ファチマ・クルーセイダー

神の懲罰の脅威

The Fatima Crusader Issue 84, Winter 2006

ジョン・ヴェナリ

これはヴェナリ氏の会議の講演:「神はその考え方をお変えになるか?」からの編集された抜粋である

ファチマは過去数百年にわたる償いをお求めになる神の絶えざる声の継続であり再主張です。

私はその聖なる御顔に対する信心に関してわれらの主がシスター・マリー・ド・サン・ピエールにお与えになったメッセージから始めながら、これらのうちのあるものについて話そうと思います。これらのメッセージや書き物はカトリック教会の完全な承認を得ているものであり、そして多くの点でファチマのメッセージの先駆者であると思われます。

地は罪で覆われている

シスター・マリー・ド・サン・ピエールは1816年から1848年まで生きたフランス、トゥールのカルメル会修道女でした。1843年11月24日にわれらの主は次の言葉をシスター・マリー・ド・サン・ピエールに話されました:

「地は罪で覆われている。神の最初の三つの掟の侵害は御父を苛立たせた。神の聖なる御名は冒涜され、そして主の聖なる日は汚され、罪の限度をいっぱいにしている。これらの罪は神の玉座まで上り、神の怒りを引き起こした。神の怒りはもし神の正義がなだめられないならばまもなく爆発するであろう。いかなる時代にもこれらの罪がそのような程度にまで達したことはなかった。」

その前1843年8月24日にはシスター・マリー・ド・サン・ピエールはわれらの主から一つの特別の伝達を受けていました:

「主はその御心を私に開かれ、そしてそこに私の霊魂の諸力を集められながら、次のような言葉で私に仰いました:『私の名はいたるところで冒涜されている。子どもたちでさえ冒涜している』と。そして主はこの恐るべき罪が他の何物にもまして、主の神なる御心を激しく傷つけているということを私に理解させられました。冒涜によって罪人は神の御顔に対して[神を]呪い、神を公然と攻撃し、[キリストによる]罪の贖いを無効にし、そして彼自身の有罪判決と審判を宣告している。冒涜は神の御心を常に傷つける一本の毒矢です。主は私にそれでもって主の御心を楽しく傷つけ、そして罪人たちの悪意によって傷つけられたこれらの傷を癒す一本の黄金の矢をお与えになろうと望んでおられます。

これはわれわれの大部分が親しんでいる黄金の矢という祈りの起源です:

「いとも聖なる、いとも神聖なる、いとも崇敬に値する、いとも神秘的なそして最も言葉で述べることのできない神の御名が神のすべての被造物によって、そしてわれらの主の聖心によって、そして祭壇のいとも聖なる秘蹟のうちにまします救主イエズス・キリストによって、天国において、地上において、そして地獄において、称賛され、祝せられ、愛され、崇められそして光栄を与えられますように。アーメン。」

われらの主はこの祈りは「罪人たちのために恩寵の奔流」を与えると言われました。われわれは神がわれわれのために諸々の霊魂を救うことを容易になさっているということを見ます。われわれは神によってわれわれに与えられたこれらの祈りを暗記し、そしてそれらの祈りをわれらの主を慰め、償いをするために繰り返し唱えることができます。次のことは要点です:すなわち、神はわれわれに償いをすることを絶えず求めておられるのです。

神からのこれらの伝達において、シスター・マリー・ド・サン・ピエールは日曜日の神聖冒涜(第三戒に反する罪)に対する償いの聖体拝領をするように求められました。再び、われわれは5回の初土曜日と償いの聖体拝領というファチマのある種の先駆けを見ます。

シスター・マリー・ド・サン・ピエールはこう書いています:

「...われらの主は私にこれら三つの特別の意向のために毎日曜日御聖体拝領をすることをお命じになりました:」

「1)聖なる日として聖化されるべき日曜日になされるすべての禁じられた仕事に対する償いの精神において;」

「2)聖日の神聖冒涜のために今にも打ちかかろうとしている神の正義をなだめるために;」

「3)日曜日を神聖冒涜している罪人たちの回心を嘆願し、また禁じられた日曜日の労働の停止を得ることに成功するために。」

ラ・サレット

ところで、ここで私はフランスにおけるもうひとつ別の歴史的出来事に関連づけてみたいと思います。それは一貫性 - これらの神からのメッセージがどのように一致団結しているか - を明らかに示しています。

1846年9月19日に聖母はラ・サレットの羊飼いの子どもたち、マキシムとメラニーとに御出現になりました。そしてラ・サレットの聖母のメッセージはわれらの主がシスター・マリー・ド・サン・ピエールにお与えになったメッセージの一つの確認でした。

ラ・サレットの聖母は何を警告なさったのでしょうか? 聖母は「神の十戒に対する(人間の)徹底的な軽蔑、特に - と聖母は言われました - 主日の神聖冒涜と冒涜の罪におけるそれ」について警告なさいました。(すなわち、十戒の第二戒と第三戒に反する罪のことです。)

聖母はこう言われました:「もし私の民が悔悛の秘蹟によって神に立ち帰らないならば、私はわが子の手を落ちさせるように強いられるでしょう。その手は今や非常に重く押しつけられていますので、私はもはやその手をほとんど持ちこたえることができません。」ラ・サレットのメッセージとシスター・マリー・ド・サン・ピエールに対する神のメッセージは多くの点で同一のメッセージです。

聖なる御顔

1845年10月11日にわれらの主は御自分の聖なる御顔に対して償いをすることの重要性に関する啓示をお与えになりました。この日、われらの主はシスター・マリー・ド・サン・ピエールにこう言われました:

「私はわずかの崇拝者しかいない私の神的な顔を拭い、そして深い敬意を払うヴェロニカたちを捜している。」

それから主は聖なる御顔に対する償いの祈りを書き取らせられました:

永遠の御父よ、あなたの御名の栄誉と栄光のため、罪人たちの回心のため、そして死んで行く人々の救いのために、私はあなたにあなたの愛する御子の崇敬に値する御顔を捧げます。

もう一度われわれは聖なる御顔のメッセージとラ・サレットのメッセージが償いへの呼びかけと懲罰の警告であるということを見ます。もしあなたが望むならば、これはそれによってファチマのメッセージがわれわれのところにやって来た「伝統」です。それはそれを適切に理解するための唯一の道です。

そしてもし私が聖なる御顔に関するシスター・マリー・ド・サン・ピエールへのわれらの主の啓示について話そうとしているならば、私は聖なる御顔に対する信心を実行する人々に対するわれらの主からの九つの約束に言及しなければなりません。われらの主は単に警告なさるだけではなく、われわれがそれに応えるときわれわれに大きな恵みを約束なさっています。主はその善性と寛大さをわれわれに対して示しておられます。

これら九つの約束のうち - 時間的な考慮のために - 私はただ四つだけ言及しましょう:

ソレムの有名な僧院長ドン・ゲランジェは一群の神学者たちと共に、教会がそれらを承認することができるかどうかを決定するためにシスター・マリー・ド・サン・ピエールの書き物を与えられました。ドン・ゲランジェはこれらの啓示を単に承認しただけではなくて、それらに彼の熱心な支持を与えました。

このことに関してわれわれが言うことができるもっと多くのことがありますが、しかし私は単純に償いを求められる神の絶えざる呼びかけと懲罰の絶えざる警告を強調したいと思います。

聖心

もしわれわれが十七世紀にまで戻るならば、われわれはイエズスの聖心の啓示のうちに同じような呼びかけを見ます。われらの主は、御自分の聖心をマルガリタ・マリア・アラコックに啓示なさったとき次のことを仰いました:

「人々を非常に愛して、その愛を証言するために、それ自身を使い果たし、消耗するまでに何物をも与えないでおくことがなかったこの御心を見なさい。しかし、そのお返しに、私は大部分の人々から、彼らの不敬と冒涜によって、そして愛のこの秘蹟[祝せられた秘蹟=御聖体の秘蹟]において私のために彼らが示した冷淡と軽蔑によって、ただ忘恩だけを受け取った。そして私にとって最も苦痛であることはそれらが私に奉献された人々[=修道者や聖職者]の心であるということである。」注2)

われらの主は償いを求めておられます。そして御自分の聖心に対する信心を実行する人々のために大きな恩寵を約束なさいました。

われわれは1858年のルルドへ移動します。そこでは聖母は人類に、われわれが罪の償いをしなければならないということを警告なさいました。

同様にまた十九世紀後半に、そして二十世紀に入っても、聖なる御傷に対する信心に関するわれらの主のシスター・マリー・シャンボンへの啓示があります。

「永遠の御父よ、私はあなたに私の罪そして全世界の罪のための償いとしてわれらの主イエズス・キリストの聖なる御傷を捧げます。」

ここで再びわれわれは償いをお求めになる神の呼びかけを見るのです。

シスター・エレナ・アイエロ

1950年代に跳びますと、シスター・エレナ・アイエロに対する神の劇的な啓示があります。この注目すべき修道女は1895年から1961年までイタリアに生きていました。彼女への啓示は完全な教会の承認を得ています。

彼女はいけにえの霊魂、1923年から1961年の彼女の死まで四旬節の毎金曜日にわれらの主の御受難の血塗れの苦しみを受けました。実際彼女の死に際して、L'Osservatore Romano (ヴァチカンの公式新聞)は彼女に対する一つの美しい讃辞を載せました。

モンシニョール・フランチェスコ・スパダフォラという名のローマの傑出した聖書学者は彼女について一冊の書物を書き彼女に対し、また彼女への啓示に対して最高の称賛を与えました。これらの啓示は現代において最もぞっとさせるものの一つです。それらはファチマのメッセージを確証しています。そしてそれらは償いをお求めになる神の絶えざる呼びかけであり、懲罰の警告です。

われわれはただ一つだけ、1956年12月8日のメッセージを取り上げます:

「それから、聖母が悲しそうにそして涙を流しながら私に御出現になりました。聖母はこう言われました:『人々はあまりにも神に背いています...』」

それから聖母はこう言われました:

「あなたが見ているこの大きなマントは罪人たちを覆うため、そして彼らを救うための私の情けの表現です。人々は、その代わりに、彼ら自身をもっと大きな汚れで覆っています。そして彼らの本当の罪を告白することを望んでいません。ですから、神の正義は、公然と犯されている - そして隠れて犯されている - 特に青少年を堕落させる - そのように多くの罪から人類を浄化するために罪に満ちた世界を過ぎ越すでしょう!」

「諸々の霊魂を救うために、私は世界において、神の憐れみに、そして宇宙の女王に奉献した人々の仲介者であるマリアの汚れなき御心に対する奉献があることを望みます。」

「世界はもう一度大きな災難、血なまぐさい革命、大地震、飢饉、伝染病、恐ろしいハリケーン、そして川や海から来る大洪水に苦しめられるでしょう。しかしもし人々が神に帰らないならば、浄化する火はすべての人々の上に吹雪のように天から降って来るでしょう。そして人類の大部分は滅ぼされるでしょう。」

「人々はもはや福音の真の精神に従って話しません。時代の不道徳はその頂点に達しました。しかし人々は私の母としての警告を聴きません。それゆえ世界は間もなく浄化されなければなりません。」

「ロシアはヨーロッパのすべての国家を、特にイタリアを蹂躙するでしょう。そして聖ペトロ大聖堂のドームの上にロシアの旗を掲げるでしょう。イタリアは一つの大きな革命によって厳しい試練を受けるでしょう。そしてローマはその多くの罪、特に不純の罪のために血において浄化されるでしょう。[信徒の]群れは四方に散らされ、そして教皇は大いに苦しまなければならないでしょう。」

「神の正義をなだめるための唯一の方法は犯された罪に対する心からの悲しみをもって神に立ち帰りながら、祈ることそして償いを果たすことです。そうすればそのとき神の正義の懲罰は憐れみによって軽減されるでしょう。人類は、もし慈悲の母、そして人々の仲介者としての私の汚れなき御心へ、そして私の御子イエズスの聖心へと立ち帰らないならば、決して平和を見出さないでしょう。」注3)

われわれは、もし償いがなされないならば、罪の重大性、償いの必要性、そして罪に対する罰に関して、神はそのお考えを変えられることはないということが分かります。

ファチマに従わなければならない

特にわれわれが中絶、中絶された生きた赤ん坊たちに対する胎児実験、テレビ、映画、インターネットを通じて公になっている不道徳のはけ口、音楽、映画産業、インターネットそして MTV を通じての青少年の前例のない堕落、第一戒に反する罪として認められてさえいない第一戒に反する罪の津波のことを考慮するならば、あらゆる事柄が1956年(シスター・エレナに上述の啓示が与えられた年)よりもはるかに悪いのです。

償いの必要性はこれまで以上に大きいのです。それで私は、なぜわれわれがわれわれの教会人たちがそれについて話をするのを決して聞くことがないのかということに関して当惑させられている - そして多年にわたって当惑させられてきた - のです。

われわれは償いの緊急の必要性について決して聞きません。われわれは懲罰の警告の反復を決して聞きません。そしてもっと悪いことには大罪や成聖の恩寵についてわれわれの教会人たちからのいかなる言及も実際にないのです!

われわれがここでしていることは「対話」、「新しい春」、「新しいペンテコステ」、「愛の文明」そして他のポップ・スローガンについての話です。それはすべてむしろ幻想的であり、また楽観主義的です。しかしそれは過去数百年にわたるわれわれに対する神の言葉ではありません。

そうではないのです。神からのメッセージのうちに最も良く要約され例証されている神の言葉は償いを求める呼びかけ、厳しい懲罰の警告、そしてもしわれわれが神の要求に応えるならば、われわれに対する恩寵と平和の報いなのです。

神は罪の重大性について、そしてもし償いがなされないならば、懲罰の脅威について、そのお考えを変えられません。ファチマの聖母への従順の必要性はこれまで以上に大きいのです。

脚注:

  1. Catholic Family News, June, July, and August, 2001, "Heaven's Request for Reparation to the Sacred Heart of Jesus",(3 part series)を見よ。

  2. そのとき主は彼女に御自分の聖心を崇めるために教会において一つの特別の祝日を建てることをお命じになりました。「それゆえに、私は祝せられた秘蹟[御聖体の秘蹟]の八日後の初金曜日が、その日に御聖体を受け、御聖体が受けた侮蔑に対する償いをすることによってある特別の仕方で私の聖心の祝日として祝われることを望んでいる。私は、この敬意を私に払う人々、あるいは他の人々によって私にその敬意を払われるように同じことをする人々に私の聖心がその愛を豊かに授けることを約束する。」われらの主はまた、もしフランス王がわれらの主が要求なさったようにフランスを聖心に奉献しなかったならば[下されるであろう]懲罰について警告なさいました。その罰は聖マルガリタ・マリアへのわれらの主の1689年の啓示から精確に100年後に起こったフランス革命によってやって来ました。

  3. すべての出典を付した完全な報告書は Catholic Family News 、2005年2月号、ジョン・ヴェナリの「シスター・エレナ・アイエロの奇跡的な生活と預言」("The Miraculous Life and Prophecies of Sister Elena Aiello")において見られます。

2007/03/06 三上 茂 試訳

ファチマ・クルーセイダー、2006年冬号目次 へ

Heaven's Threat of Chistisement へ

ファチマ・クルーセイダー第84号目次 へ

トップページ へ

作成日:2007/03/06

最終更新日:2007/03/06

inserted by FC2 system