ファチマ・パースペクティヴズ

533号

教皇はなぜファチマへ行こうとされないのか?

2007/01/27

ジェームズ・W. バニスター、B.A., LL.B.

ますます奇妙なことである!カトリック・ニュース・エイジェンシー(CNA)に従えば、教皇ベネディクト十六世は三人の幻視者たちへのロザリオの聖母の御出現第90周年記念を祝うために2007年10月にファチマへは旅行なさらないであろう。

教皇の驚くべき不参加に対して与えられた理由は教皇が余りにもお忙しいということである!その通りである...教皇は優先的な諸々の約束を持っておられる!おお、その通りである、教皇は余りにも多くの約束をされたと思われる。そして今年なさろうとしている旅行の数を削らなければならなかったと思われる。

考えてみてください!キリストの代理者、世界における最も強力な方、その方が2007年のための御自分の予定表をお作りになったとき、- あるいは他の人々によって教皇のために立てられた予定表を考慮なさったときに - どういうわけか、二十世紀の最も驚くべき天からの啓示であるファチマについてお忘れになった、と。このようなことは可能なのか? !

それでは、教皇がポルトガル司教団によって数ヶ月前に延長された招待について思い出されたとき、ベネディクト教皇の非常な驚きを想像してごらんなさい。教皇がこう言われたと想像してごらんなさい。「おお、ごめんなさい、...私は忘れていました。私はこの10月は時間がないでしょう...それがなお9ヶ月先のことであるとしても。そして私はおそらく、もしあるしかるべき理由があったならば、時間を見つけることができるでしょう。しかし十分です。私は特使を派遣する積もりです。」われわれは、教皇がそのような説得力のない口実でもって退けられるほどに、ファチマについてそのようにほとんど考えておられないと理解すべきであろうか?

おそらく他のより深い、より暗い理由があるのであろう。私は、教皇は実際、反ファチマの諸勢力、ヴァチカンにおける - 「サタンの煙」- によって出席を妨げられておられるのだ、と考えている。彼らはベネディクト教皇が、ファチマのメッセージ、そして特に彼らの背教と公会議後の教会の悲しい状態について確かに語っている第三の秘密に注意を向けさせるどんなものをも、言ったりあるいはなさったりすることを望まないのである。

教皇が真実の第三の秘密 - 2000年6月にヴァチカンによって公表されたそれの部分だけでなく - をご覧になったということを忘れないようにしよう。教皇はその諸々の警告の真理を知っておられる。1984年11月11日に、彼はある公表されたインタビューの中で、それが「キリスト教徒の信仰と生活に、そしてそれゆえに世界に脅威を与える諸々の危険」に関わっていると言われた。そしてまた「終りの時代の重要性」にも関わっている、と言われた。

その後間もなく、彼が誰かある者 - おそらく今日もなおそこにいるヴァチカン自体の内部の強力な人々 - によって、彼の諸々のコメントをトーン・ダウンするように警告されたということが明らかとなった。ファチマについての彼の諸々のコメントを含んでいる6ヶ月後に出版された「ラッツィンガー・レポート」という書物のその部分は元のインタビューからはいちじるしく変えられていた。第三の秘密についての彼の陳述の多くは変えられるか、あるいはまったく取り除かれるか、していた。

明らかに誰かある者が彼は余りにも多くのことを言い過ぎたと考えたのである。それは誰であり得たであろうか?

1996年になる少し前にラッツィンガー枢機卿が「私はそのことについて十分に語ってきた...秘密は何ら新しいことを含んでいない。それは人類に対していかなる悲劇をも予告していない、黙示録的なものは何もなく、また信仰にとって本質的なものは何もない」と言ったとき、彼がわずか12年のうちにどれほど遠くまで来たか、ということは真に驚くべきことである。しかし彼は望み通りに来たのであろうか、それともファチマの秘密の主題に関する彼の以前の意見から180度の転換をするように他の人々によって押しつけられたのであろうか?

最後にラッツィンガー枢機卿とベルトーネ大司教がいわゆる第三の「秘密のテキスト」として2000年6月に提供したものに関するラッツィンガー枢機卿の神学的註釈を考察しよう。それを読むと人は枢機卿がファチマの意味と重要性について彼の考えを完全に変えられたと考えるであろう。しかし何故であろうか? 彼は強くこう言われる:「われわれはソダノ枢機卿と共に...ファチマの『秘密』の第三の部分がそれに言及している出来事は今や過去の部分と思われる、と主張しなければならない。」

そこであなたは言う。ラッツィンガー枢機卿は公式的なヴァチカンの党路線(釣り糸)を完全に呑み込まれた...単に釣り糸だけではなく、釣り針もおもりもまた、と。一つの古い諺がある。「もしあなたが事をうまく運びたいならば、協力しなさい。」

それは、ソダノ枢機卿に彼を受け入れ可能とする「大衆との協力」へのラッツィンガー枢機卿の同意であったのか? (ソダノ枢機卿はそのときまで教皇ヨハネ・パウロ二世の玉座の背後の真の権力であった。)ソダノ枢機卿と事をうまく運ぶことはラッツィンガー枢機卿がヨハネ・パウロ二世の後継者となるための体制側の選択となった仕方だったのか? これらはわれわれが決してその答を知ることができないであろう問いである。

明らかであることはラッツィンガー枢機卿が排他的なグループ in-crowd の支持でもって教皇に選出されたということである。このように彼は明らかに彼らの束縛のうちにおられ、そして再び向きを変えることがほとんどおできにならない。それゆえに、第三の秘密についての非常に的を射た諸々の質問に(特にアントニオ・ソッチによる新しい書物の光に照らして)答えなければならない90周年記念行事に出席なさるよりは、教皇は一人の寵臣を送られるであろう。何と悲しいことであろう。イエズスが言われたように、われわれは「教皇のためにたくさん祈ら」なければならない。

作成日:2007/01/31

最終更新日:2007/01/31

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