基礎神学講話

第4講話


パウロ・フィステル著


中央出版社

[三上記:以下の文章は読みやすくするため漢字、仮名遣いを改めました]


序言

p. 1

本書はカトリック基礎神学の若干の主要問題を取り扱う。基礎神学(護教学)とは、カトリック信仰の必然的与件、いわゆるpraeambula fideiすなわち、カトリック信仰の価値および義務を論証する諸根拠を、学問的に論述しこれを確立することを意味する。

多くの敬虔なカトリック信者は詳密な学問的な探究の道とは別の道から、彼らの信仰に関する確実性に到達する。教会の実存そのものがその宗教的生活の豊富性をもって、彼らにその信仰の真理性に対する充分な保証を与え、教会の内に現れる神の権力と救世の恩寵とを彼らに証明する。多くの真理探究者にとってもまたカトリック教会の教理の崇高さ・その宗教的生活の成果・その全人類への福祉に充ちた感化よりカトリック信仰を受け容れる決定的動機となった。

それにしても、哲学的・歴史的な証明によって、カトリック信仰の意義と必然性とに関する諸論拠を統合的に示すことはやはり必要である。なぜなら、カトリック教会が真に宗教的真理の神より委託された保持者であり告知者であること、およびそれゆえに、その教理は無条件的信仰において受容されねばならぬことは、ただこの方法によってのみ真に客観的かつ普遍妥当的に示され得る

p. 2

からである。

また例えば自己自身の信仰体験の分析によるごとき別途の方法により信仰に関する確実性にまで到達した人々も、かかる総合的証明法により彼らの信仰の与件を再検討し確立することを断念してはならない。このことは何も、この認識からしてすでに必然的に信仰が結果することを意味するのでは決してない。信仰は元来人間の神への自発的奉献を意味するものである。しかしカトリック教理の絶対的真理性とそれから生ずる信仰の倫理的価値とを悟るためには、信仰の諸与件の客観的および普遍妥当的検討が必要であることを意味するのみである。この検討は人間の自然的理性の認識範囲の裡に行われ、主として哲学的歴史的説明法を使用している。そのために基礎神学において聖書および聖伝から証拠が取られるとき、その歴史的資料としての価値のみが認められる。

信仰の諸根拠についてのこの理性的再検討が個々人の性能や教養の程度および生活環境に従って一様でないことを看過してはならない。とにかく個々の信者はカトリック教会の教理の無制約的受容にまで彼を動かすところのある種の客観的および普遍妥当的な根拠を発見することができなければならない。教養あるカトリック教徒に対しては、しかし、この客観的および普遍妥当的な信仰与件を学問的形式によって示すこともまた不可欠である。

p. 3

カトリック信仰の最も重要な与件に、まず、自発的な愛から人間を創造し、これをある永遠の目的に適合せしめる創造者にして主なる神の正しい観念が属する。それゆえにまず最初に神に対する人間の関係、したがって宗教の本質的意義と使命とを明確にしなければならない。

カトリック信仰の与件としてこれに次ぐものは、無限の神がある特別の超自然的啓示--いわゆる天啓--によって人間に宗教の諸真理を教示したという事実である。従って天啓の歴史的事実および超自然的性格が確実に明示されねばならない。

この天啓は殊にキリストによってもたらされ、彼によって完成されたゆえに、そしてまた、すべての人間に対して神の規定した真の宗教はキリスト教によって確立されたがゆえに、神より遣わされた者としての・神の子としての・そして救世主としてのキリストが、これに続く基礎神学の検討の主要対象をなす。

基礎神学はキリストから進んで必然的に、キリストの事業を継承し、彼の教説を告知し、彼の救いの恩寵を人間に伝達するところの教会へと発展する。それゆえにまずキリストによる教会の創立および創立者から教会に与えられた本質的な構成を明示することが必要となる。

次にはキリストが彼の教会に賦与した特徴を取り扱うべきである。この特徴を所有するがゆえにカ

p. 4

トリック教会はあまたのキリスト教的宗教団体の間にあってキリストの真の教会であること・救霊の確実な道であることが、示される。

次にキリストが使徒ペトロおよびペトロの後継者、すなわち、ローマ教皇(法王)を最高の牧者として定めたことが、特別の注意に値する。信仰の最高にして不可謬なる教師であり、すべての信者の霊的指導者である教皇は、必然的にカトリック教会の構成に所属するがゆえに、そして他方、彼の職能の真の性格はカトリック以外の他の人々から容易に誤解されるがゆえに、使徒ペトロおよび彼の後継者たる教皇の最高牧職に関する説明は、カトリック基礎神学の構成にとって不可欠の部分を成すものである。

最後にカトリック教会の教理の源泉およびその源泉に帰する特殊の超自然的性質を解説しなければならない。また、その源泉に基づいて教会の教理はいかにして有機的に展開するかということもまた主要な研究対象である。従って、聖書・聖伝および教義の展開に関する論証は基礎神学に属するのである。

本書の個々の論文は内容的には基礎神学の諸教科書の叙説に従ったものであるが、それよりも比較的自由な説明法を選んだ。また最近ヨーロッパにおいて刊行されたカトリック信仰の基底に

p. 5

関する多くの著書を渉猟し、部分的にはこれを利用したところもある。本論文は決して全基礎神学の完全な輪郭を提供するものではない。むしろこの教科の種々なる主要問題を取り扱ったため、段階的順序においてカトリック信仰受容のための決定的与件を説示し、従ってカトリック教徒のみならず、それ以外の人々にとっても精密な検討の対象たるものを提供している。

2年前に現れた初版には、当時の不利な情勢により種々な欠陥が認められたので、この改訂版においては、それらの不備欠陥を能う限り是正し、さらに第7講話を附加した。

それゆえに本論稿がカトリック信仰の確立にとってきわめて重要な諸問題の正しい知識と判定とを増進せんこと、敬虔なカトリック信徒のみならず宗教的真理の探究者である読者に、カトリック信仰が絶対妥当的な与件の上に立ち、従って真に"rationabile obsequium"すなわち、理性に適ったかつ理性の要求する神に対する奉献であるという認識へ寄与せんこと、これ著者の願いである。

1946年9月、東京において

著者


目次

第1講話 宗教の本質(p.1)

近代における非キリスト教的宗教観とその哲学的根底(p.4)
キリスト教的・カトリック的な宗教観(p.12)
理性と信仰(p. 17)
カトリシズムにおける人間の宗教的な態度と完成(p.23)

第2講話 天主の啓示の史的現実性と超自然的性格(p.31)

史的事実としての超自然的啓示に関する認識の可能なること(p. 32)
新約の天啓の歴史的基底(p. 36)
非キリスト教側の証言(p. 37)
新約聖書の報道内容の真正さと確実さ(p. 40)
新約聖書の諸書の歴史的価値(p. 50)
天啓の超自然的性格(天啓の認識--奇蹟に関するカトリックの見解)(p. 54)
カトリック信仰の絶対的確保(p. 64)

第3講話 新約のキリスト(p. 67)

新約聖書に現れたキリストの姿についての唯理主義的批判の無力性(p. 69)
新約聖書におけるキリストの姿の本質的な諸要素(p. 74)
メシアとしてのイエズス(p. 74)
天主の子としてのイエズス(p. 80)
キリストの神性に関する初代教会の証言(p. 84)
キリストの人間的容姿、そのあらゆる方面における完全性と独自の聖性(p. 89)
キリストの奇蹟(p. 100)
キリストの復活(p. 110)

第4講話 教会の起源と制度(p.126)

旧約における天主の国の理念(p. 127)
イエズスの宣示し創始した天主の国(p. 129)
キリストの創始した宗教的共同体の聖職位階制度(p. 132)
教会の制度に関する非カトリック的見解(p. 142)
教会の普遍的持続と活動(p. 150)

p. 3

「教会の外に救いなし」(p. 154)

第5講話 キリストの教会の本質的記標(p.159)

キリストの教会の一体性(p. 160)
キリストの教会のカトリック性(p. 167)
キリストの教会の使徒伝来性(p. 170)
キリストの教会の聖性(p. 172)
カトリック教会のみこの四記標を悉く所有すること(p. 180)
カトリック教会の一体性(p. 180)
カトリック教会のカトリック性(p. 185)
カトリック教会の使徒伝来性(p. 188)
カトリック教会の聖性(p. 192)

第6講話 キリストの教会における最高牧者ペトロ(p.204)

福音書による使徒ペトロの首位権(p. 205)
ペトロの首位権についての使徒行録の証言(p. 214)
ローマにおけるペトロの滞在と死(p. 216)

p. 4

ペトロの後継者としてのローマの司教(p. 221)
使徒ペトロの首位権に関する古代教会伝統の証言(p. 223)
ペトロの後継者としての教皇の首位権に関する古代教会伝統の証言(p. 232)
古代教会における教皇の首位権の行使(p. 238)
教皇の最高牧職およびその不可謬性についてのカトリック教義(p. 253)
教皇職の純粋霊的性格(全教会の最高牧者としての教皇の政治的独立および中立(p. 258)

第7講話 カトリック教理の源泉とその展開(p.265)

カトリック教理の源泉(p. 265)
カトリック教理の源泉としての聖書(p. 266)
神感の事実(p. 268)
神感の本質(p. 271)
神感によって成りたる結果としての聖書の無誤謬性(p. 275)
教会の教職による聖書に関する証明と註釈(p. 280)
カトリック教理の源泉としての聖伝(p. 288)
聖伝の本質と啓示の源泉としてのその性格(p. 288)

p. 5

教会の聖伝の最も重要な証人(p. 298)
聖書と聖伝との相互関係(p. 303)
カトリック教理の展開(p. 306)
教会に委託された信仰の真理、すなわち、Depositum fideiの展開における教会の進歩(カトリック的意味における教義の進歩(p. 311)


p.126

第4講話 教会の起源と制度

新約聖書の諸書はわれわれに救い主にして天主の子なるイエズス・キリストを、彼の時空的に局限された地上の生活ならびに彼のあらゆる時代と民族とを包括する救いの業、すなわち、新しいかつ完全な天主の国たる教会において示している。新約の記述を一瞥しただけですでに、新しい天主の国という思想がキリストの教説と活動との中心に立っていることを認め得る。すでにその最初の諸説教において彼はこの天主の国の到来を告知し、註1)彼の教訓と譬喩と預言とにおいて彼は絶えず繰り返してこの国について語っている。註2)彼の受難に当たりなお彼はローマの最高官憲の前においても、この国の真の超自然的性格に関し厳粛なる証言をなしている。註3)そして復活の後、彼は40日間彼の弟子たちに現れて、天主の国について語っている。註4)ゆえにキリストの教説およびキリスト教最古の伝統の証言から生ずるこの天主の国の概念をその全体性において把握し、かつこの新しい天主の国を構成する要素を明確にすることは、実に重要である。

p. 127

[註1] マルコ 1:15、マテオ 4:23、ルカ 8:1 参照。当初ヘブレオ語で書かれかつ第一着手としてユデア人のために書かれたマテオ福音書においては『天国』という表現が用いられている。聖なる天主の名を直接発言せずに『天』という語で代用した当時のユデア人の習慣がここに表れている。なおこれに関しては前出 Adam 第6章 p. 169、Koesters, Die Kirche unseres Glaubens. 3. Aufl., 1938, p. 78 参照。
[註2] マテオ 1:41以下、21:33以下、ルカ11:31以下参照。
[註3] ヨハネ 18:36 以下参照。
[註4] 使徒行録 1:3 参照。

旧約における天主の国の理念

すでに旧約聖書の中に、人間の間に打ち建てらるべき天主の国についての明瞭なる指示が含まれている。すなわち、例えば人類史の当初において人祖は人類全体の祖先とし、天主の前における代表者として現れる。彼ら自身とその後裔とに対して天主はその愛の最初の恵賜を分与し、そして人祖の堕罪の後においては救世主の恩恵を約束している。註1)またノエおよびイスラエル太祖らに与えた約束によっても、天主は全人類に対する彼の救世計画を啓示した。註2)もちろんアブラハムの召命以来、そして殊にシナイ山における律法制定以来、旧約の宗教制度において、イスラエル民族に特別の位置が与えられた。そのため敬虔なるイスラエル人は、自己をもって天主に選ばれたる民にして、

p. 128

天主の聖なる国をなす者なりと見なすに至った。註3)しかしイスラエルにおける天主の国は、天主がメシアによりあらゆる国民の間に建設すべきところの、来たらんとする普遍的かつ霊的なる天主の国のための模型であり準備であるということが旧約の啓示中に繰り返し指摘された。このことはすでに太祖たちへの天主の言葉が暗示しており、註4)後には詩編および預言書の中に、メシアの容姿と共に、未来の天主の国の姿もまた明確詳密に描かれている。それは恩寵と平和と永生との国であり、そこではメシアが罪と死とから救った後に人間を統合するのであり、註5)全民族と全時代とを包括する国であり、註6)メシアとメシアの指令した教師および牧者とが指導する国であり、註7)終りのない、永遠に存続すべき国である。註8)

[註1] 創世記 1:28、3:15 以下参照。
[註2] 創世記 9:1ないし17、12:3、22:18、28:14 参照。
[註3] 創世記 12:1 以下、15:18、17:4 以下、22:16 以下、26:3 以下、28:12 以下、35:9 以下、出エジプト 3:13 以下、19:4 以下、24:4 以下、サムエル上 12:6 以下、列王上 8、歴代史上 17:14 参照。
[註4] 註2に指示した原文参照。
[註5] 詩編 46(47)、71(72)、2、21(22)、109(110)、イザヤ 11:1 以下、33:22 以下、40:1 以下、42:1 以下、53:1 以下、55:1 以下、60:1 以下、エレミヤ 33:8 以下、エゼキエル 11:19 以下、36:22 以下、マラキ 1:11 参照。
[註6] イザヤ 66:18 以下参照。
[註7] エレミヤ 23:3 以下、

p. 129

エゼキエル 34:23 以下、詩編 44:17 以下、109:4 参照。
[註8] ダニエル 2:44、7:13 以下参照。詩編はラテン訳による(かっこ内の数はヘブレオ原典のもの)。

メシア的なる天主の国への信仰と希望とはそれゆえに敬虔なるユデア人の間には一般に普及していた。もっとも--殊にキリスト前の最終期においては--この国の宗教的・超自然的な精神と内容とに対する理解が多く混濁され、広くあるいは現世的・民族的なる意味に解され、あるいは専ら終末論的に解されてはいたが、註1)イエズスが『天主の国についての福音を告知し』註2)、弟子たちに新しい天主の国を教えたのは、註3)それゆえに天主の国に関する旧約の教えの真の意味を解明しその完成をもたらすものである。

[註1] 第3講話p. 75、前出 Koesters 著p. 81 以下、Felder, Jesus v. Nazareth p. 186 以下、Dieckmann, De Ecclesia. Freiburg 1925, I巻 p. 64 以下参照。
[註2] ルカ 8:1 参照。
[註3] 使徒行録 1:3 参照。

イエズスの宣示し創始した天主の国

天主の国とは、イエズスの言葉に従えば、人間にとってはまずある内面的なもの、すなわち、天主の

p. 130

恩寵と人間の自発的協力とによる人間の内的改心と聖化、人間が天主の子たる尊貴性および天の継承者たる尊貴性にまで昂められること、人間が永遠に天主の至福な生命に与り得るとの確乎たる期待を抱いて正義と愛と平和とに歩むことを意味するのは確実である。註1)それゆえに天主はまず、信仰と愛とにおいて彼の誡命を遵守しかつキリストの遺した完全性の模範に倣う人々の心を支配する。註2)この意味においてイエズスはまた天主の国を、あるいは種子に譬え、それが天主よりの賜物として人間の心に播かれて多くの実を結ぶべきことを教え、註3)あるいは隠されたる財宝および貴重な真珠に譬えて、これを発見した幸運な者がこれを獲得せんがためには喜んで全所有を放棄することを教え、註4)しかして天主の国への招きを熱心と感謝とをもって受け、忠実に彼に従うべきことが人間の義務であることを絶えず繰り返して指示している。註5)以上述べたところから、イエズスの宣明した天主の国は、まず、霊的意味において、天主が人々の心の中に支配するものであると解すべきことが判る。

[註1] マテオ 5:3 以下、6:9 以下、同25 以下、同33、13:1 以下、ルカ 6:20 以下、7:47、11:2 以下、ヨハネ 3:3 以下、14:27 以下、20:22 以下参照。
[註2] マテオ 5:48、7:21 以下、16:24 以下、ヨハネ 14:6 以下、同24、15:8 以下、同12 以下参照。
[註3] マテオ 13:19 以下、マルコ 4:26 以下参照。
[註4] マテオ 13:44 以下参照。
[註5] マテオ 13:23、10:5ないし15、ルカ 14:15 以下参照。

p. 131

しかしこれでキリストの創立した天主の国の本体が尽くされた訳ではない。この他にもなおまた種々なる外的要素が必然的に付属し、これらの要素により天主の国はこの世において外的に目に視える協同体として構成されるのである。すでに旧約の約束が来るべき天主の国を外的に視得る協同体としてしめし、その構成と表徴とを明白に認めることができ、その構成員は人類における新しい天主の民を意味している。註1)イエズス自身は、多くの方法によって、彼の宣明し創始した天主の国の外的に可見的な性格を、指示している。彼はこのことを譬喩の中で象徴的に表現している。彼は父が国を小さき群に与えたことを語り、註2)善悪二種の魚の入っている網について語り、註3)あるいは王の子の婚姻の席に参列する者は式服を纏わねばならぬことを語り、註4)彼が善き牧者として天主の羔を一つの檻に収めなければならないことを語っている。註5)外的に可見的な天主の国に関する同一の見解を、彼は信仰を外部に向かっての公然たる表明を要求することによっても示し、註6)外部からの反抗と迫害とを預言することによって示し、註7)そしてこの天主の国に入るために洗礼という可見的な典礼を制定することによって示している。註8)

[註1] 上に引用されし原文の外、イザヤ 2:2 以下、66:19 以下、エゼキエル 37:25 以下参照。
[註2] ルカ 12:32

p. 132

参照。
[註3] マテオ 13:47 以下参照。
[註4] マテオ 22:1 以下参照。
[註5] ヨハネ 10:16 参照。
[註6] マテオ 10:32 以下、マルコ 8:38 以下、ルカ 9:26 以下、12:8 以下参照。
[註7] マテオ 10:17 以下、24:8 以下、マルコ 13:9 以下参照。
[註8] マテオ 28:19 以下、ヨハネ 3:3 参照。

キリストの創始した宗教的協同体の聖職位階制度

キリストはこの天主の国に可見的組織を与えて、この国を外的協同体として明確に決定し、他のすべての協同体から区別した。すなわち、彼は12使徒を選び、註1)彼の公生活の間常に彼らを己の身辺に置き、彼らを将来の天職のために養成し、彼らに彼自身が父から受けた使命を委託し、註2)もって彼の救世事業を人類の間に継続させた。かくてキリストは彼らに、天主より啓示せられた教説を全人類に向かって権威をもって、かつ、誤ることなく宣布し説明する力を付与し、そのために、彼が常に援助することと聖霊の超自然的作用とを彼らに対して約束した。註3)同様にまた、彼らに対して、信徒の宗教生活を権威をもって指導し、この目的を達するために、彼の名によって義務を課し、もしくは免除する権能を付与し、この『結びかつ解く』権能が天主の前に完全なる有効性を有することを約束し、註4)最後に、彼の建てた超自然的恩寵の機関たる秘蹟を授け、新約の礼拝を実施する権能

p. 133

を彼らに付与した。註5)かくて使徒たちは教職と牧職と司祭職との聖なる権能をもって教会の可見的な組織の中心となり、この組織を通じてキリストは外的協同体として新しい天主の国を建設せんと欲したのであった。この外的構造はペトロの首位によりいっそう強固にされ完全にされた。キリストはペトロにのみ全教会の最高司牧権を明瞭厳粛に約束し委託したのであった。註6)イエズスの使用したアラメア語註7)の『教会』註8)がどんな響きを持っていたにせよ、彼がこの語をもって統一的・聖職位階的な組織を有する外的に可見的な協同体を意味したことだけは確実である。

[註1]  マテオ 10:2 以下、マルコ 3:13 以下、ルカ 6:12 以下参照。
[註2]  ヨハネ 17:18、20:21、ルカ 24:48 参照。
[註3]  マテオ 28:18 以下、ルカ 24:47、ヨハネ 14:16、15:26、16:12 以下参照。
[註4]  この言い方は聖書的および聖書以外の使用においては常に道義的義務を課す権能を意味する。マテオ 5:17 以下、23:4、ヨハネ 7:23、1コリント 7:2および39,Josephus Flavius, de bello judaico I, 5, 2; Dieckmann 前出I巻p. 263以下参照。相互の連関から明らかにされるのは、引用された箇所マテオ 18:18において、キリストは彼の使徒たちにのみ談り(マテオ 16章-18章:マルコ 9:34)使徒たちに彼の教会における行政の権能、すなわち、信徒に対し天主の前に通用する義務を課し、審判を行う権能を委託した。この意味は、類似のテキスト、この例はマテオ 16:19(さらに詳細については第6講話を見よ)28:18 以下によって確証される。
[註5]  例えば洗礼については、マテオ 28:19、マルコ 16:15 以下を、聖体についてはルカ 22:19、1コリント 11:23 以下、悔悛についてはヨハネ 20:22 以下参照。
[註6]  マテオ 16:18

p. 134

以下、ヨハネ 21:15 以下参照。詳細は第6講話にて述べる。
[註7]  ヘブレオ語の一方言であるアラメア語はキリスト時代の通俗語であった。
[註8] おそらく彼はアラメア語 quehala を使用したであろう。これはヘブレオ語では quahal であって、イスラエルの宗教団体全部を意味した語である。民数記 20:4、列王記上 8:55 以下参照。なお70人訳においてはこの語は ecclesia と訳されている。

この種の宗教的協同体を建設することがキリストの意志であったことは使徒および聖霊降臨後の初代信徒たちの態度からも、キリストの建てた協同体がその存在の最初の100年間に経過した発達からも、明らかに看取できる。使徒行録および使徒らの書簡からきわめて明白に知り得ることは、初代のキリスト教徒たちが自身を一つの宗教的協同体と見なし、共通の信仰と共通の礼拝と使徒らの権能による指導とをもって統一されていたことである。註1)一方において聖霊の超自然的賜物が初代信徒たちを団結せしめた共通の強い紐帯であったことは確かであるが、同時にまた、すでに使徒たちによる指導が存立していたことも確かである。また、キリストの意志に従ってペトロが使徒たちの首位を占めたことも、初代教会において種々の形で現されている。註2)教会がローマ帝国の広大な地域に次第に普及して行った際にも、教会の聖職位階的構造は根本においては不変のままであった。すなわち、

p. 135

諸教会は依然として使徒たちの指導の下にあり、註3)もしくは、使徒たちの委命した頭首の指導に服していた。註4)そして使徒たちはその書簡の中で、これらの職と権威との神聖にしてかつ超自然的なる性格を明確に主張し、同時にまたそれに伴うところの、天主およびキリストの協同体に対する重大なる義務を指示している。

[註1]  使徒行録 2:42 以下、4:32 以下、6:1 以下、9:27 以下、15:1 以下、1コリント 11:2 以下および34、エフェゾ 4:1 以下参照。
[註2]  民の前における説教の際のペトロの指導的位置参照。使徒行録 2:14 以下、3:12 以下。また、議会における審問の場合参照。使徒行録 4:8 以下、5:29。またマチアおよび執事の選挙の場合参照。使徒行録 1:15 以下、6:1 以下。使徒会議の場合をも参照。使徒行録 15:7 以下、なお、第6講話参照。
[註3]  1コリント 4:1 以下、5:3 以下、14:37 以下参照。
[註4]  使徒行録 14:23、20:1 以下、フィリッピ 2:19 以下参照。
[註5]  1コリント 3:1 以下、4:14 以下、5:17 以下、テトス 1:9、1ペトロ 5:1 以下参照。

使徒たちの死後、その職権は使徒たち自身によって個々の教会の指導者として任命され、有資格者とされた頭首たちに移った。もちろんこれら教会の頭首には使徒たちに存したようなカリスマ(奇蹟的賜物)はたいていは賦与されていなかったが、それでも教職と牧職と司祭職との本来の教会位階的権能は変化することなく彼らに移行した。このことは使徒たちがまだ生存していた頃彼らに付与した地位から

p. 136

も明白であり、註1)使徒たちの死後、初代の教会の著述家によって詳細に証言されている。例えば、すでにローマのクレメンス(Clemens)がコリント人宛ての彼の書簡において(およそ紀元96年頃)司教および執事が使徒により任命されたことを詳密に記しており、従って天主の規定に則って教会の指導が彼らに帰すことを強調している。註2)これとほとんど同時に著されたいわゆる十二使徒の教理(Didache)においてもやはり司教および執事の職について述べられている。註3)そのほか使徒ヨハネが紀元第1世紀の終わり頃に著した黙示録において個々の教会の天使について語っている箇所でも、ヨハネは明らかに諸教会の司教たちを意味し、その職務の重要性を指摘し、その成績をあるいは賞しあるいは貶している。註4)

[註1]  1テモテ 4:12 以下、テトス 1:6 以下参照。
[註2]  Clemens Romanus, ep. ad Cor. 42, 44. Rouet, 20, 21 参照。
[註3]  Didache, 15, R. 9 参照。
[註4]  黙示録 1-3 参照。

さて使徒の弟子、アンチオキアのイグナチオ(Ignatius 紀元107年死)は第2世紀の初頃に書いた書簡の中で、教会の聖職位階制度を強い言葉で証言している。彼は天主の委命と権能とにおいて教会を支配する司教の職と、司教を補佐する司祭の職と司教および司祭の下にあって教会的協同体に仕える執事(助祭)とを、明確に区別している。この聖職権威から離脱することは同時に

p. 137

キリストとその真正の教会とから分離することを意味すると主張し、他方には教会の一致が司祭制度の一致によって保持されることを主張している。註1)イグナチオは一方において使徒的伝統の直接的見証者であり、他方において彼の書簡に認められている教会秩序を一般に熟知され、かつ、随所に存立しているものと前提しているがゆえに、この証言は特に貴重なものである。第2世紀にはすでに数多の傑出した司教が輩出し、個々の教会を当時の内外の多端のまっただ中においてよく指導し、全教会の諸事件を相互に緊密な連繋の下に、かつ精神的に盛んな交流の下に処理していた。例えばローマの司教ピオ(Pius)、アニケト(Anicetus)およびヴィクトル(Victor)、スミルナの司教ポリカルポ(Polykarpus)、コリントの司教ディオニシオ(Dionysius)、エフェゾの司教ポリクラテス(Polykrates)、ヒエラポリスの司教クラウディオ・アポリナリス(Claudius Apollinaris)等であった。またローマ帝国の諸地方における司教会議についても述べている。司教会議はモンタニズムその他の異端を防止するため、同時にまた教会内部の諸問題を裁決するために開催されたのであった。後者に属するものとしてはなかんずく復活祭の期日の問題があった。これは当時の教会内に重大な緊張を惹起し、これが解決のために永い間苦心しなければならなかったものである。註2)当時すで

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に司教の一覧表があり、使徒たちの死後の有力な教会(ローマ、アンチオキア、アレキサンドリア、イエルサレム)の司教等の名が載っていた。例えばヘゲシッポ(Hegesippus)およびイレネオも--教会の最古の伝統に基づき--司教名簿を作成したが、これによっても使徒時代以降の教会の聖職組織が本質的に不変のまま持続し発達したことが明瞭に判る。註3)イレネオ(Irenaeus)の証言は特別の重要性を有するもので、彼は青年時代アジアにありて使徒の弟子たちと交誼を結び、東方の主要教会とも西方の主要教会とも親しい関係にあったのである(彼は紀元202年フランスのリヨンの司教として没した)。その著『異端に抗して』(Adversus haereses)において、彼は教会の聖職制度を明白に論述し、司教等が使徒等の後継者であること、使徒らから委託された権威をもってキリストの真正の教えを誤らずに宣明し、信徒の宗教的生活を導き、この唯一正統の教会権威から分離することはキリストとその教会とから分離する結果になるとうことを主張している。註4)

[註1] アンチオキアのイグナチオのエフェゾ人宛ての書簡 3:2(R. 38)、トラルヤ人宛て2:1。3:1。7:2、(R 48, 49, 50)、フィラデルフィア人宛て 3:2。4。8:1(R 56, 57, 59)。スミルナ人宛て 8:1(R 65)参照。

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[註2] 紛糾の対象は復活祭の真正の期日いかんであった。ローマ教会とその他のキリスト教会の多数とは常にニサン(春分に当たる旧約暦の第一月)の月の14日以後の最初の日曜日をキリスト復活日として祝したに対し、小アジアの諸教会はニサンの月の14日から3日目を、それがどんな日であろうと、復活の記念日として祝したのであった。これに関し Eusebius, Hist. Eccl. 5. 16, 24, 6, 32, Dieckmann 前出I巻 p. 373以下参照。
[註3] Koesters 著前出 p. 117 参照。
[註4] Adv. haer. 3, 3, 1 および 4(Rouet 209, 212); 4, 26, 2(R237); 4, 33, 7(R241); 4, 33, 8(R242)参照。

イレネオはなおローマ教会の首位性について語っており、この首位性を使徒ペトロおよびパウロの創立によることから導き、そのゆえにすべての信徒がこの教会に一致協和しなければならないとした。註1)それゆえに彼自身も復活祭問題においてアジア諸教会とローマ教会ヴィクトルとの間の協和の達成に尽力し、異なった期日を固執するアジアの司教たちに対して寛大な措置を採られることを教皇に願った。註2)他方においてはしかしまた教皇ヴィクトルがこの事項について強固な態度を採り、到るところに教会会議を開催させ、権威をもってこの問題を解決せんとしたことおよび全キリスト教界が漸次ローマの決定を採用したことは、すでにローマ教会が優位性を所有していたことを示している。その上ローマは使徒の首長ペトロおよびパウロの殉教の地として、かつ両者の墓の所在地として当時

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すでにすべての信徒の崇敬の的であり、そのことはローマのクレメンス、アンチオキアのイグナチオおよびコリントのデオニシオの書簡、さらに傑出した司教たちおよび信徒たちのローマ旅行によって立証されている。註2)かくしてすでに当時においてもローマ司教の首位権の基本要素が現れていたことが判り、第3世紀から『ペトロの座』(Cathedra Petri)という典型的表現をもって表されて来た。註4)

[註1] Adv. haer. 3, 3, 2(Rouet 210)参照。詳細は第6講話にあり。
[註2] Eusebius の教会史 5:24、Koesters 著 前出p. 121、Dieckmann 著 前出I巻 p. 450 参照。
[註3] かかるローマ旅行がポリカルポ、ユスティノ、ヘゲシッポ、タチアノ、アペルギオ、イレネオ等について報ぜられている。
[註4] Cyprian ep. 59(R 580), Optatus Milevitanus, Contra Parmenianum Donatistam 2(R 1242)参照。

上述から判明するのは、すでに2世紀にカトリック教会の組織の基調がきわめて明白に存在していたことと、この教会的制度が使徒時代の教会から直線的に発展して来たことである。キリスト教の初期において、表現法に不明瞭を免れぬ点のあったことは事実である。教会においても、一般と同様に、統一的な用語が確定され一般的に使用されるに至るまでは、一時的に、不明瞭な表現法を使用した。それは特に”Episcopos-Presbyter”の表現が多くの文書において相互に判然と使い分

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けられていないことに関して言われる。しかし、アンチオキアのイグナチオは、早くも、第2世紀の始めに、相互の意味を明確に区別して使っている。(Episcopos とは、キリスト教団体の最高牧者にして指導者たる者、Presbyteros とはこれに従属しこれを支持する司祭)漸次教会の著作家たちは彼の用語法に従って、ただに内容的に完全に一致せる教会の聖職位階制度の統一的な有様を主張するのみでなく、同時に、その表現法によって統一的な語法を使用した。註1)

[註1] Presbyteros(長老)という多義の単語が広い意味に使用され、すなわち、一般に教会の監督者の意味に使用されたのを排除するのではない。同様にラテン語の Sacerdos (司祭)もまた第一階級の司祭としての司教の意味と同時に、これに従属する第二階級の司祭の意味にも用いられ後世ほとんどこれに限られた。Dieckmann著前出書I巻p. 361 参照。

それゆえにカトリック教会の構造はその本質的要素においては、キリストが創始し、キリスト以後は使徒たちによって指導された初代キリスト教の協同体から直接に発達したものである。この事実は教会の起源と最初の発達に関する歴史的文書を偏見なしに検討する時に自ずから判明する。そしてこの事実は同時にまた、教会に関するカトリック的見解のすこぶる有力な確証を含んでいるのである。

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教会の制度に関する非カトリック的見解

教会について上述と異なる見解を有する研究家および著述家はいろいろの立場を採っている。彼らは第2世紀の教会がすでにカトリック的色彩を示すことを認めているが、これを外的な、時代に制約された事情によって説明せんと試み、教会の本質を彼らの立場から解釈せんとする。その際彼らの多くは、聖書および古代キリスト教伝統の中に見出される多くの要素をすこぶる偏頗に評価する結果、キリストの教会の真正の全貌に関する理解に達し得ずに終わる。大多数のプロテスタント側の著述家は教会の本質を専ら内的・宗教的生命の領域に置き換え、もってキリストの真正の教会の不可見性を主張する。彼らは教会の外的制度ならびに秩序を従属的なもの・非本質的なものと見なし、外的事情の変転に応じてさまざまに変化するものとする。ルッテルは唯一の信仰規範としての聖書および信仰のみによる義認の二個の根本教説より、必然的に、可見的聖職位階制度を拒否し、従って彼にとっては教会は本質的には聖徒という者(すなわち、信仰により義認に達した者)の共同体であり、従って不可見的なものとなる。それにもかかわらず、彼が信仰の共同体と呼ぶところの、福音を正し

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く伝え、秘蹟(彼によれば洗礼と聖餐)を正しく実施すべき教会の可見的形態を採用した。二重の教会に関する、一は元来本質的教会にして不可見的であり、一は外的可見的であるとの見解は、プロテスタントにおいて有力であり、その信仰告白にも表現されている。註1)その際ルッテルのみならず、彼の亜流たるプロテスタントの解説において、可見的教会と不可見的教会との関係が不明瞭のまま放置されているが、これは、キリストの救いの恩寵の仲介者としての外的可見的教会を排除するルッテルの教説には当然のことである。....カルヴィンはルッテル以上に外的可見的教会の意義を強調し、その教会の徴表を、ルッテルと同様に福音の正しき伝達と秘蹟の正しき実施にありとする。この可見的教会は不可見的教会に奉仕すべきであり、不可見的教会はカルヴィンの予定説によれば、予め永遠の生命を決定されている者の共同体である。しかし、カルヴィンはルッテルと同様に信仰規準について主観主義の原則を代表し、註2)成義と予定とを同等視するから、彼においてもまたカトリック的意義の外的・聖職位階的教会制度は問題とされない。註3)

[註1] Confessio Augustana VII, VIII 参照。
[註2] プロテスタントが聖書を唯一の信仰規準とすることは、聖書の意味、従って、天主の啓示に関する判断を信徒の主観の内部に置き換え、外的客観的基準から何ら拘束を受けないと

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するがゆえに、主観主義的である。そこでルッテルは天主が信者の内部に作用することを主張しているが、その天主の作用が外的に確認されないから、何ら客観的信仰規範を提供し得ず、従って、プロテスタントの間には聖書の解釈と天啓の内容の解釈とにおいて大いなる相違がまぬかれない。これに関しては、Moehler, Symbolik 44, 45 の説明参照。
[註3] ルッテルおよびカルヴィンによれば、義認は信仰に基づいてキリストの業績を外的に受容れる(Imputation)ことによって成就するのであって、人間の内的改造を意味するものではなく、カトリック教会が使徒の時代以来教えて来ているところの、人に内在する恩寵による真実の再生と新形成ではないから、秘蹟は、信仰と義認とを外形的に表す徴に過ぎずして、内在的恩寵を施す機関ではない。秘蹟はカルヴィンの予定説によれば、永遠の生命に予定された者に対してのみ有効性を持つ。以上の教説によりカトリックの意味における救いの機関としての教会はカルヴィンの体系には容れる余地がないという結果になることが判る。(Calvin, Instit. IV 参照。)

教会の外的組織を本来プロテスタント側では民主主義的意味に解している。すなわち、さまざまの職能が全キリスト教会から発し、全教会の名において実行されたのであるとする。聖職制度に関するカトリックの教えは原則的に否定された。しかし民主主義的な教会秩序を遂行することは至難であったのでルッテルは外的教会行政を国主の手に委ね、国主がその配下にある教会長老および宗教局によって教会行政を実施することにしたのであった。カルヴィン教会はこれに反し、国家から独立して組成され、その指導は--民主主義的原則を確守しつつ--長老および平信徒の法人に委ねたのであっ

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た。近時、教会が国家から分離した後、プロテスタント教会が種々の地方において新たに結成されたが、その際ルッテル系統とカルヴィン系統とはかなり統合されたのであった。プロテスタントの諸団体の間において特殊的位置を占めるのが英国国教会(いわゆる聖公会)である。それはこの教会がその公式の教理においてはプロテスタント的基本観念を固執しているが、註1)同時に聖職位階制度および司教等の使徒職継承を肯定しているからである。

[註1] すなわち、1562年の39箇条およびCommon Prayer Book に記されている教理による。しかしその後イギリス国教会において広く教会および聖職に関し再びカトリック的見解に接近して来ている。

保守的傾向に属する近代プロテスタント著述家たちは初代教会内におけるカトリック的教会制度の発生を種々に説明している。例えば起源的カリスマ的教会秩序から徐々にかつ無意識的に法制的行政秩序に移行したものであるとし(ゾーム)、あるいはキリスト教会の側からの一種の委任によるものとし(ツァーン)、あるいはユデア教およびギリシァ・ローマ宗教団体の影響によるものとし(ゼーベルク)、あるいはこれに類似の理由によるものとする。しかしながらこれらの種々なる説明法はすこぶる不確定かつ不明瞭であり、充分なる歴史的証明を欠いている。註1)

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[註1] Sohm, Kirchenrecht I, Leipzig 1892; II 1923; Wesen u. Ursprung des Katholizismus 2. Aufl.; Leipzig 1931; Zahn, Das Evangelium Matthaei. 2. Aufl. 547; Seeberg, Dogmatik II 38 以下参照。

自由思想的なプロテスタント著述家たちはさらに進んで、キリスト自身はただ宗教改革運動を起こしただけであって、永続的教会の創始などはまったく考えず、従ってその成立および組織はまったく外的な時代に制約された事情に帰すべきものであると主張する(なかんずくハルナックおよびサバティエ)。註1)カトリック的教会制度の発達した理由として彼らは、初代信徒等の有した霊の賜物は一時的な現象に過ぎないから、キリスト教会は教理と行政との統一を保持しなければならなかったこと、かつ分離と異端との危険に対して防衛しなければならなかったこと、ローマ帝国内のキリスト教会類似の宗教団体および哲学派の模型が教会の発達に影響を与えたこと等を主張している。キリスト自身は新しい天主の国の普遍性を目指さなかったとのハルナックの意見もこれと関連している。またほかの人々の見解によれば、キリストが教会をまったく終末論的に解していたのであるという。彼らは言う、キリストは現世の終末および永遠の天主の国の到来が間近に迫っていると信じていたので、これに

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対して人々を準備せんとしたのである。そしてこの期待が成就しなかった時、キリストの弟子たちの間に、地上に存在しかつ可見的なる教会協同体という理念が形成されたのである、と。この最後の仮説に関しては、キリストの宣明した天主の国を純粋に終末論的に解釈することはイエズスの種々の明白なる発言と一致させることができないということは、すでに前講において述べた。もちろんキリストはこの天主の国が世界の審判の際にようやく終局的に完成するのであるということを幾度も語ったが、それと同じく明確に彼はまた、この天主の国がこの地上にて諸民族の間に止まり、漸次発達し、実を結ばねばならぬことをも説かれたのである。註2)そしてまたこの新しい天主の国がすべての民族のためのものであり、全人類を包括すべきものであることも、キリストの言葉から明らかに理解し得る。このことは旧約の約束と対応し、すなわち、旧約はメシアの普遍的天主の国を預言しており、聖霊降臨後における使徒たちの説教において新しい天主の国のこの普遍的性格が再び強調されている。初代教会において非ユデア人をいかように教会に収容すべきかという実際問題など確かに存在したに相違ない。そしてまた、モイゼの掟を固守するユデア系キリスト教徒とこれを守らない異邦キリスト教徒との間に若干の緊張した空気が生じたことも確かである。註3)しかし非ユデア人を教会に入

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れることおよび新しい天主の国において彼らがユデア系キリスト教徒と対等の位置にあるという本質的な根本問題に関しては、使徒らおよび教会の頭首らの意見は完全に一致していたのである。註4)

[註1] Harnack, Das Wesen des Christentums(1900), Die Entstehung und Entwicklung der Kirchenverfassung(1910), Die Mission und Ausbreitung des Christentums in den ersten drei Jahrhunderten(1924); Sabatier, Les religions d'autorite et la religion de l'esprit(1902)参照。
[註2] 第3講話 p. 78 参照。
[註3] 使徒行録 11:1 以下、15:1 以下、ガラテヤ 2:11 以下参照。
[註4] マテオ 24:14、マルコ 13:10,マテオ 21:43、26:13、18:18 以下、マルコ 14:9、16:15 以下、ヨハネ 4:21、10:16、12:32、17:2、17:18および20、マテオ 13:24 以下および38 以下および47 以下、25:32、使徒行録 2:21および38 以下、4:12、11:18、15:7 以下参照。

キリストの不可見的教会に関するプロテスタント側の命題も聖書およびキリスト教の原始伝統に適応しない。なぜならすでに旧約聖書において新しい天主の国はある外面的に可見的な社会的形態として期待されていた。註1)そしてイエズスが彼の国について、使徒の職について、信徒の義務について、上述のごとくさまざまな宣言をなしたのも、外面的に可見的な宗教協同体の意味においてのみ首肯される。このことは初代教会の有様とその最初の発達とによって肯定される。信徒らはキリストの

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没後の最初の数十年間においてすでに可見的に組織された宗教団体にまで結束し、使徒および使徒によって立てられた頭首等が教会行政の職を実施した。その後この初代教会から最初の100年間にカトリック的な教会組織が発達したことは、上に引用した自由主義的な研究家たち自身も承認している。この事実についての唯一完全な説明は、キリストが彼の教会をこの形体において創始し、これに世の終りに至るまでの助力を約束したというにある。確かに、信者の内的生命は見ることができないし、同様に、秘蹟の超自然的作用も、恩寵による義化と聖化とも見ることができないが、それらが目に見えぬからとて、キリストによっって建てられた教会がその構成と本質的機能とにおいて可見的組織を為していないとは結論し得ない。従って、唯一不可分のキリストの教会はその外的聖職位階的構造と救霊の種々の手段ならびに信徒の宗教生活の外的表現とにおいて可見的であり、同時に、恩寵の作用と霊魂の超自然的聖化とにおいては不可見的である。教会の外的形態は、キリストによるその建設とその最初の発展とに関する歴史的報道によって認め得るが、教会の内的超自然的生命は天主の啓示に対する信仰に基づいてのみこれを認知し得る。同様に、キリスト自身でさえも使徒たちに対して可見的人間性は直接認識されたのであったが、キリストの不可見的な

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しかし明瞭に証拠立て得る神性は信仰の対象であったのである。註2)キリストのこの意味における教会創始を否定し、教会の史的発展を単に外的な、時代に制約された諸因子のみから説明せんと試みる非カトリック的な著述家たちは、この発展の根拠を明確に認めることができない。註3)そのためにまた彼らはこの問題の決定的な、あまねく承認される解答にまで到達せず、かえって相互にさまざまな見解の仮説を提出して分裂しているのである。註4)

[註1] p. 128-129 に引用した文献参照。
[註2] Franzelin, De Ecclesia Christi, tehes. 21 以下にこのことが非常に美しく説明してある。
[註3] Dieckmann 著前出I巻p. 490 参照。なおその外はv. Soden, Geschichte der christlichen Kirche, Leipzig 1919, I u. II 参照

教会の不変的持続と活動

メシアにして天主の子なるイエズスを本来の意味においての教会の創始者と認める者は、この教会が使徒の時代以来キリストの意志に従いかつ彼の助力の下に直線的にカトリック的な信仰協

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同体にまで発展する外なかったことをも容易に認め得る。そしてキリストのこの意志はまた、この教会がキリスト自身の創始した形体において世の終りまで存続せざるを得ないことをも保証する。なぜならキリストの創立した天主の国が世の終りまで存続するであろうことは、キリストが明白に宣言しているからである。註1)そしてまた彼の助力と聖霊の超自然的協力とをも彼は確実に約束し、もって教会をして世界における使命を成就するを得しめ、註2)かつ彼は敵対勢力に教会が勝利を博すべきことをも明確に約束したのである。註3)その上彼はすべての人々がこの教会の証言を信受すべきことを義務とし、これに入ることを命じ、このことをもって永遠の救いのための条件とした。註4)これらすべてからして、キリストの意志によれば彼の教会が世の終りまで不変的に存続せざるべからざること、あらゆる人々がこの教会においてキリストの救いの恩寵に与るべきこと、そしてキリスト自身が教会により救いの大業を永遠の完成に至るまで導かんとするものであることが、当然の結果として生ずる。このことは教会がその存在において、しかしてまたキリストの与えた制度と組織とにおいて壊つべからざるものであることを意味する。なおまた教会の宣布するキリストの教えが誤りないものであること、かつ教会があらゆる時代の信徒たちにキリストの啓示した真理を絶対的確実性を

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もって伝達することを意味する。教会の宗教的生活全部がキリストの啓示を信ずることに基礎を置くゆえに、キリストの約束した助力により、なかんずく、教会の教理が完全な純潔性と無誤謬性とにおいて保持され展開されねばならない。この意味においてすでに古代の著述家も『真理のカリスマ』が聖職制度に組織された教会のものであることを主張している。註5)従ってキリストの教説の保持と宣布とが、教職および牧職における使徒の後継者に帰する。すなわち、使徒ペトロの後継者たるローマ教皇およびこれと緊密に連絡している司教たちとに帰した。註6)公会議において信仰と道徳とに関して決議した事柄に関する司教たちの教説は誤謬なきものであり、徹底的に遵守せらるべきであり、司教たちは肉体的には別れて各自の教区に止まっていても、相互に完全なる一致があり、教皇と一致して教理を信者に伝達する場合にも同様なる不可謬的権威を有する。教会の最高の教師であり牧者である教皇のみが、信仰と道徳とに関して公式の決定を下す場合にも同様の不可謬性がある。註7)最後にキリストの創立意志からも永続的な助力からも判ることは、教会の内にいつの世にも多くの真正の信徒がおり、彼らにおいて救い主の恩寵が超自然的な徳性と聖性との実を豊かに生ずることである。

[註1] マテオ 24:14、13:36 以下参照。
[註2] マテオ 28:20、ヨハネ 14:16、使徒行録 1:8 参照。
[註3]

p. 153

マテオ 16:18 参照。
[註4] マルコ 16:16 参照。
[註5] Irenaeus, Adversus haereses, 4. 26, 2(Rouet 237)参照。
[註6] 司教に従属する司祭もまた秘蹟に関しては使徒の全権の一部に与る。(トリエント公会議の宣言 Denzinger 938, 902 参照)しかし司祭は本来の意味においては司教のごとき教会の牧者でもなく教師でもないから、教職および牧職に関しては使徒の後継者ではない。司祭としての責務は司教がその職責を行使するのを援助することに限定されている。
[註7] 第6講話教皇の不可謬性と一般公会議と教皇との関係に関する説明参照。

キリストの教会の普遍性と不変的持続とに関するこの見解は、使徒および古代キリスト教的伝統からもきわめて明確に立証されている。なかんずく、パウロは教会があらゆる民族と時代とを包含する人類協同体であり、ここでキリストが彼の偉大なる救いの業を完成するのであり、註1)従ってキリストの宣明した救いに真理がここに毀損されずに保持されていることを、明瞭に叙述している。註2)アンチオキアのイグナチオはキリストが彼の教会に不朽性を与えたことを記しており、註3)かつキリスト教徒が聖職制度のカトリック教会に忠実に止まるべきことを極力戒めている。またイレネオは第2世紀の末頃、教会の中にのみ天主の霊と恩寵と真理とがあり、教会とその正統の聖職権威とから分離する者は皆これらを失うことを、荘厳に主張している。註4)

[註1] エフェゾ 1:22 以下、4:4 以下、5:2 以下、コロサイ 1:18 以下および24 以下参照。
[註2] 1テモテ 3:15参

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照。
[註3] アンチオキアのイグナチオのエフェゾ人宛て書簡 17 参照。
[註4] イレネオ著『異端に抗して』3:24(Rouet 226)参照。

キリストの唯一のカトリック的・使徒的・聖職制度的教会へのこの強固たる信仰は、初代教会のこれらの証言に現れており、それはキリストおよび使徒らの天主の国に関する教説の直接の結果である。この信仰こそいかなる時代にもカトリック信徒の精神態度を規定するものであり、彼ら信徒はキリストの建てた新約の天主の国がカトリック教会においてその完全な、正統な、そして神意に適った実現を見出していることを堅く確信しているのである。註1)

[註1] カトリック大辞典第1巻p. 400「カトリック教会論」参照。

教会の外に救いなし

キリストにより確立された教会の本質についての以上の叙述から、救いに到達するためには、この教会に所属せねばならぬことがキリストの意志である理由が明瞭に解る。

何となれば、キリストの意志に従えば、個々の信徒が救いに到達するために必要な超自然的手

p. 155

段はことごとく教会に委託されてあるからである。教会はキリストの教説の誤ることなき保護者、伝達者であり、教会の秘蹟は信徒にキリストの超自然的生命を伝達し、信徒のことごとくを超自然的団体、すなわち、キリストの神秘体と結合せしめ、教会の聖職は、信徒を、宗教生活において天主の権威をもって導く。あらゆる時代の人間に対するキリストの偉大なる救世事業の授与は、キリストの意志に基づき、教会の内部において、教会に現存する救いの機関を経て行われる。第19世紀のある偉大なる神学者はこのことを次のごとくに表現する。すなわち、『キリストの教会は天主によって啓示せられたる宗教をことごとく特定の形で体現し具体化する唯一のものであるから、全人類が、この宗教の内において救いに到達すべきことが天主の意志であり、従って、この教会に帰属することはただに救いに到達するための何らかの手段たるのみではなく、むしろ、絶対的に必要なる手段である。』註1)と。これは、すでに古代教会においても共通の見解であった。洗礼により信徒は教会の組織に織り込まれ、註2)教会において新しい超自然的共同体を形成する。チプリアノ(Cyprianus)は第3世紀の中葉において『教会を母とせざる者は何人といえども天主を父と為し得ず』註3)と言っている。ゆえに彼は”Extra Ecclesiam nulla salus”(教会を外にしては救いはない)と表現する。註4)この命題を、カトリックの伝統は最も

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明瞭にかつ整然と確保し、常にこれを表明している。教会の偉大なる教師たちはこれを詳細に解説し、公会議および教皇の布告はこれを明瞭に証明している。註5)以上の叙述の結論は、キリストの建てた教会は、天主自らにより全人類に指定されたところの救いに到るべき唯一の道であること、ならびに、この道を拒絶して、しかも、キリストの救いの恩寵に到達し得る者は一人もないことである。

[註1] Franzelin, De Ecclesia Christi, Thesis 24, p. 425 参照。
[註2] 使徒行録 2:41 以下参照。
[註3] De catholicae Ecclesiae unitate 6(Rouet 557)参照。
[註4] Epist. 78, 21 参照。
[註5] Origenes in Jesu Nave homilia 3, 5(R 537), Augustinus, epist.,185, 208; Sermo ad Caes. ecclesiae plebem 6(R 1858); Fulgentius, de fide ad Petrum 36, 37, 38; ラテラン第4公会議の解説(D 430)、フィレンツェ公会議(D 714)教皇Bonifatius VIII(D 468), Pius IX(D 1647)の諸宣言参照。

しかし、故意なく真実の教会の外にある者は、救いから排除されるという意味ではない。天主の愛は、自己の責任なしに教会の外に立つ者をも包括し、キリストは彼らのためにも死んだのであるから、天主に対する彼らの認識の程度に応じて正しく仕え、良心の声に従って天主の誡に服する時は、キリストの救いの恩寵に与ることができる。彼らが天主により万人のために定められた

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救いの道の外にあり、キリストにより彼の教会に譲渡された救いの手段を欠いているのは確かであるが、彼らがかかる状態にあることが、自己の責任によるものでないがゆえに、彼らの認識の程度に従って、正しく天主に奉仕するごとく努めるに至れば、天主は彼らを例外の道により救い主の恩寵に到達せしめることができるのである。註1)天主が彼らに対し例外の道によってキリストの救いの恩寵に与らしむる時、彼らはそれによって、霊的な仕方で教会に関係するに至り、内的・超自然的共同体に属するのであり、このことを通常次にごとくに表現する。すなわち、『彼らは教会の霊魂に属す』と。しかし、彼らが教会の外的共同体に関する充分なる知識に到達するにおいては、この教会に連繋すべき義務を生ずる。何となれば、教会はキリストにより万人のために備えられた救いの道であり、教会に対してキリストは聖化の超自然的手段を委託したのであるから、この真理を充分認識した者は、何人といえども、この教会を拒否し、別個の道からキリストの救いの恩寵に与ることは不可能である。この意味においてカトリック教会は、キリスト教の初代以来伝えられている原理を強く固守して動かない。すなわち、”Extra Ecclesiam nulla salus ”--『教会の外に救いはない』と。アウグスチノは次の語により同一の内容を表現する。すなわち、『天主を愛さん、教会を愛さん、天主を父とし

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て、教会を母として、天主と教会との婚姻は偉大なる愛によって行われている。その一方を毀損し一方を保持することは、何人も為し得ない。......ゆえに愛する者よ、一致して父なる天主と母なる教会とを固く守れ』と。註2

[註1] 教皇ピオ9世の宣言(D 1677 以下、D 1646)参照。使徒行録 3:15ないし26参照。
[註2] Enarratio in Psalm 88, 2, 14(R 1478)参照。

第4講話 終り

作成日:2004年05月28日

最終更新日:2004年05月28日

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