イエズスの聖心に対する信心と

聖マルガリタ・マリア・アラコック

聖マルガリタ・マリア・アラコックは1647年7月22日フランス、ブルゴーニュ地方のオートクールに生まれました。8歳のときに父を亡くしました。11歳から15歳までリューマチ熱で寝たきりでした。このとき、御聖体に対して熱烈な信心をしました。

1671年24歳のとき、彼女はパレ・ル・モニアルにある訪問童貞会に入会しました。1673年から1675年にかけて、彼女は主イエズス・キリスト御自身の御出現を受けました。 最初の御出現は1673年12月27日、洗礼者聖ヨハネの祝日でした。マルガリタが御聖体の前で祈りをしていたとき、イエズス御自身がその聖心を非常に感覚的、具体的な形で彼女にお示しになりました。それはイエズスの深い愛の目に見える形でした。イエズスは聖心をマルガリタに示しながら次のように言われました。

「私の神的な心は人々に対する愛、特にあなたに対する愛で燃え上がっているので、もはやその燃える愛の焔を内部に保っておくことができない。だから、滅びの深淵から人々を引き離すために必要な聖化と救いの貴重な恵みで彼らを豊かにするために、聖心があなたによって広められ、人々に明らかにされなければならない。すべてのことが私によってなされるために、私はこの偉大な計画の達成のために、価しない者、無知の極みとしてあなたを選んだのだ。」

1674年6月に、イエズスは再びマルガリタに御出現になり、毎月の最初の金曜日(初金曜日)の聖心に対する信心についてお示しになりました。

さらに、1675年6月16日キリストの聖体の祝日(Corpus Christi)に、キリストが祭壇の上でマルガリタに御出現になり、初金曜日の聖心の信心が実践され、人々の間に広められるようお求めになりました。彼女は上長の許可を得て、そのために尽力しました。そのとき、力になった人の一人にマリガリタの霊的指導司祭であったイエズス会士聖クロード・ド・ラ・コロンビエール(1641-1682;1929列福;1994列聖)がいました。彼自身も聖心の御出現を受けました。1688年にはパレ・ル・モニアルに聖心に奉献された聖堂が建てられました。聖心の信心はそれ以後急速に訪問童貞会の修道女やイエズス会の司祭たちによって広まり始めました。マルガリタは1690年10月17日に亡くなりました。主イエズス・キリストがマルガリタを通じて世界に与えられたこの聖心に対する信心は1765年教皇クレメンス十三世によって公式に認められました。彼女は1920年教皇ベネディクト十五世によって列聖されました。聖マルガリタ・マリア・アラコックの遺体は現在も腐敗を免れ、パレ・ル・モニアルの聖堂で皆の崇敬を受けています。

「聖心」(the Sacred Heart, Sacre Coeur)は神の御子であり、マリアの御子であるイエズス・キリストの肉体的、人間的な心臓ですが、受肉されたみことばの心として御父と聖霊と共に分かち合っておられる神的愛の象徴でもあります。

イエズスが聖心の信心をする人のために聖マルガリタ・マリアにされた12の約束

  1. 私は彼らの生活状態のために必要なすべての恵みを与える

  2. 私は彼らの家庭の中に平和を確立する

  3. 私はすべての困難において彼らを慰める

  4. 彼らは生涯の間、そして特に死の時に私の聖心のうちに確実な避難所を見出す

  5. 彼らのすべての企ての上に豊かな祝福を注ぐ

  6. 罪人は私の聖心のうちに無限の憐れみの源を見出す

  7. 生ぬるい霊魂は熱心になる

  8. 熱心な霊魂は速やかに大きな完成に達する

  9. 私は聖心の御像や御絵を掲げ尊敬する家庭を祝福する

  10. 私は司祭たちに最も頑なな心を感動させる力を与える

  11. この信心を広める人々は消されることなく私の聖心の中にその名前が書かれる

  12. 私の聖心のまったく強力な愛は九ヶ月の間続けて初金曜日に聖体拝領をするすべての人々に死のときの最後の痛悔の恵みを与える。彼らは私に嫌われて死んだり、秘蹟を受けることなく死んだりしない。私の聖心は彼らの最期において確実な避難所となる。

参考文献

  1. Uikipedia

  2. ウィキペディア

聖マルガリタ・マリア・アラコックの遺体

みこころネット

作成日:1999/11/19

改訂日:2016/05/24

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メール:mikami@ic.nanzan-u.ac.jp

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