれでもない学校、一言で言えば、非カトリック者にも公開されている学校に行くべきではない。信仰の危険を却けるためにローマ聖省の定めるところに従い環境に応じてまた必要な予防手段を講じて、信者の子女がかかる学校へ行くことを認容して差し支えなしと定めるのは教区長のみが有する権利である。」1374条

なおまたこの他に法王ピウス9世によって、「カトリック教会の教義に反するものなり」と宣言された次の条文にカトリックの教育態度が見られる。

「キリスト教徒の子女が教育を受けている官立学校の全経営は政府の手にあり、またなければならない。すなわち、他のいかなる権力もその校則、学業科目、学位授与および教師の選択を妨げることを認めないほど完全に政府の手中にある。」「国家社会の最良の組織は次のことを要求する。人民のあらゆる階級の子女に公開されて

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いる学校、特に文学と哲学の教育のため、また青年の教育のために設立された官立学校は、一切の教会権威、統制および妨害から解放さるべきである。またその学校は法の定めるところに従い、時代の主流をなす学説の標準に従って、完全に政府と政治権力に服すべきである。」

「カトリック信者は、カトリックの信仰と教会の権力から、分離した教育を認むべきである。また自然界に関する知識と現世的社会生活の範囲内のみの教育、あるいは少なくとも、それらを主とする教育を認むべきである。」

かくて教会は教会の法規と不断の警戒とにより、その羊群中の弱い子らに対する良き牧者としての責任を果たすのである。すなわち教会は幼き者、弱い人々を、神の冥助によって、永遠の生命へと導くのである。

B

--教会と国家--

教会は人間の霊的要求を司り、国家は人間界の現世的要求における最大なものを司る。

教会の目的は人間の永遠の幸福のためにその生活を営み易くする現世的善を援助するにある。一切の霊的恵みは教会の手にあり、その恵みは他のいかなるものからも得られないものである。しかして一切の現

p. 284

世的恩恵は国家の手中にあるものではなく、国家が国家の権限によって与えるべき事柄が非常に重大なのである。国家が意図し得る主要な仕事は国民の生活と私有財産を保護し、宗教的実生活を奨励し、国民にとって最善なるものの一切を発展せしめることである。この二つの社会はそれぞれ、各々の範囲内で最高であり、各々の目的を達するために必要な一切の権力を持っているのである。これ両者とも完全な社会と言われるゆえんである。

霊的事柄、例えば礼拝、聖職者の養成等はまったく教会に属し、世俗的事柄、例えば政体の選択、工業の発展等はまったく国家に属するのである。両者にまたがって関連する事柄は、相互の取り定めによって扱わるべきであるが、両者に争いが起こった場合には、国家は、より下位の目的を追求しているがゆえに、教会に一歩譲るべきである。教会は直接には霊に関する事柄のみを司るといえども、その使命達成のために必要な、または有益な一切の世俗的援助を受ける権利があることは明らかである。例えば、教会堂や神学校を建てたり、寄付金を集めたり、信徒の子女教育のために学校を経営したりする権利がある。

健全な道徳なしに国家の繁栄はあり得ないし、また真の宗教なしに健全な道徳はあり得ないのであるから、教会は次の事柄を国家の義務ばかりではなく、その関心事であると主張するのである。すなわち、

1、神法と教会法とそのすべての条令を遵守すべきこと。

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2、一切の霊的事項に関しては教会に随うべきこと。

3、公式礼拝の聖務は教会の司祭によって果たさるべきこと。

4、教会を支持し教会の発展を計るべきこと。

5、その他一般的に教会との完全な調和を保って行動すべきこと。

他方、国家への従順を教え込み、祖国愛、勤勉、倹約、公共心、一切の公衆道徳を養成することは教会の義務である。以上は教会の望む理想である。カトリック者がその大半を占める国においては、教会はその理想達成を強く進めるのである。しかし、その他の国においては、そうすることを差し控え、原則として、賢明という立場から信仰礼拝の自由と、国内の他の社会団体と同程度の保護を要求するだけで、満足するのである。教会は、教会が国家から分離するのは良くないし、また、より大きな悪を避けるためにのみ分離を認めると明らかに宣言しているのである。

教会および国家の権威すなわちその存在になくてはならない法の制定とそれを厳守せしめる権力は神よりのものである。「権にして神より出でざるはなし」(ロマ書 13:1)天においても一切の権能はキリストの与えられている。

彼は主の主である。王の王である。彼は全人類の頭である。彼はおのが生命の血をもってわれわれを贖い給

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うたがゆえに、われわれは彼のものである。彼に従属しているのである。われわれの霊魂救済のために必要な一切の手段は、その価値と効能を彼に負うているのである。彼は教会を通じてわれわれを支配する。彼はまた国家を通じてもわれわれを支配するのである。 すなわち教会を通じて直接に、国家を通じて間接に、われわれの永遠の王国への道を歩むわれわれを助け給うのである。

[註] 王たるキリストの大祝日制定の際に発せられたピオ11世教皇の回勅中に、「もし正当に即位した帝王または統治者が自分が統治するのは自分自身の権利によってではなく、神的王すなわち神の命により神の代理者としてであることを充分確信するならば、彼らの権力を敬虔にまた賢明に行使するであろう。
法を制定し行使するの当たって、彼らはその国民の共通善と人間的品位の尊重を心がけるであろう。その結果として平和と安寧が確立されるであろう。何となれば不満の原因が悉く取り除かれるからである。人々は自分たちの帝王または統治者を人間としておそらく不適当なものを見分け、また公に批判するであろう。しかし、もしも人々が彼らの手に神人キリストの権威が照り出されているのを見るならば、服従を拒否するようなことはないであろう。

注意

1、公務に従事する人々の間には、国民の大部分によって、通過せしめられた法案は何でも、通過し

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たがゆえに真の法、一切の人々の良心を規定する有効な法になるという考えがややもすると起こる。こういう見解に随ってその論理的結論を引き出すならば、国家は無制限の権力を得ることになるであろう。例えば、一切の宗教的礼拝を禁止することもできるであろうし、結婚や私有財産の制度を廃棄することも、子女をその親の手から引き離して、国家の教育機関で教育することもできるであろう。この国家至上主義はまったくの誤りである。

国家は神礼拝を命じ、結婚と私有財産を認める自然法の下に位している。国家は主人ではなく、家庭の保護者、公僕にすぎないのである。親権は国権に先行するがゆえに、国権によって制限されまたは排除され得るものではない。

2、家庭はその性質上国家より先んじて存在するがゆえに、親は子女の教育という国家も妨げ得ない権を持っているのである。国家はそれ自身、教育者ではなく、教育を容易ならしめ、援助するものである。もしも親が子女の教育という義務をまったく怠るならば、国家は国民の一般的利益のためにその義務を果たすことを命ずる権利を持っている。

3、もしも大部分の国民的要請に応じて、国家が純然たる無宗教的学校、しかも少数の者には入学を認めないような学校を設立せんとするならば、国家はこの場合国家としてではなく、大部分の者が機関とし

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て動いているのである。また国家が少数の者に良心的にその子女を入学せしめることのできない学校に入学させることを要求するならば、それは自然の正義を犯す重大な罪悪である。

4、教育問題に関する教会の教えはカトリックの親のみならず、一切のカトリック国民に相当する。ゆえに公務にたづさわる非カトリック者は、教育は完全に世俗的であるべきた。すなわち宗教とは無関係であるべきであるという説をとりこれを実行するのは自由である。

結語

諸君が理知に目覚めて自己を観察し自己を判断し、自信を得始めたごく幼い頃のことを思い起こして見給え。その手になる仕事を通じて諸君に話しかける神の声を聞いた時の君は、やっと幼年期の殻から出たばかりだった。君の身辺を取り巻く世界、その広大さ美しさ、秩序正しさを知らんとする欲望が君の心に光のように沸き上がったであろう。いろいろのものが花を咲かせ、成長し、果を結ぶこの大地、太陽とその光、暁と黄昏、鳥や蜂の働き、遠くのきらめく星々、君の感覚、意識、理解力--これら一切の不思議な多くの恵みは、君に、この大きな宇宙が全知全能にして至善なる唯一の神によって造られたものでなければならないという結論を君の心に印したであろう。君は宇宙を造ったのは神であると教わった。そして今は自分でそれが真実であることを見た。その時から「神は存在す」という揺るぎなき確信が君自身の理性のかち得た結論であることを君は知ったのだ。しかり、他の真理と同様しかりなのである。

君が野獣よりも勝れていることを示す霊魂を持っているという真理、君の行動がいつも同じでなく、あるものはよく、あるものは悪いという真理、またいつの日にか君がただ一人で神の御前に立ち地上におけ

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る全生涯について神の尋問に答えなければならないであろうという真理、これらの真理をすでに君は知っている。しかもその知識は深まるにつれて君の心に徹するのである。それらの真理は君に霊魂の価値を鋭く感ぜしめ、また障害とその運命の荘厳さを教えるであろう。もしそれらを君が少しも学ばなかったとしても、神から与えられた自然の能力をもってある程度知ることができたであろう。しかしながら、独りで学んでは決して知り得ない真理もあるのだ。君は自分の力にのみ信頼するならば、なぜ世界の美しさが、悲しみ、苦しみ、そして死によって汚されているか、このようなものがどうして神の成せるこの世界に生じたのだろうか、という問題に悩み、そのためいたずらに迷って一生を浪費するであろう。しかしこれらの悪がわれわれの身辺に生じたのはわれわれの人祖が犯した重い罪によるのだと説明されたとき君の理性は暗中の光明を得たようにそれを納得できるであろう。またいかにして神が御独り子をこの罪と全人類の罪とのために遣わされたかを知った時、君は大きな喜びをもってそれを信じかつ君の理性は叫ぶであろう。「この真理を私に知らしめ給うことのできるものはただ一人、大いなる神、善き神のみである。

何人といえども、ベトレヘムの幼児、ナザレトの少年、そしてわれわれの罪を負うて十字架の苦しみを受けその上で死に給うてカルワリオ山で犠牲となり給うた神の子に思い到ることができたであろうか。独り神のみ、われわれによくこのことをなし得給う」と。

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さらに君がこの神の子が自らは天に昇り給うたが、われわれを孤児のままに放棄することなく、神の子に代わってわれわれを教え、われわれを理性へと導くため教会を設立し給うたことに思い到るとき、君の心は満足と喜びに充たされるであろう。そして君は真にその子となるべき教会を信ずるに何の躊躇もないであろう。この教会に関しても君は君の理性でこの信仰が合理的であるのを発見するであろう。何となれば、君はカトリック教会がキリストの言うごとく、人々に語る唯一の教会であるのを見出すであろうから。実際この教会のみが神の代理者として教え、その教えを絶対真理なりと宣言し、その反対の教えを容赦なく禁ずるのである。また、この教会のみが全世界にその信奉者を有し、一人の牧者の下にある一つの群であり、信仰においても典礼においても従順においても一なのである。この教会は聖人たちの偉大な母であり、すべての善業、博愛事業の発起人なのである。また2000年の間この教会は新鮮なること今日のごとく、最初のペンテコステ(聖霊降臨の日)のごとく厳然としているのである。君はこの教会が不易性を持ち、一性、公性、聖性および活動性と不滅性を持っているがゆえに、人々に遣わされた神の使者なることを信じ、そのために何の証明も必要としないのである。

作成日:2004年05月19日

最終更新日:2004年05月19日

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