ファチマの聖母マリア

世界の奴隷化か、それとも平和か...
それは教皇にかかっている

ニコラス・グルーナー神父と他のファチマ専門家たち

序 論

ポール・クレイマー神父著

完全なファチマ・メッセージが覆い隠されている

ファチマの物語は世界中に知られている。そしてファチマの聖母はカトリック世界ではどこでも崇敬されている。にもかかわらず、聖なるおとめが世界に宛てて出されたメッセージを完全に把握したのはほんの僅かの者であった。多くの人々によって、聖母の言葉は -- 非常に多くの他の御出現と同じように -- 単に回心と痛悔への呼びかけ、そして希望のメッセージとして、それ以上のものではないものとしてしか考えられていない。

聖母のメッセージは長い間このような仕方で誤って解釈されてきた。なぜならメッセージは単にほとんど公表されないばかりでなく、それが伝えられてきた所でもさまざまの組織や個人が、ただその一部分だけを説教し、公表することによって聖母のメッセージを事実的に抑圧してきたからである。

どの程度までこの状況が手に負えないものとなったかについて一つの観念を得るためにはただファチマの聖堂で出されているチラシにおいて要約されているような「メッセージ」の表現を考察するだけで十分である:

「ファチマのメッセージは罪人たちに神に背くことを止め、彼らの罪の赦しを求め、福音書の放蕩息子がそうしたように、彼らの生活を改善することを勧めている。それは義人に多く祈り、罪人たちのために、彼らが地獄における永遠の罰に苦しむことがないように犠牲を捧げることを求めている。すべての人が毎日聖母のロザリオを唱え、聖母の汚れなき御心への信心をもち、そして月の最初の土曜日に聖母の汚れなき御心への償いとして御聖体を受けるように求められている。もし人々がこれらの事柄をなさないならば、ロシアは諸々の戦争と教会に対する迫害を引き起こしながら、世界中にその諸々の誤謬を広めるであろう。多くの者が殉教し、教皇は大いに苦しみ、そしていくつかの民族が絶滅させられるであろう...われらの祝せられた御母御自身の言葉は、聖母が1917年にファチマに御出現になったとき、聖母が人々に要求なさったことをもし人々がするならば、全世界のために平和と幸福をわれわれに保証している...」

「教皇ヨハネ・パウロ二世は1981年5月13日の彼の生命に対する襲撃の機会に聖母の御保護があったことに対して感謝するために、そしてマリアの汚れなき御心に世界を奉献するために、1982年5月12日および13日にファチマに巡礼に来られた。」

メッセージについてのこの短い説明は大変欺瞞的である -- それが言っていることーそのすべては真実であるーのためにではなく、それが落としていること:すなわち、神がどのようにロシアの回心をもたらされ、そして世界に平和を回復されるかについての大いなる預言、のためにそうである。それによってこのことが達成されるであろう手段は、聖なるおとめに従えば、世界のすべての司教たちと一緒に教皇によってなされるマリアの汚れなき御心へのロシアの奉献であろう。聖母はこのことを「秘密」-- それの第三部はこれまで決して公表されてこなかった -- の一部として1917年7月13日の御出現において明らかにされた。

ファチマ・メッセージの核心

ファチマ・メッセージの核心は「秘密」の中に含まれている。そこでは聖母はこう言われた:「あなたたちは可哀想な罪人たちの霊魂が行く地獄を見ました。彼らを救うために、神は世界に私の汚れなき御心の信心を確立することを望んでおられます。もし人々が私が求めていることをするならば、多くの霊魂が救われ、平和が来るでしょう。戦争は終わろうとしています。しかしもし人々が神に背くことを止めないならば、もう一つのもっと悪くさえある戦争がピオ十一世の在位期間に始まるでしょう。あなたが未知の光によって照らされる夜を見るとき、それが、戦争、飢饉、教会および教皇の迫害によって神が世界を罰しようとなさっているということをあなたに知らせるための大きなしるしであるということを知りなさい。そのことが起こらないようにするために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と初土曜日の償いのための聖体拝領を求めるためにまた来るでしょう。もし人々が私の要求を聞き入れるならば、ロシアは回心し、世界は平和を手にするでしょう。もしそうでなければ、ロシアは諸々の戦争と教会の迫害を助長しながら、世界中にその諸々の誤謬を広めるでしょう。善人は殉教し、教皇は多く苦しみ、さまざまの民族は絶滅させられるでしょう。最後に、私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。ロシアは回心するでしょう。そして平和のある期間が世界に与えられるでしょう。ポルトガルにおいては信仰の教義が常に保たれるでしょう...(ここで秘密の第三部が始まるが、それは一般に「第三の秘密」と呼ばれている)。

秘密の第一部は地獄の幻視から成り立っている。それゆえに、聖母は子どもたちにこう告げられた:「あなたたちは可哀想な罪人たちの霊魂が行く地獄を見ました。」次の文章において、聖母はファチマに来られた御自分の目的を述べておられる:「彼らを救うために、神は世界に私の汚れなき御心に対する信心を確立することを望んでおられます。」このように、神の目的は霊魂たちを救い、彼らが地獄に行くことを妨げるためにマリアの汚れなき御心に対する信心を確立することである。

ファチマ・メッセージの聖母にわれわれが協力することが必要である

聖母は神の御計画に人間が協力する必要があるということを、もしその協力がなされるならばいかなる諸結果が生ずるかを述べながら、告知された:「もし人々が私が求めていることをするならば、多くの霊魂が救われ、平和が来るでしょう。」次に聖母はこう答えられた:「戦争は終わろうとしています。しかしもし人々が神に背くことを止めないならば、もう一つのもっと悪くさえある戦争がピオ十一世の在位期間に始まるでしょう。あなたが未知の光によって照らされる夜を見るとき、それが、戦争、飢饉、教会および教皇の迫害によって神が世界を罰しようとなさっているということをあなたに知らせるための大きなしるしであるということを知りなさい。」

聖母は、もし御自分の要求が果たされるならば、そのとき平和が来て多くの霊魂たちが救われるであろうと明白に述べられた。戦争(第一次世界大戦)は終り、平和がその後に続くであろう、すなわち、第二次世界大戦は起こらないであろう。しかしながら、もし人々が神に背くことを止めないならば、神の御母は第一次世界大戦よりも悪くさえあるもう一つの戦争が起こるであろうと警告なさった。第二次世界大戦はピオ十一世の在位期間に、そして後にピオ十二世の在位期間に実際に始まった。この紛争が世界大戦へとエスカレートしたのである。

第二次世界大戦はファチマを無視した結果

実際、1937年7月7日に北京の近くのマルコ・ポーロ橋において日本の関東軍と中国軍の間で紛争が勃発した。

日本軍はこの事件を北中国を侵略する口実として利用した。そして次に中国東部および南部へ進軍した。戦争が終わったのは原子爆弾の投下後、日本の満州軍(関東軍)がソビエト軍に降伏した時になってであった。ソビエト軍は1945年8月にわずか5日間戦っただけであった。

1938年1月25日の夜、シスター・ルチアは、神が「戦争、飢饉、教会および教皇の迫害によって世界を罰しようとなさっている」大きなしるしとなるでしょうと聖母が予告なさった不吉な赤い輝きを見た。シスター・ルチアは世界の懲罰がまさに始まろうとしているということを理解した。そして数週間後、3月(1938年)にヒットラーはオーストリアを侵略しドイツに併合した。そしてこの行動はドイツ、イタリア、日本のさまざまの侵略を第二次世界大戦へと変えた諸事件のエスカレーションを始めたのである。

もう一つの世界大戦の破局とその結果としての諸悪は不可避的なものではなかった。それはヴェルサイユ条約あるいは国際連盟によって定式化されあるいは提案されたものよりもはるかに単純な手段によって避けることができたであろう:聖母はこう言われた。「もし人々が私が求めていることをするならば...平和が来るでしょう」と。聖母は何をお求めになったのか? 聖母は全人類に対して一般的な要求を、そして教皇と司教たちに対して一つの非常に特殊的な要求をなさった。聖母の一般的な要求は:

1)「私は生活を改め、自分たちの罪の赦しを求めるように信徒たちに警告するために来ました。彼らはわれらの主に背き続けてはなりません。主はすでにたいそう背かれています。」

2)「世界平和を手に入れるために毎日ロザリオの祈りをしなさい。」

3)「罪人たちのために祈りなさい、たくさん祈りなさい。なぜなら、多くの霊魂たちが、彼らのために犠牲をし祈ってくれる人が誰もいないために地獄に行くからです。」(われらの主はシスター・ルチアにこう言われた:「各人がすることができる犠牲は自分の義務を果たし、そして私の律法に従うことである。それが今私が要求する償いの形式である。」)

4)最後の幻視(1917年10月13日)において、聖母は沈黙のうちにスカプラリオを差し出された -- それは聖母がそれをすべての人が身につけることを望んでおられるということを示す仕草である -- 。

5)初土曜日の償いの聖体拝領:1925年12月10日に聖母はシスター・ルチアにこう言われた:「引き続く5ヶ月間の初土曜日に告解をし、御聖体を受け、ロザリオ5連を唱え、私に償いをするという意向でロザリオの諸々の玄義を黙想しながら15分間を私と共に過ごすすべての人々を、死の時に救いのために必要なすべての恵みでもって助けることを私は約束します。」

特殊的には、戦争、飢饉、教会および教皇の迫害という手段による世界の懲罰が起こらないようにするために聖母はこう言われた:「私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と初土曜日の償いのための聖体拝領を求めるためにまた来るでしょう。」聖母は1929年6月13日にスペイン、トゥイで御自分の言葉を果たされた。このとき、祝せられた三位一体を表す偉大で荘厳な幻視において聖母はシスター・ルチアにこう言われた:「神のために世界のすべての司教たちと一致して教皇に私の汚れなき御心へのロシアの奉献をするように求める時が来ました。神はこの手段によってロシアを救うと約束なさっています...」

この問題における教皇と司教たちの従順の絶対的な重要性

この時点でわれわれは、世界の司教たちと一緒に教皇がマリアの汚れなき御心にロシアを奉献するという共同的な行為によって神の命令が果たされるということがいかに恐るべき仕方で、そして超越的な仕方で重要であるかを考察することができる。聖母が、戦争、飢饉、教会および教皇の迫害による世界の懲罰が起こらないようにする手段として述べられたのはまさにこの奉献なのである。(それが起こらないようにするために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献を求めるために後に来るでしょう...」)

聖母は、もし聖母の要求が満たされるならば、そのとき「ロシアは回心し、世界は平和を手にするでしょう」と無条件に約束なさった。

しかしながら、もし聖母が要求なさっていることが遂行されないならば、聖母は次のように警告なさる:「ロシアは諸々の戦争と教会の迫害を助長しながら、世界中にその諸々の誤謬を広めるでしょう。善人は殉教し、教皇は多く苦しみ、さまざまの民族は絶滅させられるでしょう。」

聖なるおとめは曖昧でない明白な言葉で、ロシアはその道具性によって世界が罰せられる鞭となるでしょうと明細に述べておられる。(「ロシアは諸々の戦争と教会の迫害を助長しながら、世界中にその諸々の誤謬を広めるでしょう。」)しかしながら、世界がソビエト共産主義的帝国主義の神なき抑圧と奴隷化から安全とされるのは国連決議あるいはパーシング・ミサイルによる「スター・ウォーズ」戦略防衛構想あるいはNATO同盟によってではない:なぜなら、おとめマリアはこう言われるからである:「ただ私だけがあなたたちを救うことができます。」それゆえに、われわれの唯一の希望はファチマの聖母の要求を満たすことに存するのである。

神がロシアは教皇と司教たちによって奉献されなければならないとという御自分の命令を伝えるために聖母をお遣わしになったとき、期待なさったことはこの問題における彼らからのすばやい従順であった。しかしながら、教会の司牧者たちは神の御意志に従わなかった。 そしてそれゆえに、われらの主イエズス・キリストは1931年8月19日にスペイン、リアンホ(リアンジョ)でシスター・ルチアに御出現になり、次のように言われながら、不満を述べられた(御自分の不快感を表明された):「私に仕える者たちに、彼らが私の命令の遂行を遅らせていることにおいてフランス王の例に従っていること、そして彼らがフランス王にならって不幸に陥るであろうということが彼らに与えられているということを知らせなさい。」

これはキリスト御自身によって話された一つの非常に強い警告である。なぜなら、キリストは、聖マルガリタ・マリアを通じて、フランス王にフランスを御自分の聖心に奉献するよう命じられたからである。その命令は遂行されなかった。ルイ十六世は投獄された後、神の命令に従おうと試みたが、要求された公的で荘厳な行為を行うことができなかった。そして1793年に彼はギロチンで処刑されたのである。

1935年1月21日にシスター・ルチアはこう書いた:「およそ三年ほど前に、われらの主は非常に怒っておられました。というのは、主の要求は傾聴されてこなかったからです。それで私はこの事実を手紙で司教様に知らせました...われらの主との親しい会話から、主は五年前に約束なさったように、そして主が救おうと切に望んでおられるロシアに対する憐れみを示す用意がおできになっているように思われます。」1936年5月18日付けの別の手紙の中で、シスター・ルチアはこう書いた:「もし、ロシアの奉献を手に入れるために強調することが都合がよいならば...私はわれらの主にその問題についてお話をしました。そしてそれほど以前ではなかったと思いますが、私は主になぜ主は、教皇様が奉献をなさることなしにロシアを回心させられないのですかとお尋ねしました。(主はこうお答えになりました)『私は私の全教会が奉献をマリアの汚れなき御心の勝利として認め、その結果教会が後にその信心を広め、汚れなき御心への信心を私の聖心への信心の側に置くようになることを望んでいるからだ...教皇は奉献をするであろうが、しかしそれは遅いであろう。それにもかかわらず、マリアの汚れなき御心はロシアを救うであろう。ロシアはマリアに委ねられた。』

われらの主によってなされたこれらの陳述は聖母がファチマで啓示なさったことを再び断言している:「最後に、私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。ロシアは回心するでしょう。そして平和のある期間が世界に与えられるでしょう。」もしファチマの聖母が要求なさったことすべてが速やかに遂行されるならば、現在近づいている恐るべき懲罰は避けられるであろう。

ファチマの預言は比類なく重要である

ファチマ・メッセージの内容は1917年の御出現が他の諸々の御出現と同じ部類あるいは範疇に入れられることはできないということを明確にしている。-- 人が聖母のメッセージの内容を注意深く熟考するとき、ファチマで起こったことが二千年以上の預言の頂点であるということが明らかとなる。

聖メトディウス(+358)はこう書いた:「キリストの敵どもが次のように誇る時が来るであろう:『われわれは地とそのすべての住民を支配した。そしてキリスト教徒はわれわれの手を逃れることができない』と。それから一人のローマ皇帝は激しい怒りのうちに彼らに対して立ち上がるであろう...彼はキリスト教の敵どもを攻撃し彼らを粉砕するであろう。それから平和と静けさが地上に君臨し、司祭たちは彼らのすべての不安から解放されるであろう。」「ローマ皇帝」によって意味されているものは他のテキストにおいてはもっと明瞭に一人の「偉大な君主」として明細に述べられている。尊者バルトロメウス・ホルツハウザー(+1658)はその黙示録注解においてこう言っている:「あらゆるものが戦争によって破壊されたとき、カトリック者が裏切りの同宗教信者たちや異端者たちからひどく抑圧されるとき、教会とその奉仕者たちが彼らの権利を否定され、もろもろの君主制が廃止され、その支配者たちが殺されるとき...そのとき全能の神の御手は人間的な理解に従えば明らかに不可能なある事柄、一つの奇跡的な変化を働かれるであろう。神によって塗油された一人の勇敢な君主が出るであろう...彼は誤った諸々の教義を根こそぎにし、イスラム教の支配を滅ぼすであろう。彼の支配権は東から西まで拡がるであろう。すべての民族はカトリックの教えに従って彼らの主なる神を礼拝するであろう...平和が全地に君臨するであろう。なぜなら神の力が滅びの子の到来まで多年にわたってサタンを縛るであろうから。

アルルの聖セザル(469-543)によれば、「大虐殺があるであろう...諸々の祭壇と神殿が破壊されるであろう...教会の司牧者たちは彼らの説教壇を放棄するであろう。そして教会それ自身があらゆる世俗的所有物を奪われるであろう。一人の有徳の人である偉大な君主が全地の改革において教皇を助けるであろう。誤謬と不敬のうちに生活している多くの君主たちや諸民族は回心し、称賛に値する平和が多年の間人々の間に君臨するであろう...一つの共通の法、ただ一つの信仰、一つの洗礼、一つの宗教が存在するであろう。すべての民族がローマの聖座を認めるであろう...しかしあるかなりの時の後に、熱意が衰え、不正がはびこり、道徳的堕落がこれまで以上に悪くなるであろう。それは人類の上に反キリストの最後のそしてより悪い迫害を、そして世の終りをもたらすであろう。」

ラヴィンスキー神父(+1708)はこう言っている:「世界は諸々の市民戦争とこれまでよりももっと大きな破壊によって悩まされるであろう。ドイツは分割されるであろう。そして多くの敵を持つであろう。宗教は大いに反対され、修道士たちは追放されるであろう...すべての者が驚くことには、偉大な支配者のゆえに十字架が多くの国々を通じて二重の輝きのうちに光るであろう。」

ゲオルゲ・ミヒャエル・ヴィットマン司教(+1833)の預言は重要である。「私は禍いなことよ!悲しい日々がイエズス・キリストの教会にとってすぐ間近である。イエズスの受難は最も悲しみに満ちた仕方で教会とその至高の頭において新たにされるであろう。世界のあらゆる箇所で戦争と革命があり、そして多くの血が流されるであろう。悲しみ、大災害そして貧困が至るところで大きいであろう。というのは、悪疫を発生させる諸々の病気、物資の欠乏そして他の諸々の不幸が次々と起こるであろうから。」

「暴力的な手がカトリック教会の至高の頭の上に置かれるであろう。司教たちと司祭たちは迫害されるであろう。そして教会の分裂が引き起こされるであろう。そして混乱がすべての階級の間に君臨するであろう。あたかもキリストと彼がその御血をもって設立なさった彼の聖なる教会の敵どもが教会に対してまさに勝利しようとしているかに思われるほどに著しく悪い時代が来るであろう...諸々の秘密結社が大きな荒廃を引き起こし、驚くべき金銭の力を行使し、そのことによって多くの者が盲目にされ、最も恐るべき諸々の誤謬に感染させられるであろう:しかしながら、このすべてのことは何の役にも立たないであろう...彼らはその上にキリストが御自分の教会を建てられた巖を揺るがすことはできない:'Portae inferi non praevalebunt' 地獄の門これに勝たざるべし」

聖ガスパール・デル・ブファロ(+1857)は「三日間の暗黒の間の悔い改めない教会の迫害者たちの破滅」を予言している。「三日間の暗黒と恐怖を生き延びた者 --世界が至るところで死骸に覆われるであろうという事実の故に、あたかも彼が地上で独りであるかのように彼には思われるであろう。」

福者アンナ・マリア・タイギ(+1837)はこう言っている:「神は二つの罰を命じられるでしょう:諸々の戦争、革命そして他の諸悪の形における一つの罰は地上で始まるでしょう。他の罰は天から送られるでしょう。全地の上に三日三晩続く強烈な暗黒があるでしょう。何一つ見ることができないでしょう。そして空気は伝染病を含んだものとなるでしょう。それは主として宗教の敵どもの命を奪うでしょうが、しかし全く彼らの命だけを奪うわけではありません...」

「この恐るべき機会に...これらの邪悪な人々、教会の敵ども、そして彼らの神の敵どもはこの神の天罰によって殺されるでしょう...教会のすべての敵どもは、秘密の敵も知られた敵も、普遍的な暗黒の間に全地の至るところで滅びるでしょう。ある少数の人々は例外です。神は彼らをその後間もなく回心させられるでしょう。」

タッジアのシスター・ローズ・アスデンテ(1847):「一つの大きな革命が全ヨーロッパの上に広まるでしょう...無秩序という無法な民主的精神が全ヨーロッパ中に至高のものとして君臨するでしょう。一つの総体的な転覆があるでしょう。」

「人々に刃向かう人々、民族に対立する民族の大混乱があるでしょう...ロシア人とプロシア人(東ドイツ人)がイタリアに対して戦争を起こすでしょう...司祭たちと修道者たちは虐殺されるでしょう。そして地は、特にイタリアにおいては彼らの血で浸されるでしょう。」

これらの預言(よく知られた預言的テキストのほんの小さな部分である)は平和と静けさに対する人間の欲求に関して単なる人間的期待と幻想の無益さを例証している。殺人が犯されるとき行動の通常の過程は殺人者を逮捕し罰することであるけれども、第一次世界大戦は、通常の法的手続きが起こることを許す代わりにオーストリアがセルビアに対して宣戦布告をしたときに始まった。

ヨーロッパのすべては短期間の戦争を予期していた。しかし戦争はヨーロッパの諸々の戦争における事例が一般にそうであったようにはその経過を速やかに完了しなかった。あの長いそして恐るべき戦争は一つの予期しない破局であった。そして聖母が言われたように、「戦争は罪に対する罰であった」。あの戦争は例外ではなかった。われらの主はラミ神父(+1931)にこう言われた:「戦争は三つの原因がある:冒涜、日曜日の労働そして結婚の神聖冒涜」(避妊等)「である。」

「大戦」は「すべての戦争を終わらせる戦争」と呼ばれるようになった。しかし人々が戦争の終わりと平和の始まりを期待していた間に、聖母はすでにファチマで次のように警告を与えておられた:「戦争は終わろうとしています。しかしもし人々が神に背くことを止めないならば、もう一つのもっと悪くさえある戦争がピオ十一世の在位期間に始まるでしょう。」20年以内に第二次世界大戦が荒れ狂っていた。聖母はさらにもし聖母の要求が従われないならば「ロシアは諸々の戦争と教会の迫害を助長しながら、世界中にその諸々の誤謬を広めるでしょう。善人は殉教し、教皇は多く苦しみ、さまざまの民族は絶滅させられるでしょう」と警告された。

ファチマは二十世紀の終わりについて言及している

聖母がファチマでなさった警告は過去の数世紀に諸聖人や預言者たちによって予告された破局がまさに起ころうとしているということを示している。第二次世界大戦が終わって間もなくの1945年に、教皇ピオ十二世はその枢機卿たちに宛てたクリスマス・メッセージにおいてこう述べられた:「世界は恐るべき深淵の縁にいる...人々は人類がかつて経験したことのないような苦しみのために準備しなければならない。」

その諸々の預言のために非常に有名であったシスター・エレナ・アイエロ(+1961)は聖母からこう告げられた:「私の心は破滅に瀕している世界における非常に多くの苦しみのために悲しんでいます...神の御怒りは近いのです。間もなく世界は諸々の大災害、血みどろの革命、恐ろしいハリケーンと河川や海の洪水で苦しめられるでしょう...世界は一つの新しいそしてより恐るべき戦争において覆されるでしょう。最も致命的な兵器が人々や諸民族を撲滅するでしょう。地上の独裁者たち、地獄的な人物たちが諸々の教会を廃止し、御聖体を神聖冒涜し、最も貴重な事柄を破壊するでしょう。この不敬な戦争においては人間の手によって建設されてきた多くのものが破壊されるでしょう。」

「空には火で輝く閃きを持った雲、そして火の嵐が世界の上に落ちかかるでしょう。人類の歴史において以前には決して見られなかったこの恐るべき天罰は70時間続くでしょう。神なき人々は押し潰され、拭い去られるでしょう。多くの人々はその罪の頑迷さにとどまるために失われるでしょう。彼らは暗黒の力を圧倒する光の力を見せられるでしょう。」「...他の民族が完全に消え失せる一方である民族は純化されるでしょう。」

「ロシアはヨーロッパの諸国、特にイタリアに進撃するでしょう。そしてロシアの国旗を聖ペトロ大聖堂の上に掲げるでしょう。イタリアは大きな革命によって厳しく試みられ、ローマはその多くの罪のために、特に不純の罪のために浄化されるでしょう...」

「もう一つの恐るべき戦争が東から西へと来るでしょう。ロシアはその秘密の軍隊(テロリストたち)と共にアメリカと戦い、ヨーロッパを蹂躙するでしょう。ライン河は死体と血で溢れるでしょう。イタリアはまた一つの大きな革命によって苦しめられるでしょう。そして教皇はひどく苦しむでしょう。」

「大地震が諸々の都市全体そして国々を呑み込み、諸々の疫病、飢饉そして恐るべき破壊をもたらすでしょう--特に暗黒の子ら(共産主義者たち、フリーメーソンたちそして似たような党派の人々)がいるところで--」

これらの同じ懲罰は聖母がファチマで子どもたちに啓示された秘密の内容の一部である。-- これらの事柄はもし聖母の要求が従われないならば起こるであろう。ヨハネ・パウロ二世がフルダでファチマの「第三の秘密」について話されたとき、彼はその一部を明らかにされた:「...大洋は地球の全地域で氾濫し、一瞬にして数百万の人々が滅ぶであろう...」

ファチマの秘密とラ・サレットの秘密

1984年11月11日にラッツィンガー枢機卿はあるインタビューの中で、自分は第三の秘密を読んだ、そして「この『第三の秘密』の中に含まれている事柄は聖書の中に告知されてきたこと、そして他の多くのマリア御出現において繰り返し言われてきたことに一致する」と述べた。ラッツィンガー枢機卿の陳述は非常に啓発的である!ラ・サレット(1846年9月13日)での祝せられたおとめの御出現において聖母はメラニー(少女)にこう言われた:「...神は一つの前例のない仕方でお打ちになるでしょう。地の住民たちは禍いなことよ!神はその御怒りを彼らの上に注ぎ尽くされるでしょう。そして誰ひとりそのように一緒になった多くの苦しみから逃れることはできないでしょう...」

「人々の社会は最も恐るべき天罰と重大な出来事の前夜にいます...教皇はたいそう苦しむでしょう。私は最後まで彼と共にいて、彼の犠牲を受け取るでしょう。害を与える者が数回彼の生命を狙おうとするでしょう...しかし彼もまた彼の後継者も神の教会の勝利を見ないでしょう。すべての市民的な諸政府が同じ一つの計画を持つでしょうが、その計画は唯物論、無神論、降霊術そしてあらゆる種類の悪徳に道を開くためにあらゆる宗教的な原理を廃止することです...フランス、イタリア、スペインそしてイギリスは戦争となるでしょう。血が街路に流れるでしょう。フランス人がフランス人と戦い、イタリア人がイタリア人と戦うでしょう。ぞっとさせるものであろう一つの全般的な戦争がそれに続くでしょう。」

これらのこの世の諸々の懲罰に加えて、一つの大きな霊的懲罰があるでしょう:ファチマの秘密の公表された部分はこう結論している:「ポルトガルにおいては信仰の教義は常に保たれるでしょう...」メッセージのこの箇所で聖母はこの世の事柄から霊的な事柄へと移られる。ラッツィンガー枢機卿は「『第三の秘密』は『信仰とキリスト者の生命、そしてそれゆえに世界の生命を脅かす危険』に言及している」と述べた。同じように、1984年9月10日に、現在のレイリア、ファチマの司教、コスメ・ド・アマラル司教はウィーン工業技術大学での会議において、第三の秘密の内容はわれわれの信仰、「信仰の喪失」に関係があると述べた。

ラ・サレットにおいて聖母は「教会は一つの恐るべき危機、暗黒の時を目撃するでしょう」と予告なさった。

聖ヒルデガルド(+1179)はこの大苦難の時代について書きながらこう言った:「人々は教皇の権威を拒否するでしょう。個々の国々は教皇よりも自分たち自身の支配者の方を選ぶでしょう。」(彼女はこのことはドイツが分割されたときに起こるであろうと言っている。)同じように、尊者ホルツハウザーは全能の神の御手が「カトリック者が裏切りの同宗教者たちや異端者たちによってひどく圧迫されるときに」介入なさるであろうと言っている。

聖母のメッセージと警告は諸世紀にまたがる諸聖人の預言的警告と完全に一致している。そして、ラッツィンガー枢機卿が言っているように、「聖書において告知されてきたことに一致している。」しかしながら相違はこうである:過去の諸世紀においてはある未来の時代の大懲罰が告知された。ファチマでは、聖母はいまその時が来た、そして脅威をつきつける懲罰が、ちょうど聖母が予告されたとおりに、すでに始まっているのである。そして1917年以来、ロシアはヨーロッパ、アジア、アフリカそしてアメリカにおいて戦争と教会の<迫害とを助長してきた。彼らの雇った暗殺者が教皇を撃ちさえした。一方で、世界のさまざまの地域でわれわれは豊かさの中の餓死を見ているのである。

ファチマの聖母だけがわれわれを救うことがおできになる

あらゆる種類の手段が世界を呑み込み、食い尽くそうと脅威を与えているこれらの悪を終わらせあるいは少なくとも止めるために提案されてきた:すなわち、財政的、政治的、イデオロギー的そして軍事的な解決である。しかしながら、これらのすべての努力は無能であることが証明された。聖母はファチマでこう言われた:「ただ私だけがあなたたちを救うことができます。」聖母はわれわれに唯一の解決、今や文明全体を襲っている深い危機を癒すであろう唯一の手段を告知なさった。

大懲罰はすでにその初期の段階にある。そして聖母はファチマでこう言われた:「それが起こらないようにするために、私は私の汚れなき御心へのロシアの奉献と初土曜日における償いの聖体拝領とを求めるために後に来るでしょう。」「神のために世界のすべての司教たちと一致して教皇に私の汚れなき御心へのロシアの奉献をするように求める時が来ました」と告知するために(1929年6月13日)聖母が来られて以来、今や50年以上が経過した[訳者=現在ではすでに75年]。

なぜ特殊的にロシアなのか

なぜロシアは奉献されなければならないのか -- なぜ特殊的にロシアなのか? なぜ世界全体ではなくて、特別にロシアなのか?

なぜなら、ロシアの共産主義指導者たちが神に対し、神の教会に対し、神の宗教に対して死に到るまでの戦争を宣言したからである。

なぜ共産主義者たちが宗教に対する彼らの悪魔的な戦争を遂行し、人類の集合的記憶から神の名を絶滅させようとするのか、それは政治的、経済的あるいは社会的な理由のためではない。「共産主義の究極目標は別の社会的あるいは経済的体制を確立することではない。それは神を嘲笑し、サタンを称賛することである」とリヒアルト・ヴルムブラントは言っている。

共産主義は政治理論家たちによって産み出されたのではなく、その目的がキリスト教的君主制を転覆し、国際的な境界線を廃止し、神なき一つの世界共和国を建てることによってキリスト教宗教を根絶させることであったフリーメーソンの諸党派によって産み出された。いくつかの資料によれば、1776年に「イルミナティ教団」と呼ばれるフリーメーソンのセクトを設立するようにアダム・ヴァイスハウプトに依頼したのはフリーメーソンの長老たちであった。「イルミナティ教団」は彼らのスローガン:「無神、無財産、無政府」に従ってこの悪魔的な計画を為し遂げることに着手した。教団とその悪魔的な計画は1785年にバイエルン警察によって発見された。イルミナティは解散し、「正しい人々の連盟」の名の下に再組織された。ヴァイスハウプトは「フランス革命を計画し組織した。このことを彼はフランスのフリーメーソンのロッジを彼の教団に吸収することによって為し遂げた。」ヴァイスハウプトは1830年に死んだ。しかし彼の教団は生き延びた。1848年に彼らは「共産党宣言」(20年後にマルクスの名が宣言に付け加えられた)の公表を依頼された。彼らは彼らの名前を「共産主義者同盟」へと変更した。そしてカール・マルクスが彼らの理論家となった。

サタンに仕えるマルクス

マルクスの著作は共産主義の真の目的を暴露している:すなわち、宗教の根絶と一つの世界独裁制の下でのすべての自由の廃絶である。彼らの著作のいずれにおいても究極的な敵であるのは資本主義あるいはブルジョワ階級ではなくて、神御自身である。

「絶望のうちにある者の祈り」においてマルクスはこう書いた:「私は私の上に支配する者に対して復讐したい」そして「神は呪いと運命の巖において私のすべてを私から強奪した...私には復讐以外には何も残されていない...」

「祈り」と呼ばれる一編の詩の中でマルクスはこう言っている:

「地獄のような蒸気が立ち上がりそして私が狂うまで
脳を満たす
そして私の心は完全に変えられる
この剣を見よ
暗黒の君が
それを私に売った...

「嘆願」においてはルチフェルの言葉がマルクスの言葉となった。イザヤ書19:13においてルチフェルはこう自慢する:「私は天に昇るであろう。私は神の星たちの上に私の玉座を高めるであろう。」「嘆願」においてマルクスはこう言う:「私は頭上高く私の玉座を建てるであろう。その防波堤のためにその頂上が冷たく恐ろしいものであろうとも -- その司令官に対する迷信的な恐れ(悪魔主義) -- 真っ黒の苦痛(残酷な暴政)」神はサタンにお答になった:「おお、ルチフェルよ、おまえはどのように天から堕ちたのか? ...おまえは穴蔵の深さまで地獄へ落とされるであろう。」(イザヤ19:12,15)同じように、マルクス:「...深淵が暗黒の中に大きな口を開ける。おまえは沈み込み、私は笑いながら続くであろう。」(Oulanem)同じように:「破壊した、破壊した、私の時は完全に逃げ去った...間もなく私は人類の上に巨大な呪いをかけるであろう。」(Oulanem)。また:「はは!永遠!それはわれわれの永遠の悲しみ。一つの書き表すことのできないそして計ることのできない死...われわれ自身、盲目的に機械的なゼンマイ仕掛けである...生起し、破滅させられる以外にはいかなる目的も持たず、それゆえに破滅する何物かが存在するであろう。」(Oulanem)。再び、「青白い少女」において:

「このように私が失った天
私はそれを十分よく知っている
かつて神に忠実であった私の霊魂は
地獄のために選ばれている」

これらの詩において、マルクスは彼の生涯の仕事の真の目的を述べている:「間もなく私は人類の上に巨大な呪いをかけるであろう。もし食い尽くす何物かが存在するならば、私はその中へ飛び込むであろう。私は世界を破滅へともたらすけれども、私と深淵の間にかさばっている世界を、私は私の辛抱強い呪いでもって粉々に砕くであろう。私は私の両腕をその無上な現実のまわりに投げるであろう:私を抱擁しながら、世界は無言のまま通り過ぎ、そして次に滅ぼされて、完全な無へと沈むであろう...」

「マルクスと彼の仲間たちが反神である一方で無神論者(彼らが公式にそうである振りをしているように)ではなかったと強調して述べることは極めて重要なことである、とリヒアルト・ヴルムブラントは言う。「...彼らは自分たちが信じている神を憎んだ...新しい国々を征服することにおける共産主義の究極的な目標は別の経済制度を確立することではない:それは神を嘲笑し、サタンを称賛することである。」(ヴルムブラント、「カール・マルクスは悪魔主義者であった」)

マルクス哲学は真理の意図的な倒錯である。なぜなら、マルクスは悪魔主義者たちに共通の倒錯に魅せられていたからである。このように Emanuel の倒錯が彼の悪魔的な詩の表題である Oul/an/em である。「諸々の倒錯がそのようにマルクスの全思考様式に行き渡っていたので、彼はそれらの倒錯を至るところで用いた」とヴルムブラントは説明している。マルクスはプルードンの著作『貧困の哲学』に『哲学の貧困』と題する別の書物でもって答えた。彼はまた「われわれは批判の武器の代わりに武器の批判を使用しなければならない」(『ヘーゲル方哲学批判、序論、MEGA, I;(1), 614)』と書いた。従って、マルクスの教説は「人間は人間にとって至高の存在である」(同上)そして「人民の幻想的な幸福としての宗教の抑圧は彼の真の幸福の前提である」(同上)と教える一方で、実際にはマルクスの述べられた目的は全世界の永遠の破滅と破壊である。

マルクスの共産主義的教説に従えば、社会主義革命の究極的な目的は宗教を抑圧することによって人間を解放することである:「天の批判はそれ自身地の批判へと変化する...神学の批判は政治学の批判へと変化する」(同上)このようにして、「宗教に対する闘争は間接的に宗教がその霊的な芳香であるあの世界に対する闘争である。」(同上)このことが意味することは、神は一つの幻想であるからそのとき人間は人間にとって至高の存在でなければならない、キリスト教文明は地の面から宗教を廃絶し絶滅させるために転覆され、滅ぼされなければならないということである。簡単に言えば、共産主義者の計画はフリーメーソンの不敬な計画と同一である:単に階級闘争として偽装させられた王座と祭壇の破壊の計画である。

サタンに仕えるレーニン主義的ロシア

それゆえに、共産主義は本質的にそして究極的に宗教に対する戦争である。 -- それは一つの政治的イデオロギーあるいは一つの社会的制度ではなくて、神に対する地獄の戦争である。マルクスは(ロバート・オウエンに)、共産主義は無神論と共に始まる -- 無神論は共産主義の第一原理であり、ロシアの共産党がソビエト共和国を建てたのは無神論の原理の上にである、と述べている。ロシアのキリスト教国家は共産主義者たちがそれを建て、そしてそれを、レーニンが「主なる神というどんな概念も言葉に表せない嫌悪感を催させるもの...最も危険な嫌悪感を催させるもの、最もいまわしい致命的伝染病である」という原理の上に建てた無神論的政権と置き換えたとき、その神聖を汚されたのである。

レーニンはロシアを宗教に対する世界革命の司令部として建設した。しかしながら、神はその国を一つの聖なる目的のために選ばれた。そしてそれゆえに、神はその国がその聖なる使命において荘厳に確立されるために、教皇と司教たちがマリアの汚れなき御心にロシアを奉献することを命じられたのである。神はこのことを命じられた。なぜなら、神の名において聖母は(1929年6月13日)「神はこの手段によってロシアを救うことを約束なさっている」と言われたからである。

ロシアは奉献されなければならない

ロシアはマリアに奉献されなければならない。シスター・ルチアがイエズスに「なぜ神が教皇がその奉献をすることなしにロシアを回心させようとなさらないか」と尋ねたとき、われらの主はこう答えられた:「私は私の全教会が奉献をマリアの汚れなき御心の勝利として認め、その結果教会が後にその信心を広め、汚れなき御心への信心を私の聖心への信心の側に置くようになることを望んでいるからだ」(1936年5月18日の手紙)

ロシアの回心はマリアに委ねられた。なぜなら、「神は」、ジャシンタの預言的な言葉で言えば、「マリアの汚れなき御心を通じて恵みをお与えになる...主は世界の平和をマリアにお委ねになった」からである。祝せられたおとめはこう約束なさる:「最後に私の汚れなき御心は勝利するでしょう。教皇は私にロシアを奉献するでしょう。ロシアは回心するでしょう。そして平和のある時期が世界に与えられるでしょう。」

平和は世界に与えられるであろう。もし奉献が今なされるならば、世界は救われるであろう。もしそれが遅らせられるならば、その平和はただ神なき共産主義独裁への世界の奴隷化、-- 諸民族全体の絶滅、そして無数の霊魂たちの破滅 -- が起こって後にのみ来るであろう。

われわれ自身が、数世紀前になされた恐るべき預言の実現:「絵が自由な動きで生きているように見える(テレビ、映画)とき、舟が魚のように海の下を泳ぐ(潜水艦)とき、人々が鳥を追い越して空を飛ぶことができる(航空機)とき、そのとき世界の半分が血の中に深く浸されて死ぬであろう」を経験することがないために、祈り、痛悔の業を行い、奉献に関して神の命令を実現するよう教会の司牧者たちに嘆願しよう。

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2004/11/11 三上 茂 試訳

作成日:2004/11/11

最終更新日:2004/11/11

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