基礎神学講話

第2講話


パウロ・フィステル著


中央出版社

[三上記:以下の文章は読みやすくするため漢字、仮名遣いを改めました]


序言

p. 1

本書はカトリック基礎神学の若干の主要問題を取り扱う。基礎神学(護教学)とは、カトリック信仰の必然的与件、いわゆるpraeambula fideiすなわち、カトリック信仰の価値および義務を論証する諸根拠を、学問的に論述しこれを確立することを意味する。

多くの敬虔なカトリック信者は詳密な学問的な探究の道とは別の道から、彼らの信仰に関する確実性に到達する。教会の実存そのものがその宗教的生活の豊富性をもって、彼らにその信仰の真理性に対する充分な保証を与え、教会の内に現れる神の権力と救世の恩寵とを彼らに証明する。多くの真理探究者にとってもまたカトリック教会の教理の崇高さ・その宗教的生活の成果・その全人類への福祉に充ちた感化よりカトリック信仰を受け容れる決定的動機となった。

それにしても、哲学的・歴史的な証明によって、カトリック信仰の意義と必然性とに関する諸論拠を統合的に示すことはやはり必要である。なぜなら、カトリック教会が真に宗教的真理の神より委託された保持者であり告知者であること、およびそれゆえに、その教理は無条件的信仰において受容されねばならぬことは、ただこの方法によってのみ真に客観的かつ普遍妥当的に示され得る

p. 2

からである。

また例えば自己自身の信仰体験の分析によるごとき別途の方法により信仰に関する確実性にまで到達した人々も、かかる総合的証明法により彼らの信仰の与件を再検討し確立することを断念してはならない。このことは何も、この認識からしてすでに必然的に信仰が結果することを意味するのでは決してない。信仰は元来人間の神への自発的奉献を意味するものである。しかしカトリック教理の絶対的真理性とそれから生ずる信仰の倫理的価値とを悟るためには、信仰の諸与件の客観的および普遍妥当的検討が必要であることを意味するのみである。この検討は人間の自然的理性の認識範囲の裡に行われ、主として哲学的歴史的説明法を使用している。そのために基礎神学において聖書および聖伝から証拠が取られるとき、その歴史的資料としての価値のみが認められる。

信仰の諸根拠についてのこの理性的再検討が個々人の性能や教養の程度および生活環境に従って一様でないことを看過してはならない。とにかく個々の信者はカトリック教会の教理の無制約的受容にまで彼を動かすところのある種の客観的および普遍妥当的な根拠を発見することができなければならない。教養あるカトリック教徒に対しては、しかし、この客観的および普遍妥当的な信仰与件を学問的形式によって示すこともまた不可欠である。

p. 3

カトリック信仰の最も重要な与件に、まず、自発的な愛から人間を創造し、これをある永遠の目的に適合せしめる創造者にして主なる神の正しい観念が属する。それゆえにまず最初に神に対する人間の関係、したがって宗教の本質的意義と使命とを明確にしなければならない。

カトリック信仰の与件としてこれに次ぐものは、無限の神がある特別の超自然的啓示--いわゆる天啓--によって人間に宗教の諸真理を教示したという事実である。従って天啓の歴史的事実および超自然的性格が確実に明示されねばならない。

この天啓は殊にキリストによってもたらされ、彼によって完成されたゆえに、そしてまた、すべての人間に対して神の規定した真の宗教はキリスト教によって確立されたがゆえに、神より遣わされた者としての・神の子としての・そして救世主としてのキリストが、これに続く基礎神学の検討の主要対象をなす。

基礎神学はキリストから進んで必然的に、キリストの事業を継承し、彼の教説を告知し、彼の救いの恩寵を人間に伝達するところの教会へと発展する。それゆえにまずキリストによる教会の創立および創立者から教会に与えられた本質的な構成を明示することが必要となる。

次にはキリストが彼の教会に賦与した特徴を取り扱うべきである。この特徴を所有するがゆえにカ

p. 4

トリック教会はあまたのキリスト教的宗教団体の間にあってキリストの真の教会であること・救霊の確実な道であることが、示される。

次にキリストが使徒ペトロおよびペトロの後継者、すなわち、ローマ教皇(法王)を最高の牧者として定めたことが、特別の注意に値する。信仰の最高にして不可謬なる教師であり、すべての信者の霊的指導者である教皇は、必然的にカトリック教会の構成に所属するがゆえに、そして他方、彼の職能の真の性格はカトリック以外の他の人々から容易に誤解されるがゆえに、使徒ペトロおよび彼の後継者たる教皇の最高牧職に関する説明は、カトリック基礎神学の構成にとって不可欠の部分を成すものである。

最後にカトリック教会の教理の源泉およびその源泉に帰する特殊の超自然的性質を解説しなければならない。また、その源泉に基づいて教会の教理はいかにして有機的に展開するかということもまた主要な研究対象である。従って、聖書・聖伝および教義の展開に関する論証は基礎神学に属するのである。

本書の個々の論文は内容的には基礎神学の諸教科書の叙説に従ったものであるが、それよりも比較的自由な説明法を選んだ。また最近ヨーロッパにおいて刊行されたカトリック信仰の基底に

p. 5

関する多くの著書を渉猟し、部分的にはこれを利用したところもある。本論文は決して全基礎神学の完全な輪郭を提供するものではない。むしろこの教科の種々なる主要問題を取り扱ったため、段階的順序においてカトリック信仰受容のための決定的与件を説示し、従ってカトリック教徒のみならず、それ以外の人々にとっても精密な検討の対象たるものを提供している。

2年前に現れた初版には、当時の不利な情勢により種々な欠陥が認められたので、この改訂版においては、それらの不備欠陥を能う限り是正し、さらに第7講話を附加した。

それゆえに本論稿がカトリック信仰の確立にとってきわめて重要な諸問題の正しい知識と判定とを増進せんこと、敬虔なカトリック信徒のみならず宗教的真理の探究者である読者に、カトリック信仰が絶対妥当的な与件の上に立ち、従って真に"rationabile obsequium"すなわち、理性に適ったかつ理性の要求する神に対する奉献であるという認識へ寄与せんこと、これ著者の願いである。

1946年9月、東京において

著者


目次

第1講話 宗教の本質(p.1)

近代における非キリスト教的宗教観とその哲学的根底(p.4)
キリスト教的・カトリック的な宗教観(p.12)
理性と信仰(p. 17)
カトリシズムにおける人間の宗教的な態度と完成(p.23)

第2講話 天主の啓示の史的現実性と超自然的性格(p.31)

史的事実としての超自然的啓示に関する認識の可能なること(p. 32)
新約の天啓の歴史的基底(p. 36)
非キリスト教側の証言(p. 37)
新約聖書の報道内容の真正さと確実さ(p. 40)
新約聖書の諸書の歴史的価値(p. 50)
天啓の超自然的性格(天啓の認識--奇蹟に関するカトリックの見解)(p. 54)
カトリック信仰の絶対的確保(p. 64)

第3講話 新約のキリスト(p. 67)

新約聖書に現れたキリストの姿についての唯理主義的批判の無力性(p. 69)
新約聖書におけるキリストの姿の本質的な諸要素(p. 74)
メシアとしてのイエズス(p. 74)
天主の子としてのイエズス(p. 80)
キリストの神性に関する初代教会の証言(p. 84)
キリストの人間的容姿、そのあらゆる方面における完全性と独自の聖性(p. 89)
キリストの奇蹟(p. 100)
キリストの復活(p. 110)

第4講話 教会の起源と制度(p.126)

旧約における天主の国の理念(p. 127)
イエズスの宣示し創始した天主の国(p. 129)
キリストの創始した宗教的共同体の聖職位階制度(p. 132)
教会の制度に関する非カトリック的見解(p. 142)
教会の普遍的持続と活動(p. 150)

p. 3

「教会の外に救いなし」(p. 154)

第5講話 キリストの教会の本質的記標(p.159)

キリストの教会の一体性(p. 160)
キリストの教会のカトリック性(p. 167)
キリストの教会の使徒伝来性(p. 170)
キリストの教会の聖性(p. 172)
カトリック教会のみこの四記標を悉く所有すること(p. 180)
カトリック教会の一体性(p. 180)
カトリック教会のカトリック性(p. 185)
カトリック教会の使徒伝来性(p. 188)
カトリック教会の聖性(p. 192)

第6講話 キリストの教会における最高牧者ペトロ(p.204)

福音書による使徒ペトロの首位権(p. 205)
ペトロの首位権についての使徒行録の証言(p. 214)
ローマにおけるペトロの滞在と死(p. 216)

p. 4

ペトロの後継者としてのローマの司教(p. 221)
使徒ペトロの首位権に関する古代教会伝統の証言(p. 223)
ペトロの後継者としての教皇の首位権に関する古代教会伝統の証言(p. 232)
古代教会における教皇の首位権の行使(p. 238)
教皇の最高牧職およびその不可謬性についてのカトリック教義(p. 253)
教皇職の純粋霊的性格(全教会の最高牧者としての教皇の政治的独立および中立(p. 258)

第7講話 カトリック教理の源泉とその展開(p.265)

カトリック教理の源泉(p. 265)
カトリック教理の源泉としての聖書(p. 266)
神感の事実(p. 268)
神感の本質(p. 271)
神感によって成りたる結果としての聖書の無誤謬性(p. 275)
教会の教職による聖書に関する証明と註釈(p. 280)
カトリック教理の源泉としての聖伝(p. 288)
聖伝の本質と啓示の源泉としてのその性格(p. 288)

p. 5

教会の聖伝の最も重要な証人(p. 298)
聖書と聖伝との相互関係(p. 303)
カトリック教理の展開(p. 306)
教会に委託された信仰の真理、すなわち、Depositum fideiの展開における教会の進歩(カトリック的意味における教義の進歩(p. 311)


p.31

第2講話 天主の啓示の史的現実性と超自然的性格

>>注意<<以上説明した神の概念を明瞭に表現するために、カトリック教会内では「天主」という語が用いられている。以下この意味において「天主」の語を使用する。

敬虔なカトリック信徒の宗教的態度は、それゆえに、天主が人間に超自然的啓示によって信仰の諸真理および救いの道を教えたという事実によって、本質的に規定される。この天主の告示の歴史的現実性が、それゆえに、まず明確に立証されなければならない。何となれば、このことは天主の人類史に対する最も重大な関与を意味し、天主の人間への顕現ならびに宗教的教示の一回起的行為であるからである。

p. 32

史的事実としての超自然的啓示に関する認識の可能なること

そこでまず起こる問題は、いったい天主の側からのかかる行為が総じて可能であるか、また、史的事実と見なし得るかどうかということである。このことが天主を位格的な超越的な創造者と認めない人のすべてによって否定されることは、容易に理解される。すなわち、もし天主の本質が何らかの意味で一元論的にあるいは汎神論的に、世界内在的な存在原理として解釈されるならば、キリスト教の啓示概念の意味において、天主が自由に超自然的に人間に対して自己を顕現することはもはや問題にならない。また非理性的・主観主義的な立場にある宗教観も天主の啓示についてのキリスト教的概念を拒否して、啓示をもって主観の内部における宗教的諸体験として説明しようと試みるであろう。この見解の主張者たちは、それゆえ、シュライエルマッヘル以来、啓示の本質を神的な世界原因との結合の内的経験として証示しようとした。しかしこの経験は自然的なものの圏内に止まり、主観の変転的な生活環境ならびに時代環境、ないしは、主観を囲繞する民族的あるいは文化的な共同体のそれに従って、多種多様である。

p.33

これに対抗してカトリック教会は、無限の創造者かつ主宰者なる神がすべての自然的な事象および体験と異なった超自然的な告示を人間に与えたことと、このことにより人間に権威をもって宗教の大なる諸真理および諸義務を教示したこととを主張する立場を取っている。この啓示は、従って、天主自身が人類史にはたらきかけた独異な事象を表しており、その歴史的現実性の点においても、超自然的発源の点においても、人間に明白に認識できるに相違ないものである。無限全能にして善なる創造者には、このように特殊な方法において被造物に告示することの、いつでも、可能であることは、キリスト教的な天主の概念を有する者には容易に理解し得ることである。

天啓の歴史的現実性に関しては、それはすべての他の歴史的事実の現実性と同様、歴史的証明法によって提示されなければならない。また天啓の超自然的発源は、天主が特殊の標識によってこの天啓が天主自身の告示であることを、その宣明者が天主自身の派遣した者であることを、確認していることから明白である。人間は理性的洞察によって天啓のこの本質的要素にまで明瞭確実に到達しなければならない。それによってのみ天啓への彼の信仰は有意義となり、道義的に価値あるものとなる。

p. 34

これが歴史的現実にしてかつ超自然的な天主の業としての天啓の認識可能性についてのカトリック的見解である。天啓についてのこの知識を人間の自然的知力のおよび得ないものとし、この知識を信仰あるいは感情的評価の何らかの行為において究極的に基礎づけようとした諸見解に対して、教会は断固たる態度をもって幾度か反対態度を表明した。註1)

[註1] これに関するヴァチカン公会議の決定、Denzinger 1790, 1812-1813, およびいわゆる近代主義(モダニズム)に反対する教皇庁の宣明、Denzinger 2096, 2145 参照。

何となれば、教会がこの天啓に関して信者たちに要求するところの無制約的信仰は、天啓の歴史的現実性および超自然的性格が普遍妥当的な論拠および規準からして絶対的確実性と明瞭性とをもって認識され得る場合にのみ可能であり、意義を持つがゆえである。この認識が個々人の精神的教養程度に応ずるものであり、そして多くの素朴な信徒の間にはただ通俗的・非学問的な形態において存在していることは、確かである。しかし信仰の合理的諸与件に関する在る程度まで充分なる認識はいかなる場合にも真正なカトリック信仰態度に要求されている。またカトリック神学者は信仰の理性的与件の絶対的妥当性を学問的形式において示すことにおいて、自己の使命の最も重要なも

p. 35

のの一を認めている。

これはまず、天主が一定の時に人間に対して語ったことと、天主のこの啓示が歴史的現実と見なさるべきであるという事実とについて妥当する。ここで問題となる天啓、すなわち、カトリック信仰がよってもって基礎とするところの天啓は、新約および旧約と呼ばれる二個の相互に密接な関係にある部分を包括する。--契約(Testament)とは、天主がその啓示により人間と結んだ特別の契りを意味する。--新約の啓示は、キリストの宣明しかつ彼の教会に委ねたところの、天主から人間への完全かつ終結的な告示を表している。ゆえにカトリック神学の内容はまず第一にこの天啓に立脚する。旧約の天啓は、天主がキリスト以前に人間に与えたところの、そして天主が人間をして新約の究極・完全な告示に対して予め準備せしめたところの、種々なる宗教的教示を総括する。旧約時代の一時的宗教制度および慣習がキリストによる新しい完全な救世の道の創始とともに廃棄されたとは言え、旧約の天啓もまた、天主の言葉と天主の真理とを含有するものであり、従って依然としてカトリック教理の基礎に属している。天主から人間への啓示のこの両部分について、それゆえに、その歴史的現実の性格が提示されなければならぬ。

p. 36

新約の天啓の歴史的基底

新約の天啓と関連する諸事象は精密な科学的知識の前に公然と開放され、詳細に究明されているところの、時間的・場所的環境の裡に行われたものである。実にこの時ローマ帝国はその勢力と版図との最高に達していたのであり、西洋諸国の大部分を併合して一個の国家的および文化的な統一にまで結合していたのであった。--新約の天啓を歴史的に基礎づけた諸事象の発生した国土もまた、この内に含まれていた。この時代に関する豊富な史料がわれわれに伝えられている。もちろんこの史料についての若干の知識は以前からも存在していたが、最近の諸研究によってきわめて広範に展開されたのである。註1)かくしてキリスト教の成立と関連する歴史的事象についてさえ新約の天啓の歴史的現実性を確認することは、困難ではないのである。

[註1] Pruemm, Der christliche Glaube und die altheidnische Welt, I, 15, Leipzig 1935 参照。

この歴史的事象に属するものとしては、なかんずくイエズス・キリストの生涯と活動、並びに彼から選ばれかつ人類への彼の救世使命を委任された使徒たちの事績がある。そこで、イエズス・キリス

p. 37

トの生涯と活動とに関しては、その歴史的現実性を疑い、これをもって宗教的ミュトスの構成した所産として表そうとする極端な批評家たちの諸説もなくはなかった。註1)しかしイエズス・キリストと関連する諸事件は明白きわまる多くの歴史的典拠によって立証されており、そのためかかる極端な諸説は永く持続することができず、キリスト教の信仰団体外にあっても真摯な研究者によって全般的に否定されるに至ったのであった。

[註1] 例えばブルーノ・バウエル(Bruno Bauer),アーサー・ドリュース(Arthur Drews)およびクーシュー(Couchoud)の説。Felder, Jesus von Nazareth, Paderborn 1939, p. 57 参照。

非キリスト教側の証言

この種の典拠として指摘すべきものは、局外者として--キリスト教に対して何ら内的関係を有せず、むしろ明白にこれに対して嫌悪を抱きつつ--キリスト教に関して報告しているがゆえに、特別に貴重な証言を提供している非キリスト教的著述家たちである。なかんずく特記すべきはローマ帝政時代の有名な史家タチトゥス(Tacitus)(紀元120年没)である。タチトゥスは彼の著書『年鑑』

p. 38

の中で、皇帝ネロの治下に勃発したキリスト教徒大迫害について報じており、その際ユデアにおけるこの新宗教の発生とその創始者たるキリストおよび総督ポンティオ・ピラトの時におけるその死とに関して精密に記述している。註1)

[註1] Annales XV - 44; K. Adam, Jesus Christus, 3. Auflage, Augsburg 1934, p. 62 およびKoesters, Unser Christusglaube, p. 96 参照。

スエトニウス(Suetonius)(紀元150年没)もやはりこの迫害について報じている。また彼は他の箇所において--皇帝クラウディウス(Claudius)の治下におけるローマ在住のユデア人の間における不穏について報ずる際に--キリスト自身を挙げていることを、多くの研究家たちは判定している。註1)

[註1] Vita Neronis 16, 2; Vita Claudii 35 参照。なおこの外 Koesters の p. 97 および p. 271 , K. Adam p. 63, Grandmaison, Jesus Christ, 12 ed. Paris 1929, vol. I, p. 12 参照。

このほか111年--113年間ビティニア(小アジア)の総督であった、プリニウス(Prinius)から皇帝トラヤヌス(Trajanus)に宛てた書簡が一通保存されている。この書簡において総督はキ

p. 39

リスト教が彼の管区内に急速に普及していることおよびこの新宗教の信徒らがキリストに捧げている崇敬について報じている。註1)

[註1] Plinii Secundi Epist. X, 96, Ausg. Mueller, Leipzig 1903; Koesters p. 96 および p. 270, Adam p. 63 以下、Grandmaison 第1巻 p. 13 以下参照。

当時の多くの歴史的記録が失われてしまったため、ローマ帝政時代についての詳しい知識をわれわれに伝えるものが主としてこれらの記録であることを考慮するとき、そしてまた、彼らが執筆した時代はキリスト教がその発達の初期にあり、あまたの宗教および礼拝の存在していた大帝国の歴史家にとってキリスト教が何ら特別注意を引き得なかったことを考慮するとき、これら非キリスト教著述家たちの証言は特に貴重なものと思われる。

この非キリスト教的なローマ著述家の証言はキリスト紀元の最初のユデア的な典拠によって補われる。ユデア民族史(紀元93年ローマにおいて著述)およびユデア・ローマ戦争史(77-78年頃同地において著述)に関する大作の著者ヨゼフス・フラヴィウス(Josephus Flavius)が前著書中の二箇所においてキリストを歴史的人物として挙げていることが、多くのカトリック

p.40

側および非カトリック側の研究家によって認められている。しかしほとんどイエズスのメシアとしての尊厳の表白を意味するばかりの第一箇所のテキストが果たしてこの形態のままで非キリスト教的な著者自身の認めたものであるか、あるいはキリスト教の影響を受けて変形されたものであるかに関しては、若干の人々の見解に従えば今日なお疑問として残される。註1)

[註1] Antiquitates XVIII, 3, 3; XX, 9, 1; なお前出 Koesters のp. 99 および p. 271、同じく Adam の p. 65 以下、同じく Grandmaison 第1巻 p. 9 同じく Felder の p.6 以下参照。

また、キリスト紀元数百年間におけるユデア人の宗教的教説および伝統を文学的に記述したいわゆるタルムドも、その報告が反キリスト教的傾向によって明らかに歪曲されていない限り、イエズス・キリストの生涯と教説との歴史的現実性への明白な指示を含んでいる。註1)

[註1] 前出 Adam の p. 64、前出 Grandmaison 第1巻 p. 9 、前出 Felderの p. 6 以下参照。

新約聖書の報道内容の真正さと確実さ

しかしながらキリストとその教説とについての最も詳密な報告をわれわれに提供するものは、新約聖

p.41

書と呼ばれるところの、キリスト教側の著者たちの著述、すなわち、なかんずく四福音書・使徒行録および使徒パウロの書簡等である。福音書および使徒行録に関しては今日では、それらがまた第一世紀内において、キリスト自身と直接個人的関係にあったかあるいは少なくとも直接の証人からその知識を得たところの著者たちによって著されたものであることが、カトリック側の研究者からも非カトリック側の研究者からも一様に認められている。福音書および使徒行録の成立時を第二世紀に置き換えて、その内容をその間に行われたキリスト教の発達から説明しようとする前世紀の極端な批評家たちの試みは、最近においては--教会の内部および外部の--真摯な研究家により、支持し得べからざる説であることが証明され、従って現在ではもはや根拠のある学説とは見なされなくなった。註1)

[註1] 前出Adamのp. 73、前出Koesters のp. 116以下、前出 Grandmaison の第I巻p. 35 以下、前出 Felder のp. 21以下、Harnacka, Lukas der Arzt, Leipzig 1906; Die Apostelgeschichte, Lepzig 1908, - Neuere Untersuchungen...Leipzig 1911 参照。

マテオ・マルコおよびルカの名をもって呼ばれる福音書--広範囲において同一内容を記述するがゆえに共観福音書と呼ばれる--は、使徒たちおよびその他の直接的証人によって著作され宣布され、

p. 42

すでにキリスト教の最初の30年に若干の草案の形で書き残されていたところの、イエズスの生涯と教説とに関する報告を含んでいる。註2)

[註2] 前出Adam 第3章 p. 73 以下、前出 Grandmaison の第I巻 p. 38 以下参照。

ヨハネ福音書は他のものより遅れて著され、様式においても目的においても明らかに共観福音書と相違しているが、これとても真摯な学問的な検討によれば、本質的にはイエズスの最初の弟子の一団に属し、キリスト自身と緊密な連繋にあったところの一著作であると見なさざるを得ない。註3)その内容は共観福音書の内容と緊密な連関にあり、多くの点においてこれを補足している。また使徒行録に関して行われた詳細な研究も、この書がキリストの没後約30年頃に書かれたものであり、使徒たちの活動と初代教会の宗教的生活とに関し信憑すべき報道を提供するものであり、従って福音書の貴重な補足を成すものであることを、確実に証明した。註4)

[註3] 前出 Koesters, p. 140、前出 Adam 第3章p. 73 以下、前出 Grandmaison 第I巻、p. 125、前出 Felder p. 17 以下参照。Denzinger, Enchiridion Symbolorum, ed. 21-23, 1785, 1806 参照。
[註4]  Koesters, p. 276、前出 Grandmaison 第I巻、p. 219、前出 Felder p. 22 以下参照。

p. 43

使徒パウロの書簡はイエズスおよび彼の事業に関するわれわれの知識のもう一つの主要典拠である。それらがパウロの真作たることについては、今日カトリック側および非カトリック側の研究家たちから一般に承認されており、その書簡は紀元50年ないし66年間、すなわち、キリスト没後20年ないし36年間に著作されたものであるとの事実も同様に認容されている。もちろんそれらは福音書のようにイエズスの生活史を記したものではなく、むしろ、キリスト教的教義の雄大な理論的叙説と、これに伴うに信徒の宗教的生活への実践的適用とを目的としたものである。パウロは歴史の報道者として記しているのではなく、天主から遣わされてキリストの救いの福音を宣布する者として記し、「われはこれがために立てられて宣教者たり、かつ使徒たり、信仰と真理とにおける異邦人の教師たり」と明確に自覚しているのである。註1)

[註1] 提前1:7 以下 参照。

それにもかかわらず、パウロの記述もまたイエズスの生涯と教説・受難と死・ならびに復活後の栄光等の歴史的事実から発足している。パウロはこれらの事実をところどころにおいて、証人と個々の事実とを引用しつつ史的精確さをもって証明し、もってそれらの事実が救いの大なる聖業に対して有する一

p. 44

層深い意味を提示している。註2)

[註2] 聖体の制定に関するパウロの1コリント 11:23 以下の記述、イエズスの受難に関するガラテヤ 6:14 以下の記述、復活に関する1コリント 15 章の記述 参照。

福音書とパウロの書簡との間に対立を構成し、パウロを教会的・教義的なキリスト形態の創始者と定めんとする若干の批評家の見解はそれゆえ不当であり、福音書の報ずるところとパウロの書簡の詳論するところの間に事実上存在する明確にして多面にわたる一致を看過するものである。その上パウロ自身、いくども繰り返して、救い主の最初の使徒および弟子の一団と自己との親密な関係および彼の伝えるキリストの福音と彼らのそれとの一致を指摘している。ゆえに事実上福音書の完全なキリスト論がパウロの諸書の内にそのまま見出されると主張することは正当なのである。註3)歴史的キリストに関する彼の証言は、それゆえに、福音書のそれと完全に一致しており、後者と共にパウロおよび他の古代キリスト教的著述家等のすべての神学的・教義的所論の基礎であり、そして総じて教会の全救世教義の基礎である。註4)

[註3] 前出 Koesters, p. 109、前出 Grandmaison 第I巻、p. 28 参照。

p. 45

[註4]  前出 Adam 第3章 p. 69 以下、前出 Felder p. 9 以下、Kleineidam-Kuss, Die Kirche in der Zeitenwende, 3. Auflage Salzburg 1938, p. 154 参照。

新約聖書のこれらの諸書の原文がキリスト教史上多くの世紀を経過したにもかかわらず、本質的に毀損されずに終結したことと、われわれに根元的形態において伝達されたこととは、近世の学的研究があらゆる確実性をもって証明している。新約聖書の諸書のこの無毀損性については最古の時代からの証言が、古代のいかなる他の著作においてもその比を見ざるほど、夥しい数と一致とにおいて存在していると確言できるのである。これに属するものとしてなかんずく、古代から多数伝わっているギリシャ語の写稿があり、その中の若干は紀元第5世紀および第4世紀に由来する。これらの写稿は当時用紙として一般に使用され始めた比較的保存に堪える羊皮紙に書かれたものである。それ以前は人々はほとんど破れ易いパピルスに書くのみであったから、その結果として、絶えず新たに写本を作製し直さなければならなかった。しかしキリスト教の最古の時代からもパピルスに書かれた新約聖書のテキストの断片が保存されており、それらは新約聖書の諸書が第3世紀および第2世紀において有していた原本についての知識を与える。註1)

p. 46

[註1]  Gaechter, Summa Introductionis in Novum Testamentum, Innsbruck 1938, p. 9 以下、Keyon, The Gospel and the Acts, London 1933, Pauline Epistles, 1936 参照。

新約聖書のギリシア語原本のこの最も古い写稿は、殊に古代ラテン語訳・シリア語訳・コプト語訳等の翻訳とも一致する。これらの翻訳は相互に関係なく諸民族間にキリスト教がはじめて普及した時代にすでに成立したもので、それらの原本がわれわれに知られているのである。註2)

[註2] 前出 Gaechter p. 11 以下、前出 Koesters p. 103 以下 参照。

新約聖書のテキストの無毀損性については、この外になお、最古のキリスト教界の著述家たちの著作でわれわれにまで伝わっているものの中にある多くの引用において、すこぶる貴重な証拠が見出される。新約聖書からのかかる引用は、例えばディダケ(いわゆる12使徒の教理書、1世紀末のもの、1883年再発見)、あるいはローマのクレメンス(Clemens)の書簡などのごとくまだ1世紀の終末以前に著作されたもの、あるいはアンティオキアのイグナチオ(Ignatius)の書簡のごとく2世紀の始めに成立したものなどの中に見出される。2世紀になってキリスト教的文献が増加するとともにこれらの聖書引用の数も増し、殊にユスティノ(Justinus)、ヘルマス(Hermas)、イレネオ(Irenaeus)およ

p.47

びテルツリアノ(Tertullianus)の諸著の中には新約聖書の諸書からのかなりの部分が引用され解説されている。最初アレキサンドリアにおいて第3世紀の当初に著作され、次いでローマ帝国の東方および西方における第4世紀および第5世紀の教父たちにより夥しい部数と多様な形態とにおいて著述されたところの厖大な聖書注解書もキリスト教の初期において一般に使用されていた新約聖書の諸書の原文に関するわれわれの知識を完全にしてくれる。かくて近代の学的検討にとって、新約聖書の根源的テキストを微細の点に至るまで確定することが可能となり、その忠実な相貌を提供する原文批評版を作製し得るに至った。註3)

[註3] かかる校訂版としてはなかんずく Tischendorf, Westcott, Nestle, Merk 等のものを挙げる。

現在の形態における新約聖書が、イエズスの弟子たちおよび当時の事象の証人たちによって著述され、初代教会に委ねられた報告を誤らず保有していることは、かくして学問的に立証された事実である。著者たち自身が彼らの著書を公にするに際して歴史的忠実と真実とをもってこれに当たったことは、容易に確認される。何らかの意識的あるいは無意識的な偽記は、まず次の理由からして認め得ない。すなわち、これらの書はイエズスの生涯の直後、きわめて短時日の内に著述され、初代キリスト教会

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の公的文献であるゆえに、キリスト並びに使徒たちと同時代者--教会の内外の--がこれを検討することもでき、判定することもできたからである。かかる偽記を推定した近世のある批評家たちは、それゆえに、新約聖書の成立時期を第2世紀に転置しようと試みた。しかしこの試みは、すでに示したように、最近の学問的研究により全然不当であり、支持すべからざるものであることが立証されているのである。

新約聖書の諸書の内容の歴史的・批評的検討もまた必然的にその客観性および歴史的確実性の認容へと導く。福音書および使徒行録の報告はすこぶる素朴単純であって、キリストおよびその弟子の時代のパレスチナにおける公的ならびに私的生活の状況を個々の点にわたって詳細に忠実に描き出している。ユデア国内の宗教的および政治的企図と運動と、ローマおよびユデアの主権者・裁判制度・租税および貨幣・さまざまの民族風習および家庭の慣習等に関する新約聖書の報告は歴史的に正しくかつ信憑するに足ることが立証されている。註1)最後に、新約聖書を含有しているキリストの姿は、多くの本質的な点において当時のユデア人の宗教的理念およびメシア待望とはあまりに相違していたので、これをこの種の諸書の著者等の文学的創作と見なすことは不可能なのである。註2)著者たちはそのキリストの姿

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を歴史的現実そのものから得るより外に途はなかったのである。彼らの著作の形式と内容とは彼らが率直単純に客観的・歴史的現実を報じていることを証明する。註3)

[註1] 前出 Koesters, p. 116、前出 Grandmaison 第I巻、p. 122 以下、前出 Felder p. 16 以下参照。
[註2] 前出 Adam, 第3章 p. 92以下参照。
[註3] 前出 Koesters, p. 121 以下参照。

第2世紀以来その数を増加して発生したいわゆる外典(偽経書=アポクリファ)と新約聖書とを比較するとき新約聖書が歴史的に信憑するに足るとの印象はいっそう強められる。それがキリストの救いの福音のグノーシス説的な歪曲でないかぎり、これらの外典は福音書の記事をさまざまな伝説の形態において拡大し粉飾したものであり、これらの伝説には若干の古代キリスト教的な伝統が含まれているかもしれないが、全体としては客観的資料とは見なし得ないものである。

[註1] グノーシス説の傾向のものとしては、マルシオン、12使徒、ペトロ、フィリップ、それらのいわゆる福音書、信心の書としては、ヤコブ、ヨゼフ、トマス、ニコデモ、それらの名をもって呼ばれる偽経書がある。Hennecke, Neutestamentische Apokryphen, 1924 参照。

この種の宗教的伝説が--それらが名称と内容とにおいて福音書を模倣せんと試みているにもかかわらず、--決して新約聖書の正典と同等の地位には置かれず、常にあらゆる明確さおよび厳重さを

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もって正典と峻別されたことは、初代教会の高度の批判精神を立証する。それゆえにすでに第2世紀に新約聖書の、一般的に正統的と認められた諸書のみの目録すなわち、いわゆる正典(カノン)が確定された。註1)そしてこの正典を精確に確定することは、その後に至っても、教会の教説の重要な対象の一つを成している。註2)新約聖書の正典がいかなる不正な混淆によっても拡大されないように監視して来た教会の熱誠は、昔から教会内に一般的に認められているこれらの諸書の歴史的信憑性に対する実に貴重な証拠である。註3)

[註1] いわゆるムラトリ断片などはそれである。前出 Gaechter p. 8 参照。パピアス、イレネオ、テルツリアノ、オリゲネス等の証言。前出 Koesters p. 117 参照。
[註2] この点に関するトリエント公会議の議決参照。Denzinger 783, 784。
[註3] 本章に引用された初代教会の著述家の証言は、新約聖書の諸書の歴史的価値を立証するのみではなく、キリストの生涯とその教会の創始とに関する歴史的事実に対して重要なる証明を提供する。すなわち、それらについて聖書とは別に、最古の伝統に基づく種々な報道を含んでいる。

旧約聖書の諸書の歴史的価値

さて旧約聖書の啓示に関しては、その諸事象はキリスト以前のさまざまの時代に属し、そのある部

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分は遠く学問的に探究し得る時期の初頭にまでも遡る。旧約聖書の諸書は多くの世紀にわたって著作されたものであり、それらの真正さの検討はキリスト以前の時代のさまざまの、相互に遠く距たっている時期に関する知識を必要とする。旧約の天啓の歴史的事実の研究は、これら事実の大部分がユデア民族の宗教的および民族的歴史と最も緊密に関連しており、この歴史に関しては多種多様の資料がわれわれの手の届く範囲にあるので、著しく軽易にされる。この方面の闡明もまた近時大いに進歩した。そのことはカトリック側並びに非カトリック側の研究家たちの公表した多数の重要な著書が証明している。註1)

[註1] カトリック側では、Lagrange, Mangenot, Kalt, Bea 等の著書。非カトリック側では Strack, Schuerer, Kittel, Sellin 等の著書。

旧約の天啓の内容は当時の世界にまったく独特な、かつ比類を絶した現象であり、敬虔なユデア人の宗教的態度はキリスト紀元前のすべての他の宗教的体系と本質的に相違することが、一般に認容されている。もちろん近世の唯理論的批評家たちの間には、旧約的宗教の発生と発達とを自然的方途において説明し、旧約聖書中にはこの発達のさまざまの段階を提示しようとする企図を欠かなかった。

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なかんずくこの批評家たちは旧約の最初の基礎的な5書--普通ペンタトイヒと呼ばれる--すなわち、ユデア教および教会の全伝統によりモイゼの著作と見なされているところのものをさまざまの部分に分解し、そこに旧約時代の宗教の雑多な構成部分を見出そうとしている。この方途においてなかんずくヴェルハウゼンは、旧約時代の宗教が原始的な多神論から厳格な唯一神論にまで徐々に発達したことを示さんと試みた。

[註1] Wellhausen, Israel und die juedische Geschichte, Berlin 1907 参照。

しかし最近数十年間における研究はこの場合においても、これらの諸説に毫も有利でなく、むしろ、これらの著作の成立時および著者に関する古来ユデアおよびキリスト教の伝統を肯定するような結果を導いている。最近の非カトリック側の多数の研究家も、この諸書の本質的部分がモイゼ(紀元前1500-1400年頃)にまで遡り、その内容が多くの事柄に関して当時の聖書以外の史源によって肯定されていることを認めている。註2)

[註2] Bea, De Pentateucho, Roma 1928, p. 28 以下参照。

事実この諸書の内容の詳細な検討は、これらがどうしてもユデア教およびキリスト教の伝統が主

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張する時期に著作されたに相違ないことを示している。この諸書に記述されているエジプト・パレスチナおよびその隣接諸国における宗教的・国家的および経済的な情勢ならびに慣習は、正しく当時においてのみ存在し、それ以後根本的に変化してしまったので、これをかくも精密に報告することは不可能となったからである。註3)

[註3] 前出 Bea p. 18以下参照。

旧約の他の諸書はその後のさまざまの時点において著されたものであり、その大部分がユデア民族の歴史の重要な宗教的なかつ国家的な諸事象と密接に関連し、ためにその真実性と史的確実性とはこれにより充分に基礎づけられるのである。

旧約の諸書の原文も本質的に毀損されずに保存されてきたことは、旧約聖書の同一のテキストがすでにキリスト以前の数世紀の間、全世界に散在するユデア人によって使用されていた事実、およびユデア教の当局者が聖書原本の純正維持を厳重に監視してきた事実によって第一に立証される。そのほか、すでにキリスト紀元前2世紀に旧約聖書のギリシア語訳、いわゆる70人訳ができていた。これはパレスチナの内外にあるギリシア的教養を有するユデア人に用いられたもので、後にキリス

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ト教会内においても一般に使用されたものである。このためこの翻訳は初代の教会の著述家たちの引用を通じてわれわれに熟知せられ、ユデア人の伝統を通じてわれわれに伝えられてきた旧約聖書のヘブライ語の原本と、全体において一致している。註

[註1] Hudal, Einleitung in die heiligen Buecher des Alten Testamentes, Graz und Leipzig 1925, p.47 以下参照。

上述せるところにより、新約および旧約の天啓の歴史的基底はまったく確認され、また最近の学問的研究によってもいっそう明確に提示されたという結果になっている。

天啓の超自然的性格(天啓の標識--奇蹟に関するカトリックの見解)

天主から人間に与えられた啓示の歴史的現実性と並んで、その超自然的起源もまた、あらゆる明確性および決定性をもって認識されるものでなければならない。それが天主自身直接にはたらきかけた事象にして決して自然的原因に帰し得るものではなく、永遠無限なる創造主の世界に対する異例的関与によるものである、ということについての不動の確信こそ、真に意義ありかつ道義的に価値ある信仰たるための必要な与件である。ゆえに天主の啓示の歴史的事象は、その超自然的性格

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を、明確かつ普遍妥当的なる規準をもって証示しなければならない。

この標識の認容ならびに判定の中に、また、カトリック教と爾余の現代的精神傾向もしくは宗教観との根本的対立が示される。後者が宗教と信仰とを主観的体験の圏内に帰着させようとするかぎり、天啓の標識をも主観そのものの内に転置し、その妥当性をも主観内に局限するの余儀なきに至っている。かくて信徒の心の裡にある宗教的感情が信仰内容の究極の標識にまで昂揚され、天啓の受容は結局個人的体験の非理性的動機に依存するものとされる。かかる見解においては、天啓の真理の客観的普遍妥当性および信仰の一般的必要性ならびに信仰の義務などというものは、もはや問題ではあり得ない。註1)

[註1] すなわちシュライエルマッヘルはキリスト教の真理あるいは必然性についての理性的証明を悉く判然と拒否し(Schleiermacher, Der chrstliche Glaube, II, 5)、リッチルは信仰を主観のある種の内的価値感情に基づくものと認めようとし(Ritchl, Rechtfertigung und Versoehnung p. 15)、ハルナック(Harnack, Das Wesen des Christentums)、サバティエ(Sabatier, esquisse d'une philosophie de la religion, Religions d'autorite et la religion de l'esprit)、ロアジ(Loisy, L'evangile et l'eglise, Autour d'un petit livre)、これらの人々は、天啓および信仰に対して究極的に必要でありかつ許容され得る規準は、主観そのものの宗教的存在および体験の内に含有されている以外のものでないという立場を皆一致して主張する。

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これに対しカトリック教会は、天啓の超自然的性格は客観的な、普遍妥当的な標識によって証明されるものであり、すなわち、天主自身がその全能性のみがよくなし得るところの徴によって、天啓を彼の言葉とし彼の事業として証明したという立場を揺るがすべからざる確乎さをもって堅持する。ゆえに要点は、全能なる創造主が直接的にかつ異例的に世界史に関与したことを疑義の余地なき明晰さをもって明示するところの徴であり標識であり、換言すれば奇蹟である。新約および旧約の聖書の記事はわれわれに数多の種々の奇蹟を語っている。これすなわち、天主の人間に対する救いの告示をこれによって保証し給うたのであり、救世の福音を告知する人々を天主の遣わし給うた人々であると証明したのである。特にイエズスの生涯と活動と、それから使徒たちの説教と、教会の創始とその発展等に関する新約聖書の記事において、われわれは絶えず繰り返してかかる奇蹟的事象に遭遇するのであって、これこそキリストおよび彼の教会の教説に対する天主自身の直接的かつ反駁すべからざる証拠である。この奇蹟の記事を新約聖書の奇蹟以外の諸内容から分離し、これらの記事をもって後世の敬虔な信仰の附加したものであるとすることは、かつて若干の批評家の試みたところではあったが、それはとうてい成功し得るものではない。奇蹟の記事が新約聖書中の他の内容と不可分の

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一体を形成し、従って新約聖書全体の歴史的確実性を放棄することなしに奇蹟記事の歴史的確実性を否定することは不可能であるという事実は、現在では一般的に、すなわち、信ずると信ぜざるとを問わず、大多数の研究家によって承認されているのである。註1)

[註1] Felder, Jesus Christus, Paderborn 1921, II巻、p. 357 以下、前出 Koesters p. 161、前出 Grandmaison II巻 p. 317 以下、Harnack, Dogmengeschichte, 3 版 I 巻 p. 64 参照。

しかしながら奇蹟をもって天主の直接的な関与であり超自然的な証拠であるとすることに対しては、唯理主義的研究家は愕然とし、種々雑多なる方法においてその否定的態度を理由づけようとする。その第一は自然法則の絶対妥当性および無謬性に関する意見であって、天主が地上の事象の過程の中へ異例的に・超自然的に関与するなどということに対しては、この理由から、否定することが必要であると考えるのである。すでにスピノーザがこの立場を主張し、近代の汎神論的傾向の研究家らの大多数はこの点に関してスピノーザの後塵を拝している。註2)

[註2] 例えばシュトラウスのごとき。彼はその著 "Das Leben Jesu kritisch bearbeitet", 1840 I 巻、p. 80 以下において、近世科学の結果として奇蹟の不可能を宣言している。

p. 58

天主をもって世界の創造者であり支持者であるとするカトリック的見解はすでにその内にかかる見方に対する十分強力なる反駁を蔵している。アウグスチノも主張したように、奇蹟は普通の自然現象の外にあるにかかわらず、しかも自然秩序とその原理とは、天主の意志に隷属するものであるゆえに、決して自然秩序と衝突はしない。すなわち、全能なる創造者にして世界の主宰者なる天主はその至上なる意志と活動とのゆえにそれらの奇蹟的事象を規定し給うたのである。註3)

[註3] De Genesi ad lit., VI, 15 参照。

トマス・アクィナスはこれについて適切なる註釈を加えて曰く、「世界史への天主のかかる異例的なる関与こそ、自然の全秩序が天主の自主的思念によって創造されたのであることを人間に示すのであって、かくて天主の認識に到達すべき助力が人間に与えられるのである」と。註4)

[註4] S. c. g. III, 99 参照。

このゆえにカトリック教会は天主自身が直接にその全能性によって行うかかる奇蹟の可能性および有意義性を常に主張し、現代においても有数のカトリック側の著述家たちは奇蹟否定者どもに対抗してこの立場を明確に主張している。註5)

p. 59

[註5] E. Mueller, Natur und Wunder, Freiburg i. B. 1892; de Pourpiquet, Le miracle et ses suppleances, Paris, 1914; Gutberlet, Lehrbuch der Apologetik, 4. Auflage 1922; de Tonquedec, introduction a l'etude du merveilleux et du miracle, Paris 1923; Newman, two essays on miracles, London 1900. カトリック大辞典、第I巻、p. 494 以下参照。

しかしまたこれに対立する側からも奇蹟を認容することに対する抗議が提出された。すなわち、ある批評家は恒常的自然法則の可知性を疑い、従ってまた、天主が世界事象に異例的・超自然的に関与したことの可知性をも疑った。すでにヒュームが--彼の哲学の根本原理に従って--かような不可知論を主張しており、最近に至りこの不可知論は、自然現象の機械主義的決定論が科学の進歩とともにますます変形されるの余儀なきに至ったため、若干の信奉者を見出したのである。これに対しては、あらゆる自然事物のはたらきには一種の恒常性が示され、それは特定の限界内においてのみ生起し、しかして、この限界はこれら事物の本質によりかつこれに依存するのであるから、多くの場合われわれ自身これを精密に確認し得るものであることを知るべきである。それゆえにまた、奇蹟における異例的なるものの根拠を局限された人知の裡に見出そうと欲し、ために世界現象への天主の直接的関与の可能性を否定することも、正しくない。註2)

p. 60

[註2] Garrigou-Lagrange, De revelatione ed. 3, Romae 1925, p. 324 以下参照。

上述せるところから以上述べたことの他、奇蹟を真正の意味における歴史的事実として認め、かつ歴史的事実として取り扱うことはできないとの抗議が不当であることが結論される。註1)

[註1] 例えばハルナックの教理史におけるごとき(3版1巻 p. 63)。

なぜならキリスト教の天啓の超自然的性格を証明するところの奇蹟なるものは、外的に覚知し得る事象であって、その現実性は人間の認識と判断との前に公示されていること、なお他のすべての歴史的事象と同様であるからである。ゆえにこの奇蹟は自然的事象と同様に、歴史的研究によって確認できるのである。註2)

[註1] 前出 Koesters p. 95、前出 Garrigou-Lagrange p. 356 参照。

これらの奇蹟は心霊説の現象とは何らの関係もない、近世科学はこの現象の解明に努力を払ったが、多くは無効に終わっている。かかる現象は--それが事実として立証される限り--ある種の異例的な方法の適用に依存するように見える精神生活の異常的状態、なかんずく、意識障害ならびに自由意志の行使の障碍を随伴するものであり、その際に達成された効果は一定の・比較的狭い限界

p. 61

にとどまる。キリストと使徒たちとその他の天主の啓示の証人たちとの奇蹟はまったくかかる現象の圏外に存在するものである。これらの奇蹟は創造者の全能の力の関与を明白に示すものであり、この力は自然および精神の全域内にあらゆる任意のはたらきをなすために何ら人間的方法を必要としないことを示し、なお外にこれらの奇蹟が人間の、殊に、精神的機能の内的調和を阻害せず廃棄せず、むしろこれを保持し強固にすることを示すものである。註1)

[註1] 前出 Koesters p. 165, 294 参照。

それゆえに天主の啓示の標識と認めらるべき個々の奇蹟について、その歴史的現実性ならびにそれが本来の天主に起因するものであるとの事実が確立されなければならない。この後者はこれらの奇蹟的事象に際して天主の全能と智慧と愛と聖とがそれらの完全なる純粋さにおいて顕現していることからしても、明らかである。キリスト教の天啓と結びついている多くの奇蹟においてこの条件が充分に満たされているということは、キリスト教の当初からカトリック信徒の一般的確信であった。すでにキリスト教の最初の伝道に際して使徒たちはあらゆる断固さをもって奇蹟という証拠を指摘し、天主が奇蹟によってキリストの説教および使徒たちの教説を反駁し得ざるほど明確に保証して

p. 62

いることを指摘した。註2)

[註2] 使徒行録2章および5章参照。

そしてユデア人・ギリシア人およびローマ人の前に教会の教理を説明し弁証した初代キリスト教の著述家たちは繰り返し繰り返し奇蹟を指示し、全能なる天主が奇蹟によってキリスト教の天啓を自身の営為であることを立証したことを指示した。註3)

[註3] 例えば Quadratus Apologia; Justinus Apologia I, 48; Dialog. cum Tryph. 53, 63 参照。

彼らがその際に、すでに数百年以前に旧約聖書および旧約の宗教制度に含まれていた多くの預言と予兆とがキリストにおいて、しかして新約の宗教制度において、その完全な実現と成就とを見出したことを特に強調しているのは、もっともである。彼らの一人はこのことを次の語で表現している。「本来契約が2個あるのではない、なぜなら新約は旧約の成就であり、両者とも同一のキリストに関して証言するものだからである」と。註4)旧約聖書に現れる多数の時代を異にしている預言を通じて天主自らが、救世主とその事業とを予告し、旧約聖書の宗教的制度を通じて天主は万人を包括すべき新約の宗教をおもむろに準備した。キリストにおける旧約の預言の成就と旧約の宗

p. 63

教と新約の宗教との間の内的結合は、かくて、まったく独特な種類の奇蹟を示すものである。

[註4] Lactantius, Divinae Institutiones IV, 20, 5.

キリスト教の天啓が、歴史のあらゆる時期を知り、永遠からの人間のあらゆる自由行動を知り、これをその思し召しと救世の計画との内に閉じこめた天主自身の事業であることは、これにより反駁すべからざる明確さをもって立証される。近代においてニューマンが、その有名な Grammar of Assent においてこのことを詳細に説明した。すなわち、曰く「もしもユダヤ教の歴史が、その制度と制度の盛衰の裡に何らかの天主の作用の現在することを暗示するほどに奇蹟的であるとすれば、キリスト教の歴史はよりいっそう奇蹟的であり神的であり、さらに、ユダヤ教とキリスト教とが、諸民族、諸国家の存立するほとんど全時代の経過の裡に存続したこと、ならびに、人事の有為転変の裡にありながら、よく天地間の交流を終始継続するという公明なる制度を構成したことは、それよりもいっそう奇蹟的である」と。(Grammar of Assent, Longman, London 1909, p. 439)

かくして真に客観的な普遍妥当的な規準が、キリスト教の天啓を超自然的な天主の業として証明し、その確実性を基礎づける。初代キリスト教の宣布者と同様、現代カトリック教会もまたこの

p. 64

規準の価値および必然性を認め、天啓と信仰とを究極的に純主観的標識によって基礎づけんとする思潮に抗し、断固としてこの立場を弁護する。かかる外的標識--すなわち、奇蹟と預言--によってキリスト教の神的起源が最も確実に証明されること、およびこの規準があらゆる時代の人間に対して等しく不可変的な妥当性を有すること、これらの点がカトリック教会の宣明の中に明白に強調されている。註1)

[註1] ヴァチカン公会議 Denzinger 1790, 1811-12; Pius X, Denzinger 2145 参照。

カトリック信仰の絶対的確保

以上のごとき伝統的カトリック立場においてのみキリスト教の天啓の真価は確保され、キリスト教的信仰の絶対的普遍妥当性は保持される。もちろんこのことは、宗教的主観の内面におけるある種の規準が贅物であるとかあるいは無価値であるとかいう意味ではない。ドシャンプ、ニューマン、ワイス等のごとき近世カトリック教会の優れた著述家たちは、信仰のための個々の主観に即応した心的な準備の重要性を明らかにし、人間の心をして信仰受容に備えしめるさまざまの内面的根拠を提示し

p. 65

た。この意味において彼らはキリスト教が個々の人間の宗教的要求ならびに倫理的努力に応じて提供するところの充足につき、そしてまた、人間の心がキリスト教の信仰の内に見出すところの内面的平安ならびに満足について、多く語っている。人間をして信仰に対し実践的に準備せしめることが主眼であるかぎり、これらの根拠には疑いもなく重大な意義が賦与される。けれどもキリスト教の信仰の絶対的価値は、究極的に、かかる主観的な根拠に帰せられるべきものではない。従って天主自身がキリスト教の教理を、彼の言葉とし彼の事業としてあらゆる人々に証明したところの外顕的普遍妥当的徴証により立証されるのである。キリスト教の天啓を普遍妥当的な真理として不動の信仰をもって受容するためにのあらゆる与件は、かくして与えられたのである。天主の啓示した真理への謙虚にして同時に不動堅固なるこの信仰こそ、敬虔なカトリック教徒の宗教的態度を特徴づけるものである。このことはカトリック教会の全歴史があらゆる明確さをもって立証している。この意味においてヴァチカン公会議は次のことを宣明した。すなわち、カトリック教会がかくも多くの奇蹟的・神的な証拠の所有において、未だ信ぜざる者を招き寄せ、信徒たちにその信仰が不

p. 66

動の基底の上に築かれていることを示している。ゆえに教会の信徒には、信仰の迷いあるいは信仰を否定する正当な根拠などはまったく存在しておらず、むしろ、彼らの心は光明の中にある諸聖人の幸福に与る資格を与え賜うた父なる天主への最も深き感恩の念に絶えず満たされていなければならないのである。註1)

[註1]  Denzinger 1794, なお西1, 12 参照。

第2講話終り

作成日:2004年05月24日

最終更新日:2004年05月24日

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