ファチマ・ニュース

ファチマ、異教徒間の聖堂になるか?

--そこにいた者からの報告-->

ジョン・ヴェナリ

「種々さまざまの信条の聖域」という見出しの下に異宗教間会議について報告しているファチマの隔週誌「ノティシアス・デ・ファチマ」10月24日号のフロント・ページ。それが公式的に「異宗教間聖堂」と呼ばれようと、そうでなかろうと、ファチマにおいてエキュメニカルな方向づけが進行中であるということは一つの悲しい真実である。

2003年10月10日から12日まで、汎宗教会議が「人間の現在--神の将来:聖なるものへの関連における聖所の位置」という題でファチマで開催された。それはポルトガルのファチマ聖堂に隣接したパウロ六世司牧センターで開催された。私は会議を取材するためにファチマへ旅行し、三日間のイベントに参加した。それは私がこれまでに出会った最も明白な異端のあるものを含んでいた。

それは自らを一つの「科学的な」--それは北アメリカではそれに対してわれわれが用いるであろう言葉ではなかった--会議として記述していた。ここでわれわれはそれを一つの「学問的な」会議と名付けるであろう。いずれにせよ、その会議は宗教的な聖域--それがカトリック教徒であれ、仏教徒であれ、あるいはヒンドゥー教徒であれ、いずれの聖域も--の重要性を論じる現代の聖職者たちや神学者たちから成っていた。

最初の二日間は、レイリア・ファチマ司教D.セラフィム・デ・スーサ・フェレイラ・エ・シルヴァ、リスボン総大司教枢機卿ホセ・ダ・クルス・ポリカルポ、悪名高い「異教徒間神学者」ジャック・デュピュイ神父そしてポルトガルからの他のさまざまの哲学博士たちを含むカトリック者だけでなされた多くの講演を含んでいた。

日曜日には、ヴァチカン教皇立異宗教間対話委員会の長、ミヒャエル・J.フィッツジェラルド大司教が座長を務めたセッションにおいて世界の諸宗教の代表者たち--仏教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、正教会、アングリカンそしてカトリックを含む--が彼らの宗教的伝統における「聖域」の重要性を証言した。

後に、ポルトガルの新聞は、この会議の目的が一つの異宗派間の聖堂としてファチマを認めさせることであると発表した。その報道はポルトガルの教会当局によって依然として否定されており、フィッツジェラルド大司教によってただ気乗りしない仕方でのみ否定されている。しかしこの目撃証言の報告が証明するように、ファチマ聖堂におけるエキュメニカルな方向づけは、それが公式的に「異宗教間聖堂」と呼ばれようと、あるいはそうでなかろうと、今や進行中なのである。

フィッツジェラルド大司教が座長を務めた日曜日の朝の異宗教間セッション。ここで彼は仏教徒、ヒンドゥー教徒そしてイスラム教徒と共に坐っている。

エキュメニカルな会議

この会議のための「聖域」の主題は過去40年間流行している最小公分母エキュメニズムを反映している。それは種々さまざまの宗教における教義上の諸相違を軽視し、「われわれが共通に持っているもの」を強調する一つのアプローチである。

すべての諸宗教が共通に持っているものとは何であろうか? それらはすべてある種の「神」を信じている。それゆえ、われわれは一つのエキュメニカルなシンポジウムを組織し、「神」の種々さまざまの局面について話すことができる。すべての宗教は祈りを信じている。それゆえ、われわれは、皆が祈りについて「分かち合う」ことができるところで一つの汎宗教的集まりを持つことができる。すべての宗教は聖域を持っている。それゆえ、われわれは種々さまざまの宗教的伝統における聖域の重要性について話す場所で一つの異宗教間会議を開催することができる。このようにして、「聖域」は汎宗教的展望の内部で、ファチマにおける最近の会議の焦点であった。

これらの会議におけるタブーは、カトリック教会が神によって設立され意志された唯一の真の宗教であるという事実、そして他のすべての諸宗教は偽りでありその信徒たちが偽りの神々を信じる人間の作った組織であるとう事実の認識である。そのようなものとして、これらの宗教は第一戒:「われはなんじの神なる主、なんじわれの前に異国の神々を持つなかれ」に反する一つの客観的な大罪を構成する。仏教、ヒンドゥー教そしてイスラム教の偽りの神々は第一戒が人類の全てに礼拝することを禁じている「異国の神々」である。

このことはまたプロテスタンティズムについても当てはまる。なぜなら、プロテスタントたちは決して存在されたことのないキリストを信じているからである。彼らはすべての人間を教え、支配し、聖化する一つの教会を設立なさらなかったキリストを信じる。彼らは教皇制度を設立なさらなかったキリストを信じる。彼らは、われわれが御自分の聖なる御母マリアを尊敬することをお望みにならないキリストを信じる。(そしてわれわれはファチマのメッセージから、神が世界の中に聖母の汚れなき御心に対する信心を確立することをお望みになっているということを知っている。)彼らは救いのための恩寵の第一の手段としての七つの秘蹟を設立なさらなかったキリストを信じる。彼らはミサの聖なる犠牲を設立なさらなかったキリストを信じる。簡潔に言えば、プロテスタントたちは偽りのキリスト、すなわち、偽りの神を礼拝する。これが福者教皇ピオ九世がその1864年のシラバスにおいて「プロテスタンティズムは同じ真のキリスト教宗教の別の形態にほかならない」と信じることが誤りであると教えられた理由である。注1)

このように、客観的な秩序において、いかなる非カトリック者にとっても、いかに善意のものであったとしても、第一戒に従うことは不可能である。注2)われわれはかくしてトレント公会議がなぜ、カトリック信仰なしには「神を喜ばせることは不可能である」と不可謬的に語ったか、その理由を理解することができるのである。

この伝統的な真のカトリック教説はこれらの異宗教間の出来事において、そして一般にエキュメニカルな実践において放棄される。それとは対照的に、新しいエキュメニカルな神学はすべての諸宗教は「神の統治」の部分であり、そして「対話における同等なパートナー」であると言う。カトリック宗教は「真理の十全性」を所有しているであろうが、しかし他のすべての諸宗教は同じように神の計画の部部である。これは、特に、土曜日の午後の会議において話した近代主義神学者ジャック・デュピュイ神父の主張である。

ファチマ異宗教間会議「神の未来」のロゴ

金曜日のセッション

最初私は会議の公平な評価を与えることができるかどうか懐疑的であった。講演は私が話さないポルトガル語で行われた。会議は英語の同時通訳を用意した。しかし英語通訳者はそれほどうまくなかった。通訳をする一人の人間は実際的には価値がない。私は講演者のテキストから全パラグラフのうちの一つの文章の要約を彼から得ていたと言うことができるであろう。そしてその文章はそれほどわかりやすいものではなかった。幸いなことに最も重要な話のうち二つが英語で行われた。

私がポルトガルの話者たちから集めることができたことから見て、彼らは流行の新教会言語で一般的に「聖域」について話した。「聖域は純化と約束の祭壇である」、「快楽と権力 に直面する際の逃れ場」である。「聖域」は「聖性、受肉そして超越の探求」における「神秘」の部分である。話者たちがここで、それが聖母の聖堂であろうとあるいは異教的な寺院であろうと、すべての諸宗教の宗教的聖域に言及しているということに注意しなさい。

人は聖域についてのファチマ会議がファチマ聖域に関して少なくとも一つの講演を含んでいると考えるであろう。何もない。ファチマはただ付随的に、そしてまさにほんの時たま持ち出されただけである。ファチマのメッセージ、あるいはファチマの聖堂がどのようにして存在するようになったかの歴史さえ、何の注目も受けなかった。ロザリオ、汚れなき御心、地獄の幻視、5回の初土曜日、罪の償い、ファチマ・メッセージのすべての構成要素は全く言及されなかった。

金曜日に、われわれは「聖域の司牧的 / 科学的性質」を取り扱った講義を受けた。われわれはこう告げられた。「聖堂において起こることは運動する神の民の一表現である。」一人の教授は熱をこめて近代主義的なエドワード・シレベークス(Edward Schillebeeckx)の「救いの歴史は必ずしも啓示の歴史ではない」という風変わりな陳述を引用した。他の話し手はファチマ、メッカ、京都について、このようにキリストの真の教会を偽りの諸信条と同じ地平に置きながら、そしてファチマの聖母の真の啓示--7万人の人々の前で太陽の奇跡によって正しいと証明され出来事--を偽りの諸宗教のおとぎ話や迷信と同じ地平に置きながら、やつぎばやに話した。これは真の神をあざけるものであり、そしてファチマの聖母に対する一つの冒涜である。注3)

このファチマ会議においてジャック・デュピュイ神父は決定された教会の教義を公然と嘲笑する。

デュピュイ神父

すでに述べたように、最も重要な口頭発表のうちの二つは英語で行われた。土曜日の、エキュメニカルなジャック・デュピュイ神父と日曜日のミヒャエル・J. フィッツジェラルド大司教による短い講演である。私はこれらの講演を完全に理解した。そして言われたことによってぞっとさせられた。

何人かの読者が気づかれるであろうように、私はニュー・エヴァンジェリゼーション・セミナー、ロックン・ロール世界青年の日、金切り声をあげるカリスマの集いそしてユダヤ・カトリック対話の夕べを含むこれら多くの公会議後の諸会議を取材してきた。注4)しかしこれらのイベントで私がこれまでに聞いたも最も明白な異端は、ファチマの聖母が御出現になった場所からほんの数百ヤードの場所で、ベルギーのイエズス会士ジャック・デュピュイ神父の口から出たものである。

ジャック・デュピュイ神父は1941年にイエズス会に入った進歩主義的、エキュメニカルな神学者である。この会議において彼はすべての諸宗教は神によって積極的に意志されているという彼の主張を展開した。彼はわれわれに、われわれは「非キリスト者」として他の諸宗教に言及するべきではない、告げた。なぜなら、これは「われわれが彼らはそうではないと考えるものによって」彼らを記述する一つの否定的な用語だからである。むしろわれわれは「他者」として彼らに言及すべきである、と彼は言った。

彼は、ただ唯一の真の教会だけが存在するのであって、その外ではいかなる救いもないという真理を、この教えが三度も不可謬的に決定された事実にもかかわらず、けなすのである。「教会の外にはいかなる救いもない」という最も強力で明白な決定はフィレンツェの公会議から信仰によって de fide 宣言された。

いとも聖なるローマ教会はカトリック教会の外部にいる者は、単に異教徒だけでなく、またユダヤ教徒、異端者、そして分離主義者も永遠の生命に与る者であることはできず、死の前に彼らがカトリック教会に加えられないかぎり、「悪魔とその使いたちのために用意されている」(マテオ25:41)永遠の火に入るということ、そしてこの教会の身体の一致は非常に重要であるので、この一致の内部にとどまる人々だけが教会の諸々の秘蹟から救いへの利益を受けることができるということ、また彼らだけが彼らの断食、慈善的行為そしてキリスト教的信心の他の働きやキリスト教的兵士の諸義務のゆえに永遠の報いを受けることができるということを堅く信じ、公言しそして説く。たとえ彼の慈善がどれほど大きなものであろうと、たとえ彼がキリストの名のために自分の血を注ぎ出すとしても、もしカトリック教会の胸の中、一致の内部に住んでいないならば、誰一人救われることはできない。」注5)

カトリック教徒が知っているように、キリストによって建てられた教会--カトリック教会--が一つの荘厳な de fide 信仰についての宣言を教えるときにはいつでも、それは決定されたその教説が神によって啓示された一つの真理であるということを不可謬的に述べているのである。「誰も欺くことはできないし、また欺かれることもできない。」カトリック教徒は救いのためにこれらの決定された真理のすべてを信じなければならない。教会の一つの不可謬的な教義を否定することは、神に神がわれわれに啓示なさったことが真ではないと言って、神を嘘つきと呼ぶことである。注6)

この啓示された真理に忠実な聖ルイ・ド・モンフォール(Saint Louis de Monfort)は「カトリック教会の外部ではいかなる救いもない。この真理に抵抗する者は誰であれ滅ぶ」注7)と教えている。同じように教会博士、聖アルフォンス・リグオリ(Alphonsus Liguori)は「聖なる、ローマの、カトリックの(普遍的な)、そして使徒的な教会は唯一の真の教会であり、その教会の囲いの外では誰も救われることはできない」と再び断言している。注8)

にもかかわらず、デュピュイ神父は最近のファチマ会議でこの決定された真理に、そして教会の諸聖人や諸博士の教えに公然と軽蔑を浴びせた。デュピュイ神父は嫌悪をこめて言った。「1442年のフィレンツェ公会議からここであの身の毛のよだつようなテキストを引き合いに出す必要はない。」私は自分自身の耳でこれを聞いた。そしてそれをテープに録音した。

このように、デュピュイ神父はカトリック教会の不可謬的な決定が悪い、そして神の啓示は一つの嘘であると聴衆に告げたのである。

これはこれらの公会議後の諸会議の一つで私がかつて出会った最も明白な異端である。普通話し手は彼らが否定する教義のまわりを飛び跳ねるのであるが、しかしデュピュイ神父はそうではない。そうではなくて、彼は一つの決定されたカトリックの教説が拒否されなければならない「身の毛のよだつようなテキスト」であると公然と言うのである。

ところで、会議に出席していた人々はデュピュイ神父の図太さにどのように反応したのであろうか? 彼の話の最後に大きな拍手をもって反応したのである。

最も心配になることは、その部屋にはデュピュイ神父の背教に皆わくわくした、ポルトガル教会当局の「高級将校」[高位聖職者]がいたということである。

私のすぐ左側にデュピュイ神父の話に拍手したファチマ聖堂レクトールのモンシニョール・ルチアーノ・ゲッラがいた。(私はこれをフィルムに撮った。下の写真を見なさい。)私のすぐ右側にはポルトガル教皇使節、すなわち、ポルトガルへの教皇の代理者が坐っていた。彼もまたデュピュイ神父に拍手した。拍手に加わっていたのは、レイリア・ファチマのD. セラフィム・デ・スーサ・フェレイラ・エ・シルヴァ司教だった。彼は今でも自分の司教区でトリエントミサの「許可証」を出すのを拒否している。

デュピュイ神父の異端に拍手するファチマ聖堂レクトール、モンシニョール・ルチアーノ・ゲッラ

拍手の間、私は自分の席からリスボンの枢機卿総大司教を見ることができなかった。しかし、彼がデュピュイ神父のエキュメニカルな主張に同意していることは確かである。同じ日、後ほど若い伝統的なカトリック教徒のある小さなグループが新しい異宗教間の方向づけについて枢機卿に質問した。一人の青年が枢機卿にシスター・ルチアの「ファチマ・メッセージからの呼びかけ」という書物からの一節を引用した。そこでは、彼女は第一戒について忠実に説明していた。枢機卿は答えた。「シスター・ルチアはもはや参照の重点ではない、なぜならわれわれは第二ヴァチカン公会議のうちにそのようなよう参照を持っているからだ」と。注9)換言すれば、枢機卿は第二ヴァチカン公会議の新しいエキュメニカルな教えが、シスター・ルチアの著述において反映されているような、偽りの神々の礼拝を禁じている第一戒についての伝統的なカトリックの教えを凌いでいるのだと言うのである。

何年もの間、心配したカトリック教徒はファチマが今や控えめに扱われ覆い隠されている理由は新しいエキュメニカルな第二ヴァチカン公会議の宗教がそれに取って代わったからだと言ってきた。注10)私は枢機卿があらゆる見せかけを放棄して、この不名誉を率直に認めたことを喜んでいる。それは現在のエキュメニカルな教会当局者がファチマはほとんど重要ではないと誤って考えているのはなぜか、その理由を説明しているからである。

会議において、デュピュイ神父はまた対話の目的は非カトリック者を回心させることではなくて、むしろ「キリスト者がよりよいキリスト者になり、そしてヒンドゥー教徒がよりよりヒンドゥー教徒になる」ことを助けることであるとも言った。

デュピュイ神父はさらに「キリスト者と『他の人々』は歴史における神の統治の仲間(co-members)である」と講義した。彼はまた「聖霊はヒンドゥー教の、あるいは仏教の聖なる書物のうちに現存し、働いておられる。聖霊はヒンドゥー教の聖なる儀式のうちに現存しておられ働いておられる」とも言った。このように、デュピュイ神父に従えば、聖霊は偽りの諸宗教の「聖なる儀式」や「聖なる書物」のうちに活動しておられ現前しておられる。ある著名なエキュメニカルなカトリック者がコーランに接吻したことに驚くことはないのだ。

デュピュイ神父の背教的な講義のより詳細な説明は次号に現れるであろう。今のところ、私は会議の代表者たち--リスボンの枢機卿、ファチマの司教、そしてファチマ聖堂のレクトールを含む--がデュピュイ神父をすばらしいと拍手したことを再び強調しておきたい。もっと悪いことには、次の日、異宗教間対話のためヴァチカン教皇立委員会の長、ミヒャエル・フィッツジェラルド大司教が「デュピュイ神父は昨日他の諸宗教の人々との関係の確立についての神学的な基礎を説明した」と会議に告げたことである。換言すれば、フィッツジェラルド大司教はデュピュイ神父の諸々の異端を賞讃したのである。

フィッツジェラルド大司教はさらに、「神との一致は教会に属する人々に制限されない」ということでデュピュイ神父に自分は同意すると言った。教会は、この新しい一致に従えば、人を改宗させるべきではない。また対話の目的は「他の者」をカトリシズムへ「回心させる」ことでもない。これは無意味なことである、なぜなら、すべての諸宗教の成員は、デュピュイ神父に従えば、すでに「神の統治」の部分であるからである。むしろ、「教会」は「他の人々のうちにある聖性を認め、異なった諸宗教のうちにある真理の諸要素、恩寵と美とを認めるために」そして「他の諸宗教の人々の間により大きな平和と調和をもたらすために、そこに存在する」とフィッツジェラルド大司教は言う。おそらく、この会議は「ファチマはアクエリアスの時代に出会う」とでも呼ばれるべきであろう。

フィッツジェラルド大司教

カトリック真理対新宗教

カトリック信仰の基礎的な知識を持っている者は誰でも、このファチマ会議で促進されている異教徒間宗教がカトリックの教えに反するものであり、そして神の前での一つの冒涜であるということを知っている。上述したように、トレント公会議はカトリック信仰なしには「神を喜ばせることは不可能である」注11)と不可謬的に決定した。カトリック教会はまた三回も 座から」ex cathedra 一つの真のキリスト教会、カトリック教会があり、その外部ではいかなる救いもないと決定した。注12)そして第一ヴァチカン公会議が教えているように、教皇でさえ、決定された教義を変えることはできない。さもなければ、教義の真理は決して真ではなかった[ことになる]からである。注13)

福者教皇ピオ十一世は彼の時代の増大する「リベラル・カトリシズム」と戦うと同時に「カトリック教会の外部ではいかなる救いもない」という真理を何度も繰り返された。彼はこう言われた:

誤謬のうちに生活し、真の信仰を持っておらず、カトリックの一致から分離されている人々が永遠の生命を得るであろうという意見を持っているかなりのカトリック教徒によって吸収されてきたあの最も有害な誤謬にわれわれは言及し、再びそれを断罪しなければならない。ところで、この意見は、われらの主の明白な言葉(マテオ18:17;マルコ16:16;ルカ10:16;ヨハネ)また、聖パウロの言葉(2テモテ3:11)および聖ペトロの言葉(2ペトロ2:1)からも明らかであるように、カトリック信仰に最も反するものである。このカトリック信仰に反する意見を心に抱くことは不敬な悪党であることである。」注14)

教皇レオ十三世は同じ教説を詳しく述べながら、こう教えられた。「誰も神に当然与えられるべき奉仕において怠慢であることは許されないから、...われわれはそれが神の御意志であると神がお示しになった仕方で神を礼拝する絶対的な義務を負わされている。...それがただ真剣なそして偏見のない精神をもって探求されるならば、どれが真の宗教であるかを見つけることは困難ではあり得ない。なぜなら、諸々の証拠がたくさんあり、そして際だっているからである。...これらすべて[の証拠]から唯一の真の宗教はイエズス・キリスト御自身によって建てられ、そしてキリストが守り、広めるように御自分の教会に委ねられた教会であるということは明らかである。」注15)

同じように、教皇ピオ十二世はこの教説を祝せられたおとめに対する祈りの文脈の中で再び述べられた。

「おお、慈しみの母にして知恵の海であるマリアよ!無知と罪の暗闇に包まれた諸々の精神を照らし給え。彼らが、その外部では聖性もまたいかなる救いも見出され得ない聖、普遍、使徒的なローマ教会がイエズス・キリストの唯一の真の教会であるということを明白に認めますように。」注16)

これらの典拠から、そして教導職の他の無数の教えから、神によって積極的に意志された唯一の宗教、その中に「聖性と救いが見出され得る」唯一の宗教は、キリストによって建てられた聖なるカトリック教会であるということは明らかである。

聖書は同じように、偽りの諸宗教は神に喜ばれるものではない、そしてわれわれが「他の人々」に示すことができる最大の愛徳はキリストの唯一の真の教会への彼らの回心のために働き、祈ることである、と不可謬的に教えている。われらの主は御自分の弟子たちに「行って教えなさい」とお命じになったのであって、「行って対話しなさい」とはお命じにならなかった。主は仰った。「行け、諸国の民に教え、聖父と聖子と聖霊の名によって洗礼を授けよ」(マテオ28:19)「信じて洗礼を受ける者は救われ、信じない者は滅ぼされる」(マルコ15[ママ]:16)と。

われらの主が語られた「信仰」は何らかの宗教における一つの曖昧な信念を意味するのではなくて、われらの主への明白な信仰そして主が教え給うたすべてのことへの信仰を意味するのである。これが愛の使徒聖ヨハネが「偽り者はだれか。イエズスがキリストであることを否定する者ではないか。御父とみ子を否む者、それこそ反キリストである」(1ヨハネ2:22)と言った理由である。このように、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教、仏教、キリストを否むどんな宗教も、聖書に従えば、一つの反キリスト宗教である。異端的な諸宗教、例えば「正教会」やプロテスタンティズム、に関して、聖パウロはわれわれに、偽りの諸信条は「悪魔の教え」(ティモテ4:1)であると告げている。

デュピュイ神父の考えとは反対に、「悪魔の教え」である反キリスト諸宗教と異端者たちの偽りの信条はことによると神によって望まれることはあり得ないし、またそれらの成員たちは「神の統治」の部分であると考えられることはできない。

このように、「神の統治」という一つの異端的な概念においてカトリック教徒を偽りの諸宗教の成員たちと一致させようと努める一つの新しい「エキュメニカルな一致」は存在しえない。教皇ピオ十一世はエキュメニズムに反対するその1928年回勅「モルタリウム・アニモス」においてこう教えられた。「一致はただ、一つの教導する権威、信仰の一つの法、キリスト者の一つの信仰からのみ生じることができる」と。教皇ピオ十二世はその1949年の「エキュメニカル運動に関する教え」において「真の再統一はただキリストの唯一の真の教会(カトリック教会)への離反者たちの帰還によってのみ起こり得る」注17)と教えられた。

しかし今のところは異教徒間異端は時を支配し、その次のいけにえとしてファチマにある聖堂を奪おうと構えている。

ファチマ聖堂レクトール、モンシニョール・ゲッラは左側に坐っている。彼の側に立っているのはレイリア・ファチマ司教D.セラフィム・デ・スーサ・フェレイラ・エ・シルヴァ。

ファチマ:異教徒間聖堂か?

その時には、私は世俗の新聞および宗教的な新聞にはこの「神の未来」会議の報道を何も見なかった。しかしながら、2週間後にポルトガル・ニュースの11月1日オン・ライン版が「ファチマ、異教徒間聖堂となる」という表題の記事を英語で発表した。その記事は「神の未来」に参加している代表者たちがファチマにおいて10月中に[会を]開催し、「どのようにすれば[ファチマ]聖堂が、世界の諸宗教のすべてが彼らのさまざまの神々に敬意を払うために集まる一つのセンターへと発展させられるかを聞いた」と述べた。

その報道は、その会議でファチマは「よりよいものに変わるであろう」と述べている[ファチマ]聖堂レクトール、モンシニョール・ゲッラの言葉を引用した。ポルトガル・ニュースはさらにモンシニョール・ゲッラの次の言葉を引用した。「ファチマの未来、あるいはこの聖なる聖堂における神とその御母の礼拝は、そこで異なった諸宗教が混じり合うことができる一つの聖堂の創造を経験しなければならない。ポルトガルにおける、そしてカトリック教会における諸宗教間対話はまだ一つの初期段階にあるが、しかしファチマの聖堂はこの事実に無関心ではない。そしてすでに使命の一つの普遍的な場所であることに対して開かれている。」

ポルトガル・ニュースは言った。「モンシニョール・ゲッラは、ファチマは一人のイスラム教徒の、そしてモハメッドの娘の名前であるとうまさにこの事実は、[ファチマ]聖堂が種々さまざまの信仰と信念の共存に対して開かれていなければならないということを示すものであると指摘した。モンシニョールによれば、『従って、これがこのようになるということは祝せられたおとめマリアの意志であるとわれわれは考えなければならない。』会議に反対している伝統的なカトリック教徒はモンシニョールによって『時代遅れの、了見の狭い、狂信的な過激論者、挑発者だと評された。』」注18)

ところで、私はモンシニョール・ゲッラが会議でこれらの陳述をするのを聞かなかったので、この点に関してポルトガル・ニュースを引用した。おそらく、ポルトガル語からのまずくなされた同時通訳のために私はそれを聞き損なったのだ。あるいはおそらく彼はそれを会議でインタビューを行っていたさまざまのジャーナリストたちの一人に話したのだ。それにもかかわらず、異教徒間方向づけへと自らを開くファチマ聖堂という考え方は週末を通じて、特にさまざまの宗教のメンバーたちが彼らの宗教的伝統における「聖域」の重要性について証言を行った日曜日に、私が聞いたすべてのことと一致している。

この日曜日のセッションの代表者たちは、日本にある善光寺という仏教寺院へ訪問するよう私たちを招いた、そしてわれわれひとりひとりに善光寺の色刷りのパンフレットを配りさえした一人の仏教徒と同様に、カトリック、正教会、アングリカン、ヒンドゥー、イスラムの人々を含んでいた。

しかし、カトリック者の証言は最もやっかいなものであることを立証した。そしておそらくわれわれが間もなくファチマで見るかもしれないものの一つの兆しであった。

インド、ヴァイランカンニ(Vailankanni)にあるマリア聖堂バシリカのレクトール、アルル・イルダヤム(Arul Irudayam)神父は最初に、聖母がそこに御出現になったこの聖堂の歴史についてみごとに話した。その聖堂は一年に多くのヒンドゥー教徒を含む数百万の巡礼者たちを迎えている。

イルダヤム神父は次に、異宗教間実践のさらなる発展として、ヒンドゥー教徒たちが今や教会の中で彼らの宗教的な諸々の儀式を執り行っていることを喜んだ。

もちろん、代表者たちはカトリック教会が異教徒の礼拝のために用いられているということを聞いてわくわくさせられた。しかし私はぞっとさせられた。聖書は「異教徒たちの神々は悪魔である」(詩編95:5)と明白に教えている。そしてヒンドゥー教の神々が悪魔であるという真理はすべての時代の最も偉大な宣教師の一人、聖フランシスコ・ザビエルによって確証された。

一人の仏教徒は仏教寺院、善光寺を訪問するよう私たちを招くパンフレットを会議で皆に配った。

宣教活動に奉仕している間に、聖フランシスコ・ザビエルは彼の小さな生徒たちに特別な喜びを見出した。彼はこれらの幼い生徒たちが彼らの信仰に対する深い愛着と祈りを学びまたそれを他の人々に教える大いなる熱意を示したことに感銘を受けた。幼い生徒たちは「また異教徒たちの偶像崇拝の諸儀式に対する」、換言すればヒンドゥー教の諸儀式に対する、大きな嫌悪感を持っていた。生徒たちはしばしば「彼らの両親が異教の儀式に参加ならば、両親を非難した。そしてそのことについて司祭に話しに来た。」

聖フランシスコ・ザビエルが「村の外で誰かある者が偶像崇拝の儀式を行っていたとき、彼はすべての子供たちを集めた。--そしてこのことは、彼が訪問した他の村においても彼が後にしたことであった--。そして彼は子どもたちと一緒に偶像がたてられた場所まで行った。彼の生徒たちは悪魔どもの粘土製の像を粉々にし、唾を吐きかけ、足で踏みつけた。」聖フランシスコ・ザビエルの伝記作者はこれらの子どもたちが「このようにして、彼らの両親たちが悪魔に敬意を示したより以上の大きな侮辱を悪魔に与えた」と説明している。注19)

この出来事がたとえエキュメニカルな聖職者たちに悲鳴をあげさせて雪の吹き溜まりの中へ送り込むとしても、聖フランシスコ・ザビエルが「異教徒の神々」すなわち、ヒンドゥー教の「神々」「は悪魔である」と正しく認めたのである。しかしながら、今、「悪魔ども」がインドにおけるヴァイラカンニ聖母聖堂において礼拝されているのである。ファチマ聖堂レクトールは、すべての会議の代表者たちが拍手したのと同じように、インドの司祭がカトリックの聖域でのヒンドゥー教の儀式のことを話したその講演に拍手喝采した。

もしカトリック教徒たちが団結して抗議しないならば、ファチマにおいてこのような冒涜が起こることは単に時間の問題であると結論するのが公平である。特に、4000万ユーロの新しいファチマ聖堂を建設する計画が進行中なのであるから。

ポルトガル・ニュースは「ファチマ聖堂は1921年に建設された今あるバシリカの近くに建設される一つの新しいスタジアムのようなバシリカをもつ一つの完全な再建をまさに経験しようとしている」注20)と報じた。提案された建物の写真は以下のような姿である。それは未来派的な宇宙船ハンガーのように見える一つのぞっとする現代的怪物である。

上の写真はポルトガルの現代主義的教会当局者がファチマに建設することを計画しているぞっとする4000万ユーロの「聖堂」である。

曖昧な否定

ファチマの「異教徒間聖堂」のニュースは大騒ぎを引き起こした。そして間もなくヴァチカンのミヒャエル・フィッツジェラルド大司教が生半可な「否認の申し立て」を出した。11月9日にあるカトリックのウェッブ・サイトが「ヴァチカン、ファチマ報道を鎮める」という誤解を招きやすい見出しを出した。しかしヴァチカンはその種のことを何もしなかった。その報道はただ、イギリスのカトリック・ジャーナル「ザ・ユニヴァース」のフィッツジェラルド大司教からの引用を含んでいただけである。ここで大司教は単にこう言った。「ファチマ聖域が一つの異教徒間巡礼センターとなることについては何の問題もない。...ここは聖母を中心とした祈りの場であり、だれでも歓迎される。」

大司教が会議のエキュメニカルな方向づけ全体を一度も否定しなかったこと、またファチマ聖堂の新しい方向づけを否定しなかったことに注目しなさい。ここで彼は単に聖堂がそれ自体、「異教徒間巡礼センター」ではないであろうと言ったに過ぎない。しかしそれが公式に「異教徒間聖堂」と呼ばれようと、あるいはそうでなかろうと、2003年10月のファチマ会議によって明らかに示されたように、ファチマ聖堂が今や異教徒間諸活動に対して開かれているということは疑いを差し挟む余地のないことである。そしてフィッツジェラルド大司教は確かに、彼と彼の仲間たちがこの会議で奨励した諸々の異端を拒否しなかったのである。

事実、われわれはファチマ聖堂と友好的であるファチマの地方週間新聞ノティシアス・デ・ファチマの一通のコピーを最近受け取った。その2003年10月24日版において、それは「さまざまの信条の聖堂」(この記事の冒頭の写真を見よ)の見出しの下に異教徒間の出来事について報道した。そのフロント・ページは「ファチマの未来はそこで異なった諸宗教が混じり合うことができる一つの聖堂の創造を経験しなければならない」という見出しを呼び物にした。同じ号の8ページは「聖域は宗教的多元主義へ開かれる」という見出しが掲げられており、その副見出しが「ファチマ聖堂は異なった諸宗教に対して一つの万人救済主義的、歓迎的使命を引き受ける」と続けられる。ノティシアス・デ・ファチマは次に聖堂レクトール、モンシニョール・ゲッラの異教徒間の目標を引用する:「宗教的多元主義の--またファチマにおける--共存のこの提案はまだ萌芽的なものである。それは第一段階である。われわれは、将来われわれがそれらを信頼できるかどうかを見るために橋の構造を検討することによって始めるポルトガルにおける技術者のようなものである」とモンシニョール・ゲッラは言った。

この記事についてもそうであるように、ほとんどこのノティシアス・デ・ファチマ報道の公表の後一ヶ月がたった。そしてモンシニョール・ゲッラはこれらの言葉をまだ否定あるいは撤回していない。それが「神の未来」会議で吹聴されるのを私が聞いた同じ汎宗教的ナンセンスであるように、彼はおそらく否定あるいは撤回しないであろう。

それゆえ、ファチマは今や、たとえそれが一つの「異教徒間センター」と正式には明示されないとしても、エキュメニカルな方向づけ、偽りの諸宗教への「橋を建設すること」へと乗り出すのである。インドのヴァイランカンニにあるバシリカが公式には「異教徒間」聖堂とは呼ばれず、「マリア聖堂」(「...誰もが歓迎される聖母を中心とした祈りの場」)と呼ばれていることに注目しなさい。しかし、エキュメニズムの名においてヒンドゥー教徒たちはバシリカの中で彼らの異教的諸儀式を執り行うことを許されているのである。そしてもし、聖堂レクトール、モンシニョール・ゲッラを含むポルトガル教会当局がエキュメニカルな方向づけを受け入れ、そしてすべての諸宗教のメンバーは「神の統治」の部分であるというデュピュイの異端に拍手を送るならば、たとえそれが公式には「異教徒間」センターと呼ばれないとしても、異教徒間宗教的諸儀式がファチマ聖堂で行われるであろうことは不可避である。偽りの諸宗教のメンバーたちがすでに聖堂に招待されたのであり、そして彼らは「神の統治」の部分である、そして救いのためにカトリック信仰へと回心する必要はないと告げられたのである。このように、言うも悲しいことであるが、ファチマは、それが公式的にそう呼ばれようが、そうでなかろうが、すでに一つの「異教徒間センター」として使用されてしまったのである。

ファチマにおける聖母御出現の場の神聖冒涜を前にして、一つの世界的な抗議に取りかからなければならない。現在のレクトールが解任され、そしてファチマのエキュメニカルな宗教の侵入が止むまでポルトガルのファチマ聖堂への献金は絶対になされるべきではない。新しい聖堂は、もし完成されるならば、ひどく醜い現代建築に映された外部からの醜さ、そして未来派的な内装においてのみならず、また聖母の御出現によって聖化されたまさにその場所、太陽の奇跡が起こったまさにその場所、そして無数の巡礼者たちが癒され回心したまさにその場所において起こることが許されるであろう異教的な諸儀式においても、内面における醜さを露呈するであろう。

会議での土曜日の午後

懲罰

新しいエキュメニカルな宗教は、それが非カトリック者に彼らの偽りの宗教の暗闇にとどまるように告げるので、無数の霊魂たちの救いを脅かす。それはまた一つの大きな懲罰をもたらす脅威を与える。

20世紀に傑出したヨーロッパの教会人であったメルシエ枢機卿は諸教皇の一貫した教えを引き合いに出しながら、第一次世界大戦は(ファチマ会議で奨励されたエキュメニカルな宗教がそうしているのと同じように)実際一つの真の宗教を偽りの諸信条と同じ地平に置く諸国民の罪に対する一つのであると述べた。メルシエ枢機卿はこう言った。

「福音の名において、そして最後の四人の教皇、グレゴリオ十六世、ピオ九世、レオ十三世そしてピオ十一世の諸回勅の光に照らして、私は神的起源の宗教と、同じ懐疑論の中に彼らを閉じこめるために人間によって発明された諸宗教とを同じ地平に置く諸宗教に対するこの無頓着は、諸個人および諸家庭の罪よりももっと多く社会に懲罰を呼び下ろす冒涜であると主張することを躊躇しない。」注21)

そこでカトリック教会人たちが一つの真の宗教を偽りの諸宗教や異教的な諸信条と「等しいパートナー」として置く「諸宗教の平和と調和」をもたらそうとするこの新しい試みについてメルシエ枢機卿、そして彼によって引用された諸教皇は何と言うであろうか? この「社会に懲罰を呼び下ろす冒涜」に神はどのように反応なさるであろうか? 聖母の現前によって聖化されたファチマの土地、そして聖母に奉献された聖堂がカトリックの指導者たちによって偽りの神々の礼拝で神聖冒涜されることを許されるとき、どのような種類の罰を神は下そうとされるであろうか? このことに直面してカトリック教徒はのんきにしていてはならない。

何にもまして気がかりなことに、ファチマ会議で吹聴された新しいエキュメニカルな宗教は実際にフリーメーソンの宗教なのである。フランスのフリーメーソン、イーヴ・マルソドン(Yves Marsoudon)は満足げにこう書いた。

「エキュメニズムはフリーメーソンの嫡子であると言うことができる。...われわれの時代に、われわれの兄弟フランクリン・ルーズベルト(Franklin Roosevelt)は彼らのすべてのために「彼らの諸原理と彼らの諸確信に従って神を崇拝する」可能性を主張した。これは寛容であり、そしてそれはまたエキュメニズムである。われわれ伝統的なフリーメーソンは一人の有名な政治家のこの言を、それを諸条件に適合させながら、次のように言い換え、また置き換えることができる。すなわち、カトリック教徒、正教会信徒、プロテスタント、ユダヤ教徒、イスラム教徒、ヒンドゥー教徒、仏教徒、自由思想家、自由信仰者たち、これらはわれわれにとって単なるファーストネームでしかない。フリーメーソンがわれわれの家族の名前である。」注22)

このフリーメーソン的宗教が今やファチマで奨励されているのである。私はそれが穏やかに話すジャック・デュピュイ神父の口から出てくるのを聞いた。しかしデュピュイの言葉は砂糖でまぶした黄泉の国からのフリーメーソンの教えであった。フリーメーソンについて「彼らの神は悪魔である」と正しく言ったのは教皇ピオ八世であった。注23)

しかし神に奉献された霊魂たちが悪魔の力の下に入ったということはわれわれを驚かせないであろう。シスター・ルチアは40年以上前にそれを予告した。

報道機関によってインタビューを受けるリスボンのホセ・ダ・クルス・ポリカルポ枢機卿総大司教。

ルチアの警告

フエンテス(Fuentes)神父との1957年のインタビューの中でシスター・ルチアは預言的な警告をした。

「神父様、悪魔は祝せられたおとめに対する一つの決定的な戦いにまさに参加しようとしています。そして悪魔は何が最も神に背くことであるか、そしてどれが自分のために最も多くの霊魂たちを短期間で獲得するかを知っています。このように、悪魔は神に奉献された霊魂たちを制覇するためにあらゆることをします。なぜなら、この仕方で悪魔は信徒たちの霊魂が彼らの指導者たちによって放棄されたままにすることに成功するでしょう。そのことによってますます容易に悪魔は彼らをとりこにするでしょう。」

シスター・ルチアは続ける。

「マリアの汚れなき御心とイエズスの聖心を苦しめることは修道者や司祭の霊魂の堕落です。悪魔は彼らの美しい使命から脱落する修道者や司祭たちが無数の霊魂を地獄へ引きずり落とすことを知っています。...悪魔は[神に]奉献された霊魂を手に入れようと望んでいます。悪魔は平信徒の霊魂を眠り込ませ、そのことによって彼らを最終的に悔い改めない者にするように努めています。...」注24)

シスター・ルチアの預言的な言葉は汎宗教的ファチマ会議でのれわれの眼の前に明らかにされる。ここでわれわれは悪魔が神に奉献されている「霊魂たちを制覇する」のを見る。われわれはカトリック信仰の諸真理を教える「彼らの美しい使命から脱落した」そして彼らの正道を踏み外したエキュメニカルな教えによって「多くの霊魂たちを地獄へ引きずり落とす」司祭たち、修道者たち、司教たちを見る。

リスボンの枢機卿、ファチマの司教、そして聖堂レクトールは皆彼らの叙階のときに近代主義に反対する誓約をした。注25)神の前での誓約は一つの神聖な行為である。そしてそのような誓約を裏切ることは「なんじの神たる主の名をみだりに呼ぶなかれ」という第二戒に反する大罪である。しかし、ファチマ会議での彼らは昨日のカトリックの諸真理は今日のカトリックの「諸真理」であってはならないと主張する一つの新しい近代主義者の宗教を促進することによってこの誓約を裏切った。モンシニョール・フェントンが数十年前に指摘したように、近代主義に反対する誓約をした後に、「近代主義者の教えを教えた人、あるいはその普及あるいは援護において何らかの仕方で援助した人は単にカトリック信仰に反する罪人としてだけではなく、またありふれた偽証者としても特徴づけられるであろう。」注26

われわれは、ジャック・デュピュイ神父、リスボンのホセ・ダ・クルス・ポリカルポ枢機卿、ファチマ・レイリアのセラフィム・デ・スーサ・フェレイラ・エ・シルヴァ司教、そしてファチマ聖堂レクトール、モンシニョール・ゲッラが近代主義を促進した、そしてそれゆえにカトリック信仰に反する罪人であり、またありふれた偽証者であると結論することができる。われわれの祝せられた御母が御出現になったポルトガルの地においてこれらの人々が権威を保持するということは神と正義に反する一つの罪である

1990年代半ばに、あるメキシコのラジオ局でグアダルーペ聖堂のレクトールがグアダルーペの聖母がテペヤックの丘で御出現になったという真理を否定した。メキシコの人々は激怒した。そしてその図太さに対して抗議した。一年以内に、その聖堂レクトールは去った。注27)同じことがファチマでもなされなければならない。

世界中のカトリック教徒はカトリック信仰と神の御母に反する侮辱が許されたこと、そしてこれからも許されること、永続させられることに対して一致して抗議しなければならない。

われわれはまたイエズス・キリストの唯一の真の教会に反して話された冒涜のための償いの祈りにおいて一致しなければならない。キリストの御母は人類のために一つのメッセージをもってファチマに来られた。その御母が今高い地位にある教会人たちによって、そして特にポルトガルの現在の教会当局の人々によって裏切られたのである。

汎宗教会議が開催されたファチマ聖堂の近くにあるパウロ六世司牧センター

1) Pope Pius IX, Syllabus of Errors, 1864, Condemned Proposition #18. Popes Against Modern Errors: 16 Papal Documents,(Rockford: Tan, 1999), p. 30.

2)1944年に著名な神学者、フランシス・コネル(Francis Connell)神父は諸教皇の一貫した教えに基づいて、カトリック教徒に、彼らが非カトリック者にその偽りの宗教にとどまるならば、魂を失う非常に大きな危険のなかにいるのだとつげる愛徳の義務を持っていることを思い起こさせた。彼はこう言った。「カトリック宗教の排他性を最小限にするどころか、人々が、機会があるばあいにはいつでも、躊躇せずに教えられるべきである。そして非カトリック者にわれわれが彼らを、彼らの意図がどれだけ立派なものであっても、救いの通常の手段を奪われている者と考えていることを知らせなければならない。」引用はFather Francis Connell, C.Ss.R., "Communication with Non-Catholics in Sacred Rites, American Ecclesiastical Review, Sept., 1944.から。

3)ファチマの聖母はこれらの偽りの諸宗教の結果である、聖母の汚れなき御心に対する諸々の冒涜の償いのための5回の初土曜日を特に求めておられる。"A World View Based On Fatima", The Fatima Crusader, Issue 64, Summer, 2000. On-line at http://www.fatima.org/library/cr64pg15.htmlを見よ。

4)これらはCatholic Family News において公表された。

5)Pope Eugene IV, Council of Florence, Feb. 4, 1442.

6)The Source of Catholic Dogma, Ludwig Ott(first printed in 1960, reprinted by Tan Books, Rockford, IL), p. 4-6.を見よ。

7)Hail Mary, Full of Grace, Still River, MA, 1957, p. 107. から引用。われわれはまた断固として次のように述べたアッシジのフランシスコからも引用できるであろう。「イエズス・キリストが真に神の御子であるということを信じないすべての人々は罪の宣告を受ける。また、キリストの御体の秘蹟を見て、それがまことに主のいとも聖なる体と血であるということを信じないすべての者、...これらの人々もまた罪の宣告を受ける!」 Quoted from Admonitio prima de Corpore Christi(Quaracchi edition, p. 4), cited from Johannes Jorgensen, St. Francis of Assisi,(New York: Longmans, Green and Co., 1912), p. 55.

8)Instructions on the Commandments and Sacraments. The American Ecclesiastical Reviewの前編集者であり、20世紀の著名な神学者の一人であったMsgr. Joseph Clifford Fentonが、「カトリック教会の外部ではいかなる救いもない」という教義が現代において否定されている重要な教義の一つであると警告した。第二ヴァチカン公会議の4年前、1958年にMsgr. Fenton はこう書いた。「教会のどの時代にも人々が特に曲解あるいは否定するように誘惑されてきたキリスト教の教説の一部分があった。われわれ自身の時代には、それは一つの力と明白さをもって聖ペトロによって彼のエルサレムにおける最初の宣教の説教の中で明らかにされたカトリックの真理の部分である。聖ペトロがそうしたように、キリストの教会の外にいる人々は彼ら自身の立場を離れ、教会 ecclesia に入ることによって救われる必要があると主張することは今日いくぶん時流からはずれている。にもかかわらず、これは神御自身の啓示なさったメッセージの部分であり続けている。」(Msgr. Joseph Clifford Fenton, The Catholic Church and Salvation, Newman Press, 1958, p. 145.を見よ。)

9)Documentation Information Catholique Internationale(DICI), November 3, 2003.

10)"It Doesn’t Add Up", John Vennari, especially the final heading, "Don’t Rain on My Charade"The Fatima Crusader, Issue #70, Spring 2002.を見よ。On-line at http://www.fatima.org/library/cr70pg12.htm

11)Session V on Original Sin. See Denzinger #787.

12)前に引用したフィレンツェ公会議のテキストを見よ。

13)「聖霊はペトロの後継者に、聖霊の啓示によって彼らが新しい教説を発表するようにと約束されたのではなく、聖霊の助けによって彼らが使徒たちを通じて伝達されてきた啓示と信仰の遺産を聖なるものとして守り、またそれを忠実に明らかにするようにと約束されたのである。」Vatican I, Session III, Chap. IV, Dei Filius. 著名な神学者、Msgr. Fenton はこのテキストを「カトリックの教義は不変である。...その同じ諸真理は常に神によって啓示されてきたものとして人々に提示されている。それらの意味は決して変化しない」ということを説明するためにこのテキストを利用している。 We Stand With Christ, Msgr. Joseph Clifford Fenton,(Bruce, 1942)p. 2.

14) The Catholic Dogma by Father Michael Muller(Benzinger Brothers, 1888), p. xi. から引用。強調は筆者。

15)Pope Leo XIII, Encyclical Letter, Immortale Dei, cited from The Kingship of Christ and Organized Naturalism by Father Denis Fahey(Regina Publications, Dublin, 1943), pp. 7-8.

16)The Raccolta, Benzinger Brothers, Boston, 1957, No. 626(Emphasis added).

17)Instructio(The Instruction from the Holy Office on the Ecumenical Movement, Dec. 20, 1949). Entire English translation published in The Tablet(London), March 4, 1950.

18)Portugal News, On-line edition, November 1, 2003.

19)Francis Xavier, His Life and Times, Volume II, India, 1541-1545, George Schurhammer, S.J.(English translation copyrighted 1963. Published by the Jesuit Historical Institute, Rome, 1977), p. 310.

20)これはおそらくポルトガル・ニュースにおける印刷上のミスであろう。小聖堂は1921年に建てられた。現在のファチマ聖堂バシリカは1951年に建てられた。

21) Cardinal Mercier’s Pastoral Letter, 1918, The Lesson of Events. Cited from The Kingship of Christ and Organized Naturalism by Father Denis Fahey(Dublin: Regina Publications, 1943), p. 36.

22)Yves Marsaudon, Oecumenisme vu par un Macon de Tradition(pp. 119-120). English translation cited from Peter Lovest Thou Me?(Instauratio Press, 1988), p. 170. Except for the first line "One can say ..." which was translated into English by S.M. Rini.

23)Pope Pius VIII, quoted from Papacy and Freemasonry by Msgr. Jouin.

24)Fatima in Twilight, Mark Fellows,(Niagara Falls: Marmion, 2003), p. 145.

25) 悲しいことにそれが1967年パウロ六世によって廃止されるまでは、すべての司祭は近代主義に反対するこの誓約をしなければならなかった。私がここで言及したすべての司祭は1967年以前に叙階されていたことは明らかである。しかし司祭が近代主義に反対する誓約をしていないとしても、彼はなお近代主義を、あるいはいかなる異端をも、促進することを禁止されている。そうすることは今なおカトリック信仰に反する。

26)"Sacrorum Antistitum and the Background of the Oath Against Modernism," Msgr. Joseph Clifford Fenton, The American Ecclesiastical Review, October, 1960, pp. 259-260.

27) Fatima Priest, Francis Alban(Pound Ridge: Good Counsel Publications, 1997), Chapter 14, p. 160(2nd edition). を見よ。

作成日:2004/01/12

最終更新日:2004/01/13

Fatima to Become Interfaith Shrine?--An Account From One Who Was There

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