ファチマの聖母マリア

「大きな記憶喪失II」

The Fatima Crusader, Issue 61, Autumn 1999より

フランシス・アルバンおよびクリストファー・A. フェララ

『ファチマの司祭』(Fatima Priest)の第3版がたった今発売された。新しい章の一つは今日多くの人々が罹っている大きな記憶喪失について述べている。この霊的な健忘症の根源がこの章で検討されている。

(注記:説明題はファチマ・クルーセイダーの編集者によって加えられた。)

「大きな記憶喪失」の続き

今世紀の諸々の記録は「人権」--比較にならないほどに増長した「現代世界」の発起人たちや揺さぶる人々によって無数の論文、憲章、宣言そして演説の中で宣言されたこれへの権利そしてあれへの権利--についてのおしゃべりで溢れている。聖母が1917年にファチマで御出現になって以来、聖母の天のメッセージを無視する人間たちは「人権」の地上的な交響曲で自らを楽しませて来た。その交響曲は耳を聾するクレッシェンドにまで高まった。だが一方でオーケストラ・ピットからの騒音は比類なき人間的堕落のこの時代の記念碑であるグーラーグ[ソビエト・ロシアの強制収容所]や胎児殺人を行う場所[abortuaries 母胎のことか=訳者]において大量殺戮へと導かれた数千万の犠牲者たちの叫び声や押し殺された金切り声を消してしまった。

第2ヴァチカン公会議の教父たちでさえ、Gaudium et spesにおいて「人間は彼の人格のより完全な発展への途上、そして彼自身の諸権利の増大して行く弁護の途上にある...」注27)と宣言して、「人権」についてのこのすべての現代的騒音によって感銘を受けたのである。気の狂ったオーケストラは演奏を続け、音楽家たちは彼らの大きな音のしかし生命のない音楽を楽しむ。そして教会のメンバーたちさえ拍手するのである。

「人権」

人々が、「人権」はそれが全能のそして復讐をなさる神--人間は永遠の断罪の苦痛の下に神に従わなければならない--にその源があるのでないならば、何ら意味を持たないということを普通に理解していたのはそれほど昔のことではない。なぜなら、ひとたび「人権」の概念が生命の創造者、すべての悪の最終的な審判者であられる神から離れたものとなるならば、何かあるものへの「権利」--生命への権利でさえ--があるといかなる根拠に基づいて言う立場に立つことができるのか? 人は「人間人格の尊厳」の上に立つことができるのか? 神なしに「人間の尊厳」は何を意味するのか? 人々がそれが意味していると同意するもの以上のものは何もない。神なしにはいかなる真の権利もない。ただ同意があるだけである。そして同意が都合の悪いものとなるときはいつでも諸々のグーラーグや胎児殺人所のドアがさっと開くのだ。

われわれにわれわれの諸権利を与え、その神的な権威でそれらの権利を保障なさるこの神とは誰なのか? それは十字架にかかり、われわれの罪のために死なれた神である。その方は王たるキリストである:

「死ぬまで、十字架上に死ぬまで、自分を卑しくして従われた。そこで神はキリストを称揚し、すべての名にまさる名を与えられた。それはイエズスのみ名の前に、天にあるものも、地にあるものも、地の下にあるものもみなひざをかがめ、すべての舌が父なる神の光栄をあがめ『イエズス・キリストは主である』と宣言するためである。」(フィリッピ2:8-11)

王たるキリスト

ここで人は大きな記憶喪失のなお別の部門:イエズス・キリストの社会的王権に関する公会議以前の教会の不変の教えに出会う。グルーナー神父は、1925年11月11日にピオ11世教皇聖下が回勅Quas Primasにおいて王たるキリストの祝日を宣言されたことを今でも記憶している、だんだん数が減っている信徒のうちの一人である。その日付はファチマでの聖母の最後の御出現のたった8年後であった。また、その日はわれらの主がその御母の汚れなき御心に対する数々の冒涜の償いのための5回の初土曜日を求めるためにポンテヴェドラに来られた文字通り1日後であった。それはまた、第2ヴァチカン公会議の第1会期のわずか37年前であった。しかし、この偉大な20世紀の回勅は公会議後の時期の驚くべき時のひずみにおいて数世紀も距たったと思われるであろう。

Quas Primasの中でピオ11世は、人間社会がすべての人間とすべての国家に君臨するキリストの社会的王権を拒否したがゆえに「人間社会はその没落へ向かってよろめいて行った」と世界に警告された。教皇聖下は世界の支配者たちに、もし彼らが「彼らの権威を保持し、彼らの人民の繁栄を促進し増大させようと望む」ならば、「キリストの支配に対する尊敬と従順の公的な義務を無視しないであろう」注28)と宣言された。教皇聖下は彼のすべての前任者たちの教えを確認なさったのであり注29)、彼らは同様にわれらの主御自身がその御昇天のすぐ前に宣言なさったことを確認したのである:

私には天と地のいっさいの権威が与えられている。行け、諸国の民に教え、聖父と聖子を聖霊の名によって洗礼を授け、私が命じたことをすべて守るように教えよ...」(マテオ28:18-20)

教会がキリストの社会的王権について常に教えてきたことは、教会の他のすべての教えと同様に、完全に常識と一致する。なぜなら、もしキリストが神であるならば、そのとき理性それ自身が、単に個人だけでなく個人が形成する社会が王たるキリストに諸々の義務を負うということを論証するからである。個々人はカトリックであるべきであるが、しかしその社会はそうではないと主張することは人間と社会の両方の創り主である神に対する侮辱にほかならない。これが、レオ13世教皇が「現代世界」に対して、教会が社会秩序におけるその正しい場所について常に信じてきたことを宣言するのに躊躇されなかった理由である:

そこで、国家において一つの宗教の信仰告白が必要であるから唯一真である宗教が信仰告白されなければならない、そしてそれは困難なしに、特にカトリック諸国においては、認められ得る。なぜなら、いわば、真理のしるしがその上に刻印されているからである。注30)

ピオ11世が、それがローマ・ミサ典書に含まれるよう、そして新しい祝日に毎年すべての小教区教会において挙行されるように命令して、全人類の聖心への奉献の規定を作られたのはすべての国々にキリストに従い、キリストを尊敬する彼らの公的義務を思い起こさせるためであった。その奉献の言葉は公会議以前のヴァチカンの恐れを知らないカトリック精神のすべてを明らかにしている:

おお、主よ、決して御身を見捨てざりし信徒の王たるばかりでなく、また御身を棄てたる放蕩息子たちの王たり給え...御身、偶像崇拝とイスラム教の暗闇に巻き込まれたるすべての者たちの王たり給え。しかして彼らを神の光と王国へと引き入れることを拒み給うなかれ。かつて御身の選民たりしかの種族の子らに対して御身の憐れみの御眼を向け給え。いにしえ、彼ら救い主の御血を自らに呼びおろしたれど、今救いと生命の水盤として彼らの上に降らんことを。注31)

新世界秩序

しかし「現代世界」は第2ヴァチカン公会議において青銅の扉が閉じられて以来ますます現代的となった。Quas Primas公布の73年後、世界中の人々は新世界秩序として知られる大きな地球的蟻の山を完成させようとしている。それが終わるとき、それは現代人の最も偉大な成果となるであろう:いかなる国境も知らない一つのグローバルな政府によってコントロールされる一つのグローバルな経済。もちろん、その新秩序はカトリック的なものではないであろう。あるいは名目の上でもキリスト教的なものでさえないであろう。それはその法律や制度において完全に神なき秩序であろう。

グルーナー神父が何人かのヴァチカンの当局者たちと長い間戦ってきた理由の一つは、[彼の]使徒職が(無力にされたブルー・アーミーとは違って)新世界秩序の出現に対するヴァチカンの反応について真実を喜んで公表して来たということである。そしてその恐るべき真実とはこれである:すなわち、ヴァチカンはそれ[新世界秩序]を原則的に支持している。そして公会議以後それを支持して来た。確かに、ときどき新秩序の中絶と避妊の世界的体制を非難し、新しいグローバル経済における「不平等」の創出に対して警告するヴァチカンの声明はある。しかし新世界秩序の観念--一つの世界政府、経済、そして裁判制度--は公会議後のヴァチカンからのいかなる反対にも出会わない。反対に、ヴァチカン当局者たちはその設立において援助している。

このことはGaudium et spesと公会議後の教皇たちの関連する諸宣言を研究した者にとっては驚くことではない。Gaudium et spesは実際出現しつつある世界政府について教会の支持を表明する一つの実際的な憲章である。信仰と道徳の領域以外のその多くの意見の一つにおいて、文書は次のように宣言している:戦争の「非合法化」は

「疑いもなくある世界的な公的権威の確立を必要とする....それは、すべてのものに代わって、安全、正義への尊重、そして諸権利の尊重を保証する一つの効果的な権力を与えられたものである。」注32)

何らかのそのような「世界的公的な権威」がその諸原理においてカトリック的ではないであろうが、しかしその鍵になるすべての点においてキリストとその教会を拒否する無神論者あるいは非カトリック者によって統制されるであろうということは公会議には関係がないと思われた。

1965年10月4日、公会議の第1会期の間にパウロ教皇はそのまさに中心:国連で、出現しつつある「世界的公的権威」に賛辞を送るためにニューヨーク・シティへ出かけられた。国連代表たちにとって嬉しいことには、キリストの代理者は彼らの20世紀バベルの塔を「この高尚な制度」そして「親善関係と平和のための最後の大きな希望」として賞讃された。注33)最後の大きな希望? それでは、善意の人々に地上での平和をもたらすために、ほかならぬ平和の君御自身によって設立された聖なるカトリック教会についてはどうなのだろうか? そしてパウロ6世の生きている間に神の御母によって個人的に世界に伝えられた、この時代における平和のための神御自身の計画であるファチマのメッセージについてはどうなのだろうか? パウロ6世はその日国連でファチマについて語られなかった。その代わりに、教皇は[国連]総会の雷鳴のような拍手に対して、新世界秩序のガラスと鋼鉄の寺院から執行される神なき世界政府の上にヴァチカンの承認のシールを貼られた:

「この制度において満場一致の信頼が成長しまうように。その権威が増大しますように...」注34)

そしてそのようになっている。公会議以後ずっと、ヴァチカンは国連の常任オブザーバーであった。オストポリティーク[東方政策=共産主義諸国に対する宥和政策(訳者)]を行っている同じヴァチカン当局者たちは、嘆かわしい北京会議同意や生まれるべき子ども[胎児]の権利に言及しない「国連児童憲章」を含む多くの国連諸条約に対するヴァチカンの署名を話し合った。ヴァチカンはこれらの人道的宣言書にある「留保」をつけて署名する。しかし、そのことによって、国連が人類全体に対して権威を行使すべきである一つの妥当な道徳的団体であるという恐るべき考え方の正当性を認めて、それらに署名するのである。

ファチマでの聖母の警告がヴァチカンの記憶から遠のけば遠のくほど、それだけ新世界秩序の(諸々の道徳的乱行ではないとしても)構造のヴァチカンの抱擁は堅くなる。パウロ6世が国連に敬意を表された30年後、ヨハネ・パウロ2世教皇はご自分の順番をやられた。1995年10月5日、国連総会に向けて、教皇は「この制度に対する聖座およびカトリック教会尊敬」を宣言された。そして国連--中絶、避妊そして神なきヒューマニズムの世界的な促進者--を「国際的生活を調和させ、そして調整する(!)ための偉大な道具」注35)だと宣告された。それに対して信徒の平均的なメンバーは本能的にこう答えるであろう:「そういうことが絶対ないように!」

生命の聖性に対する最大の脅威、国連

グルーナー神父の使徒職が述べたように、国連は「国際生活における質的向上」を促進するよりはむしろ、ボリヴィアやフィリッピンのカトリックの人々に対してさえ人口抑制計画を押しつけながら中絶と避妊の世界的な体制を助成している。ヒューマン・ライフ・インターナショナルの設立者ポール・マークス(Paul Marx)神父もまた彼の国連非難において恐れを知らない人であった:「--サタン自身を唯一の例外として--人間生命の聖性と今日の家族にとっての最大の脅威は、断然、国連/世界政府の出現しつつある行動指針である...国連は常に何らかの可能な手段を通じて世界的な人口抑制のための土台を敷きつつある。」注36)ラッツィンガー枢機卿でさえ、彼の生涯の黄昏時になって、彼のヴァチカンの同僚とは隊列を乱すであろう。そしてグルーナー神父とその使徒職がずっと以前から公表してきた単純な真理を公に認めるであろう:国連は悪しき行動指針をもつ悪しき組織である。The Gospel in the Face of World Disorder(「世界の無秩序に直面する福音」)と題された書物の序言の中でラッツィンガーは国連が「新しい世界秩序」、「新しい人間」、「新しい世界」そして「新しい人間学」を促進していることに警告を発している。そして国連に関して非常に危険なことは、その行動指針が何かあるユートピア的な夢ではなくて、容易に現実になり得る悪夢であるということである、とラッツィンガーは述べる。「マルキストの夢はユートピア的であった。(国連の)この哲学は反対に非常に現実主義的である。」注37)

二人の教皇が母胎における世界的な大量殺戮を促進している一つの制度に対するそのように高い評価をなぜ表明されたのかということは注目に値する神秘--使徒職が詳しく調べる気がしなかった一つの神秘--の問題であり続ける。おそらく、公会議の教皇たちは、ヴァチカン国務省における彼らの助言者たちが、教皇の影響が悪しき制度をいくぶん善へ変えることができるであろうと教皇たちに確信させたために、国連を支持されたのであろう。

共産主義によって欺かれてはならない

同じようにして、カザロリ枢機卿は、パウロ教皇が伝えられるところによるとその決定で心をかき乱されたのに、オスト・ポリティークの利益となるように、教会の共産主義に対する猛烈な反対を放棄すべきであるとパウロ教皇に確信させた。注38)教会の成員たちは諸々の悪しき組織にそれらを「よりよいもの」にするために参加すべきであるという考え方はピオ11世教皇によって、その回勅デヴィニ・レデンプトーリスにおいて断罪されたまさにその考え方である。悪しき木は決してよき実を結ばず、その実を食べる者をただ毒するだけであるということを認められて、教皇聖下は共産主義者たちによって産み出されたうわべは良性の諸々の社会運動にカトリック教徒が参加することを禁じられたのである:

「共産主義を暗示しないさまざまの名称の下に...彼らはいわゆる人道主義や慈善の領域において彼らと共に協力するようカトリック教徒を招く。そして時にはキリスト教精神や教会の教えに完全に一致する諸提案をする...尊敬する兄弟たちよ、信徒は欺かれることを自らに許してはならないということに気をつけなさい!共産主義は本質的に悪しきものである。そしてキリスト教文明を救おうとする者はどんなものであれいかなる企てにおいてもそれと協力することは許されないのである。」注39)

共産主義と同じように、国連は20世紀文明の世俗的なヒューマニズムの土地に取り除けない仕方で根付いた一つの比類のない悪しき木である。アルジャー・ヒス(Algar Hiss)を含むその憲章の主たる作成者たちはマルキストであった。にもかかわらず、その諸部門の下でのヴァチカンの「愛の文明」の追求は間断のないものとなったと思われる。ヴァチカン代表者たちは単に国連においてだけでなく、それが今や「世界の諸宗教の尊敬すべき指導者たち」と呼んでいる者たちとの無数のヴァチカン主催の会議や祈りの集会においてその幻想を追っている。注40)

グルーナー神父は公会議後のヴァチカンが、イスラム教徒やユダヤ人を含む全人類に対するキリストの社会的王権についてもはや世界に話さないということを述べたただ一人の人ではない。ピオ11世がイスラム教をキリストの光によってそこから霊魂たちが救い出される必要がある暗闇だと公然と非難したのに対して、およそ72年後に、「諸宗教間対話に関する教皇立委員会」は1997年、カトリック教徒とイスラム教徒は「彼らの信仰を分かち合」わなければならない、そして「イスラムへの呼びかけ」と「キリスト教の宣教」は「協力の精神において」(!)そして人類に対する一つの奉仕として、遂行されるべきであると宣言するであろう。13世紀もの間教会がその諸々の誤謬と戦ってきた一つの暗闇の宗教がどのようにして突然、カトリック教徒が今や協力しなければならない「人類に対する一つの奉仕」となったのかを問うことを信徒は許され得るであろう。

人権対話によって取って替わられたイエズスとマリアへの奉献

グルーナー神父と使徒職はイエズスの聖心への人類の奉献が、マリアの汚れなき御心へのロシアの奉献と一緒に、ヴァチカンの行動指針から消え去ったという不安にさせる展開を指摘することを躊躇しなかった。イエズスとマリアのみこころは新世界秩序の輝く脇道を通い、国連の諸々の広間を歩くヴァチカン特使たちから消失していた。今日議論の主要項目は「人権」、「対話」そして「愛の文明」と呼ばれる何かである。

世界に対するヴァチカンの新しいアプローチはヴァチカン・インターネット・アーカイブの検索キーワードのうちに際だって明らかである:「対話」に関して52,000以上、「人権」に関して2,000そして「愛の文明」に関して1,000の項目を見つけることができるであろう。--しかし、キリストの王権、あるいは、そのことなら汚れなき御心へのロシアの奉献もやはり、それらに関するたった一つの項目もないのである。注41)「イエズスのみ名の前に、天にあるものも、地にあるものも、地の下にあるものもみなひざをかがめ、すべての舌が父なる神の光栄をあがめ」よという神の命令についてはヴァチカンの宣言のうちにはもはやいかなる言及も存在しない。その教えは痕跡を残さず消失した。新しい語彙が古い語彙を完全に消したのである。

愛の文明

「愛の文明」は評判によればパウロ6世によって造り出された文言である。実際問題として、この概念はそこにおいてすべての諸宗教の人々、そしていかなる宗教も全然持たない人々が「諸々の人権」と「人間人格の尊厳」を尊重するために「対話」を通じてなぜか同意に達するという国連によって管理されたユートピアを意味するために現れる。無私の人道主義のこの世界的な開花は明らかにカトリック信仰への回心という超自然的恩寵なしに、あるいは王たるキリストの支配の諸社会によるいかなる認知もなしに、起こると想定されている。ヨハネ・パウロ2世教皇はその新しい概念を1995年国連への挨拶において次のように要約された:

「国連は連帯の諸価値、態度および具体的なイニシャティブを涵養することによって...国際生活におけるこの質的な飛躍を促進する歴史的な、記念碑的でさえある役割を持っている...20世紀の終わりに人間存在を暗くする恐れに対する答えは平和、連帯、正義そして自由の普遍的価値に基づいた愛の文明を建設する共通の努力である...」注42)

偽りの諸宗教との「一致」

1986年のアッシジの「平和のための世界祈りの日」において、カトリック教徒は、神秘的な体[カトリック教会]の成員たちと偽りの諸宗教--ピオ11世がイエズスの聖心への世界の奉献に際して非難された同じ諸宗教--の信奉者たちとの間の存在しない「一致」を明らかにするための、ヴァチカンの公会議後の諸々の試みのなかでもおそらく最も野心的な試みを目撃した。ヴァチカンの新しい行動指針に完全に従いながら、ヴァチカン非キリスト教諸宗教委員会(Vatican Secretariat for Non-Christian Religions)委員長アリンゼ(Arinze)枢機卿は「世界平和を建設するために、われわれは国連を必要とする」と宣言した。アリンゼ枢機卿は「世界における平和のために祈るために、キリスト者とそれ以外の、世界のすべての諸宗教の指導者たち」を招集することにおける教皇の「前例のない一歩」を賞讃した。注43)枢機卿は世界に神の怒りを降らせるまさにその罪を大目に見る「諸宗教」の祈りを通じていかなる種類の「平和」を彼が得ようと希望しているかを説明しなかった。戦争は罪に対する一つの罰です、と聖母はファチマで3人の子どもたちに告げられた。しかし、新世界秩序はそれが平和のためであると主張している一方で罪を促進している。今日、ヴァチカンによって「世界諸宗教」のこれらの「指導者たち」が神のご覧になっている前で、中絶、避妊、離婚、一夫多妻、女性の「司祭」任命、人間の動物への輪廻、偶像礼拝、他の無数の嘘、迷信そして嫌悪を催すさまざまのものを説いている偽りの牧者たちであるということはもはや暗示されさえしない。人々に偽りの牧者たちから逃れるようにと警告する代わりに、ヴァチカンは見つけ出すことがきる限り多くの彼らをアッシジで「平和のために祈る」ために招待したのである。

「世界平和のための祈りの日」での諸々の恥ずべき出来事の終りの方で、教皇は鉢に入れた植物を持たれ、プロテスタント、イスラム教徒、ユダヤ教徒、仏教徒、ヒンドゥー教徒、アニミズム信奉者、アメリカインディアン、儒教徒、神道信奉者、ゾロアスター教徒たちと共に、聖フランシスコ大聖堂の外で大きな半円形を作って皆が並び、一種のコーラス・ラインの形で立たれた。キリストの代理者はカメラの放列のために、「平和を求め」て神の前で等しい立場に立つ、多くの「世界諸宗教の尊敬すべき代表者たち」のほんの一人として描写された。11年後その大聖堂は三つの地震によって揺さぶられた。地震はバシリカのドームを崩壊させ、その祭壇を押し潰した。大きな記憶喪失に罹っていない人々にとって、その押し潰された祭壇は容易に理解される一つのしるしであった。

アッシジの空虚なジェスチャが終わったとき、「世界諸宗教の尊敬すべき代表者たち」は彼ら自身の国へ戻った。そして即座に王たるキリストの支配に対する彼らの昔からの反対を再び始めた。インドにおいてヒンドゥー教狂信者たちは「世界平和のための祈りの日」以来ほとんど毎年司祭たちや修道女たちを殺してきた。一方パキスタンのイスラム教戦士たちはキリスト教徒を見ると即座に撃ち殺した。インドのヒンドゥー民族主義政府が三つの地下核実験を実施したとき、ニューデリーにおいて人々は彼らのヒンドゥーの神々への讃美を叫びながら、通りで踊った。注44)(おそらく、アッシジでヒンドゥー宗教の「尊敬すべき代表者たち」はヒンドゥーの破壊の神シヴァに祈っていたのであろう。)数週間後、パキスタンはインドとの軍備競争を告知しながら、彼ら自身の原爆を爆発させた。一方で、イスラエルにおいてはユダヤ人たちはキリスト教徒になった「罪」のために今なおいつものように彼らの市民権を剥奪し続けている。

王たるキリストへの無関心

「愛の文明」はかくのごとくである。しかしそのような概念に関する聖ピオ10世教皇の教えを記憶している者は誰も、キリストの王権に代わるこの惨めな現代的代用品の失敗を予告できたであろう。異なった諸宗教の兄弟愛というまさにその観念を、それを「一つの世界教会の確立のためにあらゆる国に組織される背教の大きな運動の惨めな流出物」と呼びながら、激しい使徒的書簡において断罪されたのは聖ピオ10世であった。また、今日のヴァチカンが忘却してしまったと思われる歴史の一つの本質的な事実:すなわち、世界がこれから知るであろう唯一の「愛の文明」は「キリスト教的文明であり、それはカトリック的都市である」ということ、について世界に力強く思い起こさせられたのは、過去450年で列聖された唯一人の教皇、その身体が聖ペトロ大聖堂の中で腐敗しないまま横たわっている、ピオ10世であった。注45)

それ以外でどうしてあり得たであろうか? なぜなら、われわれに、平和をもたらすためではなく、剣をもたらすために来た、と告げられたのはわれらの主御自身だったからである。キリスト教の剣はキリストに従う人々とそうでない人々との間に世界を横切ってそして時代を降って走っている一つの消すことのできない分割線を特徴づけるであろう。聖なる洗礼の恩寵を奪われて(あるいはひとたび受けた恩寵を拒否して)キリストに従おうとはしない人々は彼らの悪意あるいは王たるキリストへの無関心を通じて世界の平和を不可避的に破壊する:「私と共にいない者は私に反対する者である。そして私に反対する者は散らすのである」これが、ピオ11世がその回勅Ubi Arcano Deiにおいて次のように宣言なさった理由である:「人々が神とイエズス・キリストを見捨てたために、彼らは悪の深みに沈んだ...そのような事態に対する唯一の救済策はキリストの平和である。なぜなら、キリストの平和は神の平和だからであり、それはもしそれが法律、秩序そして権威の諸権利に対する尊敬を命じなかったならば、存在し得ないであろうからである。」

ファチマそして公会議前の教会の不変の教えの光に照らせば、今日のヴァチカンのプログラムを熟考するどのカトリック教徒にもいくつかの明白な疑問が提示されるであろう:キリストの社会的王権そしてキリストの教会の教える権威への従順なしにどのようにして「愛の文明」が存在し得るのであろうか? トレント公会議が不可謬的に決定したように:「もし誰かが、イエズス・キリストは信じるべき救世主として、しかし従うべき立法者としてでなく、神によって人々に与えられたと言うならば、その人は破門されるべし。」注46)そしてこの文明はマリアの汚れなき御心の勝利とロシアの回心なしにどのようにして起こるこができるであろうか? 洗礼の恩寵、そしてキリストの聖なる教会を通じてのキリストの諸々の賜物である信仰、希望、愛の超自然的諸徳なしに、人々はどのようにしてある時の長さの間善き者であり得るであろうか、いわんや「愛の文明」を建設するのに十分なほど長く善き者であり得ようか? 結局のところ、もし人々がキリストの恩寵なしに、そしてその教会における一員であることなしに「愛の文明」を建設することができるのであれば、そのときキリストがあの悲惨な十字架にかかる必要が何かあったであろうか?

しかし人々は、十字架の上でのキリストの死によってカルワリオでわれわれのために獲得された神の恩寵を通じて以外には真の正義や平和のうちに生きることはできない。キリストの恩寵なしの善という半ペラギウス的異端に反対してトレント公会議は不可謬的に次のように宣言した:「もし誰かが、イエズス・キリストを通じて神の恩寵は、人間があたかも自由意志によって恩寵なしに、実際困難であろうとも、そして困難を伴っても、その両方でそうすることができるかのように、もっと容易に正しく生活できるし、また永遠の生命に値することができるということのために、与えられていると言うならば、その者は破門されるべし。」

死の文化

新しい行動指針の提案者たちにとって初めから明らかであるべきであったことはキリストとキリストの教会なしには「愛の文明」は教皇によって公然と非難されたまさに「死の文化」へとただ退化することができるだけであるということである。「愛の文明」と「死の文化」はヨハネ・パウロ2世教皇がどれほど強くそれらを分離しようと努力されたとしても、実際、同じ一つのものである。キリストと教会に服従することを拒否する文明はそれ自身の死を請け合った文明である。

私的な文通においてこれらの点をヴァチカンに対して提出するカトリック教徒は何の返事も受け取らない。彼らの問い合わせは丁重な受け取りの認めと共に棚上げされ、異なったヴァチカン事務局へ先送りされ、あるいは単純に無視される。ヴァチカンの一枚岩的な沈黙に直面して、グルーナー神父と使徒職は同じ質問を公的に提出した。彼らもまたいかなる直接的な回答も受け取っていない。しかしグルーナー神父と彼の仕事に反対するヴァチカン当局者たちの暗黙の回答はこれである:あなたとあなたの使徒職は沈黙させられるであろう。

現代的な司教たちはファチマを恥じているのか?

キリストの王権が「愛の文明」によって取って代わられた37年後にいくつかの結論が示唆される:公会議後のヴァチカン当局は、マリアの汚れなき御心の取り次ぎによって哀れな霊魂たちが地獄から救われる、そして聖母の取りなしがなければ霊魂たちは永遠に滅びると世界に告げることに戸惑っているのか? ヴァチカンはそのすべての真のカトリック精神におけるファチマのメッセージの子どもじみた信心を恥じるようになったのか? ファチマの物語は、われわれの現代的教会人たちがばかばかしい者と見えないために、それが正確に書かれたものとして、「現代世界」の成人たちにもはや声を出して読まれるべきではなくて、子どもの寝る時間の書物のように本棚に片づけておくべきであるのか?

「現代世界」にとって、そしてそれに人間的尊敬を払う教会人たちにとって、ファチマは実際子どもたちのためのものと思われるのであろう。そしてその通りなのである。なぜなら、あらゆる人間は神の前で子どもであるからである。そして救いの歴史のすべては神の子どもたちが自分たち自身を成人だと考え始めるときにはいつでも--「現代世界」においては特に--悲惨な結果を蒙っているということをわれわれに告げている。この理由でわれらの主は、天国は、彼らが子どもの謙遜さをもって天国の単純な変わらない言語を受け入れなければならない子どもたちであるということを正確に理解する人々に取って置かれた場所であるとわれわれに教えられたのである:「まことに私は言う。子どものように神の国を受け入れぬとそこには入れぬ。」(マルコ10:15)この理由でまた、ファチマのメッセージは成人たちの啓発のために子どもたちに打ち明けられたのである。

第2ヴァチカン公会議のそれほど以前ではないある夏にコヴァ・ダ・イリアのときわがしの木の側で跪いていた3人の小さな子どもたちは汚れなきマリアから汚れのない単純さにほかならないもの--その特徴が一つの偽りのそして致命的な詭弁である時代において間もなく覆い隠されてしまうであろうと聖母が知っておられた信仰の単純さ--を受け取った。われわれの時代の最大の皮肉な事態は自らが人類の成人であることを達成したと信じながら、詭弁を弄する人々のその軍団が子どもでさえなく、聖なる母である教会の霊的な栄養を押しのけた単なる金切り声を上げる乳児でしかなかったということであろう。

ニコラス・グルーナー神父は常にファチマについてこのことを多く理解していた。その天上的な言葉の節約においてファチマ・メッセージは大きな記憶喪失において忘却されてしまったあらゆる事柄の総括である:初土曜日に捧げられるミサの償いの犠牲を祭るローマ典礼、彼らの永遠の運命を人々に思い起こさせる四終、神御自身の有無を言わさぬ権威をもって世界に教える教会の神的権利、キリストの社会的王権、カトリック文明におけるマリアの汚れなき御心の勝利。

数百万の犠牲者

ファチマの喪失と共に失われたものを理解することにおいてグルーナー神父は独りではない。世界中には支配的な詭弁に署名しなかった、大きな記憶喪失に倒れなかった司教たち、司祭たち、平信徒たちが残っている。しかし彼らの数は驚くほどに少ない。なぜなら、公会議後の革命は数百万という多くの犠牲者を要求したからである。1998年には、世界人口の巨大な増加にもかかわらず、世界における司祭たちの数は39年前にそうであったよりも5万人少ない。神学校や修道院はほとんど空になった。注47)自らを今なおカトリックと呼んでいる人々の大多数にとって、結婚と出産に関する教導職の教えは今や「教皇の見解」以外の何物でもないものと見なされている。そして名目的なカトリック教徒の中絶と離婚の率はプロテスタントおよびユダヤ人のそれと同じである。

無視されている地獄

人々は、教会における多くの者がもはや言及しない地獄の火をもはや恐れていないように思われる。しかし、ルチア、ヤチンタそしてフランシスコはファチマでほんのわずかの瞬間地獄の火を見た。--それは彼らを聖人に変えた聖なる恐怖の瞬間であった--。そして今、地獄を無視する世界--ヴァチカン自身によってさえもはや地獄について思い起こされない世界--は明らかにそれ自身の滅亡のための最終的調整へと入って行っている。

ファチマのシスター・ルチアが言ったように:「神父様...私の使命は、もし私たちが罪のうちに頑固にとどまるならば、私たちは自分たちの霊魂を全永遠にわたって失うという差し迫った危険をすべての人に示すことです。神父様、私たちは償いをするように、教皇様の側でのローマからの世界に来る訴えを待つべきではありません。また私たちは司教区において司教様たちから、あるいは修道会から来る償いへの呼びかけを待つべきでもありません。そうではないのです!私たちの主はすでにこれらの手段を非常にしばしばお用いになりました。そして世界は注意を払わなかったのです。

ですからいま、私たち一人一人にとって自分自身を霊的に改革し始めることが必要です。各人は自分自身の霊魂ばかりでなく、また神が私たちの道に置かれた霊魂たちをも救わなければなりません。」注48)

これらはグルーナー神父をして、果てしない迫害を彼と彼の仕事を支援するための強健さを持っている人々にもたらした使徒職を担い続けることを強いている事実である。彼は記憶している。そして彼が記憶しているがゆえに、彼は、その目的が記憶の忘却であり、一つの新しい未来--過去の実体によって知らされていない一つの未来--を作ることである革命の敵である。ファチマなしの一つの未来。

これはFatima Priest第3版の第19章の結末をつける[部分である]。第20章Cort of Mirrorsはこの号の11ページから始まる。

脚注

27. Gaudium et spes n. 41.

28. Quas Primas, n. 18.

29. Leo XIII, Annum Sacrum, Libertas Humana, Immortale Dei; St. Pius X, Vehementer Nos; Gregory XVI, Mirari Vos; Pius X, Adeo Nota, and many others.

30. Libertas Humana.

31. Quas Primas, appended act of Consecration.

32. Gaudium et spes, n. 82.

33. Address of Paul VI to the United Nations, October 4, 1965.

34. Ibid.

35. Address of John Paul 11 to United Nations, October 5, 1995.

36. L'Osservatore Romano, May 28,1997, pg. 11.

37. See Vatican Web site at http://www.vatican.va

38. Catholic World News Report, November 24, 1997, http.//www.cwnews.com/news/viewrec.cfm? RefNum=6363.

39. Divini Redemptoris.

40. The Wanderer, June 18, 1998, pg. 3.

41. See Vatican Web site at http://www vatican.va.

42. Address of John Paul II to United Nations, October 5,1995.

43. Assisi: World Day of Prayer for Peace. Pontifical Commission, Justitia et Pax. Vatican City: 1987, pg. 137.

44. Ibid, pg. 39.

45. Our Apostolic Mandate Against the Sillon, Section II, Pope St. Pius X, 1910.

46. Council of Trent, Canons on justification, Session 6, Canon 21.

47. NY Times, May 17,1998, Sec. 4,pg.1.

48. For text of this interview of Sister Lucy with Father Fuentes at Coimbra, see La Verdad Sobre el Secreto de Fatima, page 107. Most Reverend Sanchez, Archbishop of Vera Cruz, gave the imprimatur for the above interview of Dec. 26, 1957.

Also, see Frére Francois de Marie des Anges, Fatima: Tragedy and Triumph. pg. 26-32; also, Frére Michel de la Sainte Trinité, The Whole Truth about Fatima Vol. III pp. 504-509.

2004/01/24 三上 茂 試訳

作成日:2004/01/24

最終更新日:2005/03/19

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